第054号室 水底団地 血の生贄
規則的な振動と不規則な揺れに睡眠を妨害されてボブが目を覚ます。
モノクロ映画のように色の抜け落ちた視界、耳の中が液体で満たされているかのように音は反響し、錆の浮き立った鉄屑を頬張って歯茎を切り裂いたような味と匂いに苛まれ、全身の骨や筋肉、腱が断ち切られ解されたように身体がいう事を聞かない。
「無理しないで」「落ち着いて」「安静にしてて」「ほらやっぱり生きてた」「だから、動かないで」「からからでぇ~す!」「「イェ〜〜イ!!」」様々な言葉の意味を想う余裕など無く、軍人として染み付いた戦闘本能に付き従い、身体を起こそうとしたが、何者かに額を押し付けられ反射的にその腕を掴んだ。
「痛い痛い!いたたたた………!!死にかけた人の力じゃないわね!」
痛みを訴える女性の悲鳴を聴いたボブが手を離し、隣で寝転ぶ墨のように黒い肌に南国模様の白彫りが施された特徴的な相手の容姿を見て、水没した団地の地下で酒場を営んでいた人魚のローレライであると気付き、緊張が解けて小さく咳き込む。
「…何だ、お前らか……ところで………ここ?車か!?」
「なんだお前らとは随分な言い草じゃな~い。………まあ………そうよ、これ、私のオフロード四輪駆動車、良いでしょう?悪路もバッチリなの」
小型SUVの助手席を倒し後部シートと繋げてボブの横たわるスペースを確保し、添い寝する形で頬杖をつくローレライが答える。一瞬、足の無い人魚がどうやって運転しているのだろう、と眉をひそめたボブを見て、察しを付けたローレライがメイちゃん器用だからと、運転席で酒瓶!を煽るマーメイドにウィンクを飛ばす。
「………は!?おい、それ酒か!?飲酒運転じゃねえか!!」
「ニンゲンのルールなんてカンケーありませぇ~~~ん!」「「イェ~~イ!!」」
「ふざけるなよ?こんな所に居られるか!オレは降りる!!」
「そんなコトより、メイちゃん、からからでぇ~~す!!」
からから宣言のマーメイドへ運転席の後ろに座っていたセイレーンがすかさずおかわり、クーラーボックスからキンキンに冷えたソルトライチフレーバーの缶チューハイを手渡し、受け取ったマーメイドがハンドルから両手を離してプルタブを開け、その間加速し続けた小型SUVが不味い跳ね方をして車内が無重力になる。
「「「「!!!!」」」」
「ふぃ~………今のは、酔いが醒めたわ。………メイちゃんまた、からからでぇええす!!おかわり~~~ッ!!!」「「イェ~~イ!!」」
「おい、やめろ!止めろ!!死んじまう!!!」
「イイじゃん!すでに一回、死んだようなもんなんだし、こまかいコト、キにすんなーーーっ!!」
「………なに?」
「ちょっと待って………はい、これあなたを拾った時の写真…」
「………な、なに!?」
セイレーンが防水ケースに入れられた携帯端末を操作し、件の写真を見せられたボブが面食らって黙り込む。
「………何だこれ?………オレの………死体か??」
写真には栄螺貝に似た突起物が全身に突き刺さり、うつ伏せか仰向けに倒れているのかさえ分からないほどに焼け爛れた肉塊を囲んだ三人の人魚が、意識高めの顔とポーズで写っていた。この時点で既に酔っ払っていたようである。
「そう、正解!よく自分だって分かったわね〜」
「これ本当にオレなのか?これだけの傷を受けて何で生きてる??」
自分の顔や身体を触り、全く損傷が無いのを確かめるボブに、人魚達が勝ち誇ったかのように笑みを投げる。
「それはもちろん、私達が助けて上げたからでしょう?」
「まさか?この状態から??」
「ああ、レンちゃんの写真は、ちょっと盛ってるからね?」
「………え?もう一回見して………」
ボブがもう一度写真を見直し、確かに浮いている部分を見つける。
「ええ………半分、画像編集かよ………いや、それでも残りの裂傷や火傷の後は何処いった?」
「簡単よ?人魚の肉を食べれば、不老不死に成れるって話あるじゃない?」
ボブは、察しなさいとオーラを放つ三人の人魚を順繰り見渡し、何も察せなかったので黙る。
「ん〜〜〜………………いいや?」
「ええっ!?」「うそぉ〜〜?」「ご存じない〜??」
ファンタジーに疎いボブを人魚達が大袈裟に煽り、マーメイドがクラクションを連打する。
「も〜いい?人魚の肉を食べると不老不死に成れるの!「はあ」でも体質が合わないと身体が裏返って死ぬの!!「ええっ!?」人間の中では大体そういう言い伝えらしいけど、ちょっと違うくてね?」
ローレライが注射器を取り出し自らの腕に針を立てる。
「おい、危ないぞ………」
「実際、血だけでいいのよ。体質の合う合わないも中毒性があるからね、限度を知らないとラリって死ぬってだけ。あと、血液型も見とかないとダメよね、私はuO型だから人間に入れても裏返ったりしないわ?」
酩酊するマーメイドが瓦礫道に小型SUVを走らせる中、自らの血液を抜き取るローレライを見て、何かの弾みで針が折れるのでは無いかと、ボブは気が気ではなかった。
「ちゃんと、用法用量をしっかり守って服用すれば大丈夫、人魚の血が生きてる限り不死身になれるのよ」
「中毒性があるって言ったな?ラリって死ぬとも言った。そんなヤバいものオレが受け入れると思うか?………答えはノーだ!」
「酒やタバコとたいして変わらないわ?人に迷惑をかけない範囲で使えばいいのよ~」
「んん~……ノーだ!」
「嫌な事忘れて気持ち良くなりましょう?使い過ぎずに、うま~く付き合っていけば大丈夫、安全な打ち方があるのよ~~」
「完全に薬物じゃねえか!ノーだ!!どうなってんだお前らの血」
「ん~生物濃縮的な?フグとかカサゴみたいなものよ~~………あっ!そうだ、筋肉に効くわよ!?」
「OK打ちます………」
突然血の誘惑に屈したボブに驚きながらもローレライは、目盛りいっぱいに血液が溜まった注射器を、ボブの分厚い大胸筋の下で脈打つ心臓目掛けて勢いよく振り下ろし、その血を分け与えた。
「痛いッ!!!」
「最初に会った時にグラスに一滴、それからウチに飲みに来る度に少しづつ、そのまま薬付けにして、行く行くは従順な我らの傀儡に!と、思ってたんだけどね〜〜」
ボブが言われてみれば丸氷を作る時に指を切っていたなと思い出す中、水を得た魚のように視界がはっきりと冴え、耳の支えが取れたように音がクリアになる。溶けた鉄が鋳型に流し込まれるように骨の密度が増し、筋肉の超回復は滞りなく行われ、ボブのコンディションはまたとない状態へと仕上った。
「ダムの底、本当に抜いてくれた見たいだし、一回だけ助けてあげる。はあ………これだけ入れれば大丈夫、当分の間は死なないでしょう。ああ………疲れた、レンちゃん私もカラカラだわ………」
「はい、キャットチキンです」
セイレーンが缶詰の蓋を開けてローレライに渡す。ダメージの全快したボブはローレライの腕に残る多くの注射痕と血の気の引いた体色を見て、ようやく彼女が自分を助けるために多大な犠牲を払っていたことに気付くと同時に、缶詰がネコ用であることに気付いたが、とても間に合いそうには無かったのでただ目を伏せた。
「んん~♡ネコ肉おいしいぃ~~♡♡」




