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第8話 公爵様は私を離す気がないようです

「ア、アレクシス様……!」


 私は慌てて立ち上がった。


「その、会うだけなら」


「必要ない」


 即答だった。

 怖い。


 でも昨日までの“冷酷公爵”と違う怖さだ。

 なんというか。

 機嫌が悪い大型獣感。


「ですが、ご迷惑では……」


「迷惑?」


 低い声。

 アレクシス様がこちらを見る。


「誰が」


「えっ」


「お前は私の屋敷にいる。それだけだ」


 理屈が強い。

 押し切られそう。


「旦那様」


 執事が静かに問いかける。


「いかがなさいますか」


「帰らせろ」


 再び即答。

 迷いゼロ。

 私はおろおろするしかない。


「ですが」


「エリシア」


 名前を呼ばれる。

 びくっと肩が跳ねた。


「お前は帰りたいのか」


 真っ直ぐな視線。

 逃げられない。


 私は唇を噛む。

 帰りたくない。

 本当は。

 もうあの家へ戻りたくない。


 でも。

 そう言ってしまったら、本当に全部終わる気がした。


「……わかりません」


 またそれしか言えない。

 アレクシス様はしばらく黙っていた。

 やがて静かに口を開く。


「なら、決まるまでここにいろ」


「え?」


「急ぐ必要はない」


 低く穏やかな声。


「お前が怯えた顔で戻る場所ではない」


 胸がぎゅっと締まる。

 どうしてこの人は、こんな言葉を自然に言えるんだろう。


 アレクシス様は執事へ視線を向ける。


「使者にはこう伝えろ」


「は」


「エリシアは私の保護下にある」


 保護下。

 その言葉に、使用人たちがざわつく。


「また重い……」

「旦那様の執着始まってません?」

「始まってますね」


 聞こえてます。


「あと」


 アレクシス様が続ける。


「二度と本人の意思なく接触しようとするな、と」


「かしこまりました」


 執事が去っていく。

 私は呆然としていた。


 保護下。

 執着。

 接触禁止。


 なんだろう。

 すごく囲われている気がする。


「顔が赤いな」


「えっ」


「熱か?」


 大きな手が額へ伸びる。

 近い。

 また近い。


「ち、違います!」


「そうか?」


 アレクシス様は本気で不思議そうだった。

 この人、自覚がない。

 絶対ない。

 その時。


「旦那様ー!」


 若い使用人が駆け込んできた。


「フォルネーゼ家の使者、すごい顔して帰っていきました!」


「そうか」


「あと、“公爵様に囲われた”って街で噂になり始めてます!」


 ぶふっ。

 私は盛大にむせた。


「げほっ、ごほっ!」


「水だ」


 即座にグラスが差し出される。

 アレクシス様だった。


 距離が近い。

 近い近い近い。


「囲われた、って……!」


「違うのか?」


 真顔で聞かないでください。


「違います!」


「では出ていくか?」


 沈黙。

 私は言葉に詰まる。

 出ていきたくはない。


 でも。

 囲われるって何。


 アレクシス様はじっと私を見ていた。

 その目が、少しだけ細くなる。


「なら問題ないな」


 何も問題解決していない。

 使用人たちが後ろで騒いでいる。


「囲い込み確定では?」

「旦那様が逃がす気ゼロ」

「これはもう奥様……」


「違いますからーっ!」


 叫んだ瞬間。

 アレクシス様の手が、私の頬へ触れた。

 ぴたり、と。


「……アレクシス様?」

「可愛い」


 思考停止。

 空気も止まった。


 使用人たちが無音で崩れ落ちる。

 私は数秒遅れて真っ赤になった。


「なっ、なっ……!」


 アレクシス様はそんな私を見て、ほんの少しだけ口元を緩める。


「その顔をするなら、もっと囲いたくなるな」


 だめだこの人。

 思ったよりずっと危険だ。

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