第7話 妹からの手紙「戻ってきてください、お姉様」
朝食の席は、地獄だった。
いや、料理は素晴らしい。
焼きたてのパン。
ふわふわのオムレツ。
果物たっぷりのジュース。
問題は。
「もっと食べろ」
向かい側から飛んでくる圧である。
「た、食べてます……」
「少ない」
十分多いです。
むしろフォルネーゼ家時代の三倍ぐらいある。
アレクシス様は腕を組み、真剣な顔で私を見ていた。
なんで。
なんでそんな国家会議みたいな顔で食事量を監視しているんですか。
「痩せすぎだ」
「昨日も言われました……」
「今日も言う」
即答だった。
逃げ場がない。
そこへ、執事が一礼して近づいてくる。
「旦那様、お手紙が」
「……誰からだ」
「フォルネーゼ家より」
空気が変わった。
私は思わず肩を震わせる。
アレクシス様の視線が鋭くなった。
「内容は」
「エリシア様宛です」
私、に。
胸がざわつく。
父だろうか。
それとも。
執事から封筒を受け取る。
見覚えのある文字だった。
リリア。
腹違いの妹。
指先が冷える。
「無理に読む必要はない」
低い声。
アレクシス様がこちらを見ていた。
「ですが」
「顔色が悪い」
そんなにわかりやすいだろうか。
私は少し迷ってから封を切った。
『お姉様へ
あの日はごめんなさい。
私、本当はお姉様と仲良くしたかったの。
でも、お姉様はいつも怖くて……。
お父様もレオン様も、今は少し落ち着きを取り戻しています。
お姉様が戻ってきてくだされば、きっと元通りになれると思うんです。
お願いです。
帰ってきてください、お姉様。』
私は黙って手紙を閉じた。
「……元通り」
ぽつりと呟く。
元通り。
働いて。
耐えて。
後回しにされて。
必要な時だけ使われる生活に。
胸がじくりと痛む。
「帰りたいか」
静かな声だった。
私ははっと顔を上げる。
アレクシス様がこちらを見ている。
真っ直ぐな目。
「……わかりません」
嘘だった。
本当はもう戻りたくない。
でも。
家族だった。
見捨てられてもなお、そう思ってしまう。
「私がいなくなったら困る人もいますし……」
「それは、お前が搾取されていただけだ」
容赦がない。
私は言葉に詰まる。
「でも」
「エリシア」
低い声。
「お前は、自分を使い潰す相手に優しすぎる」
胸が痛かった。
そんな言い方。
まるで私が間違っているみたいだ。
「……家族なんです」
「お前を捨てた」
即答だった。
逃げ道を塞ぐみたいに。
「しかも濡れ衣まで着せた」
「…………」
「それでもまだ、お前だけが我慢するのか」
何も言えない。
アレクシス様は静かに息を吐いた。
「返事を書く必要はない」
「え?」
「書きたくなったら書け」
低い声。
でも。
その声は不思議なくらい穏やかだった。
「……はい」
私は小さく頷く。
その時だった。
執事が再び現れる。
「旦那様」
「なんだ」
「フォルネーゼ家の使者が、屋敷の前で面会を求めています」
沈黙。
私は目を見開いた。
「えっ」
もう来たの!?
早くない!?
アレクシス様の目がすっと冷える。
空気が一瞬で変わった。
「追い返せ」
低い声。
完全に氷点下だった。
「ですが、“娘を返していただきたい”と」
ぴしり。
何かが凍る音がした気がした。
アレクシス様がゆっくり立ち上がる。
「……誰の許可を得て、私の屋敷へ口を出している?」
怖い。
使用人たちが一斉に背筋を伸ばした。
空気が重い。
なのに。
なぜだろう。
私は少しだけ、安心してしまった。
この人は。
私を、簡単には返さない。




