第6話 使用人たちがなぜか私に優しいです
「エリシア様! こちらのお茶はいかがでしょう!」
「焼き菓子もございます!」
「クッション追加します!?」
……なぜ。
私は今、中庭のテラス席で完全に囲まれていた。
使用人たちに。
「だ、大丈夫ですから!」
「大丈夫ではありません!」
即否定された。
「エリシア様は細すぎます!」
「もっと栄養を!」
「旦那様に怒られます!」
旦那様。
その単語だけで心臓が跳ねる。
アレクシス様は今日、朝から仕事らしい。
“ゆっくり休んでいろ”と言われたのだが、落ち着かないものは落ち着かない。
「何かお手伝いを」
「ダメです!」
また即答だった。
「ですが」
「旦那様から“絶対に働かせるな”と」
そんな命令が出ているの!?
私は頭を抱えたくなった。
確かに昨日、厨房で少し口を出した。
でもそれだけだ。
こんなに丁重に扱われる理由がわからない。
「エリシア様って、優しいですよね」
若い侍女がぽつりと言った。
「え?」
「昨日、厨房の皆に“勝手に口出ししてすみません”って謝ってたじゃないですか」
……普通では?
「普通の貴族様は謝りません」
別の使用人が真顔で言う。
「むしろ怒鳴ります」
「物投げます」
「蹴ります」
治安が悪い。
「旦那様も怒鳴りませんけど、怖いですし……」
「ええっ!?」
「目で人を黙らせます」
「あと圧」
「存在感」
わかる。
めちゃくちゃわかる。
「ですがエリシア様には甘いですよねえ」
「昨日なんて、お食事中ずっと見てましたし」
「運んでましたし」
「抱っこもしてましたし」
「やめてくださいっ!」
全部思い出してしまった。
顔が熱い。
使用人たちがニコニコしている。
楽しそうだ。
……なんだろう、この空気。
フォルネーゼ家では、使用人たちはいつも怯えていた。
失敗しないように。
怒られないように。
だから皆、張り詰めていた。
でもここは違う。
空気が柔らかい。
笑い声がある。
「旦那様、ずっとお一人でしたから」
年配の執事が静かに言った。
「女性を屋敷へ入れたのも初めてです」
「そう、なんですか……」
「ええ。皆驚いております」
私は思わず視線を落とす。
どうして私なんだろう。
そんなことを考えていると。
「何をしている」
低い声。
空気がぴん、と張る。
振り返ると、アレクシス様が立っていた。
黒い軍服。
銀髪。
整いすぎた顔。
今日も眩しいくらい美しい。
「旦那様!」
使用人たちが一斉に頭を下げる。
アレクシス様は真っ直ぐこちらへ来た。
「寒くないか」
「え?」
いきなり肩へ上着を掛けられる。
「ひゃっ」
「冷えている」
手を取られた。
大きな手。
熱い。
「少し風が強いな」
低い声が近い。
使用人たちが後ろでキャーキャーしている気配がする。
「だ、大丈夫です!」
「大丈夫ではない」
また断定。
この人、本当に毎回これだ。
「顔色もまだ悪い」
「そ、それは……」
近いからです。
とは言えない。
アレクシス様はそのまま私の隣へ座った。
自然すぎる。
使用人たちがざわつく。
「旦那様がテラスに……」
「しかもお隣……」
「事件では……?」
この屋敷の人たち、反応がいちいち面白い。
「何を話していた」
アレクシス様が私を見る。
「えっと……皆さんが優しくて驚いてました」
「そうか」
「はい。すごく温かい屋敷ですね」
一瞬だけ。
アレクシス様の目が柔らかくなった。
「お前が来てから、皆浮かれている」
「えっ」
「見ればわかる」
確かに後ろが賑やかだ。
使用人たちがニヤニヤしている。
「奥様候補……」
「もう奥様では?」
「正式発表まだ?」
聞こえてます。
「違いますから!」
慌てて否定すると。
隣から低い声が落ちた。
「……別に違わなくても構わないが」
思考停止。
「…………え?」
使用人たちが絶叫した。




