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第4話 「ここがお前の家になる」

 運ばれた先は、広すぎる部屋だった。


 天蓋付きのベッド。

 暖炉。

 厚い絨毯。

 大きな窓。


 まるで王族の部屋みたいだ。


「えっ、あの、ここは……?」


「客室だ」


 公爵様は当然のように答える。


 いや、客室でこれ?

 フォルネーゼ家の主人部屋より広い。


 混乱している間に、侍女たちが慌ただしく動き始めた。


「お湯の準備ができております!」

「お召し物はこちらへ!」

「旦那様、薬師も呼びますか?」


「呼べ」


 次々指示が飛ぶ。

 屋敷全体が機敏だった。


 誰も怒鳴られていないのに、全員がすぐ動く。

 それだけで、この屋敷の空気がわかる気がした。


「では失礼いたします、お嬢様!」


 気づけば私は侍女たちに囲まれていた。


「えっ」

「ちょっ」

「待っ」


 抵抗する間もなく、浴室へ連行される。


 広かった。

 浴槽が。


 私の部屋ぐらいある。


「ひえ……」


「どうぞ温まってくださいませ」


 侍女たちは慣れた手つきで私の髪を解き始めた。

 ぼろぼろのドレスが脱がされる。


 そこで、一瞬空気が止まった。


「まあ……」

「これは……」


 しまった、と思った。

 腕。

 肩。

 背中。


 働いてできた細かな傷や火傷跡が残っている。

 隠したかった。


「申し訳ありません、見苦しいものを……」


「誰がこんなことを」


 侍女の声が震えていた。


「料理場で少し……」


「少しでこんなになりますか!?」


 怒られてしまった。

 でも本当に大したことではない。


 私はただ、家の仕事をしていただけだから。


 湯船へ入る。

 温かい。


 涙が出そうになるくらい、温かかった。

 こんな贅沢、初めてだ。


「……夢みたい」


 ぽつりと零した瞬間。


「夢ではない」


 低い声が響いた。


「きゃあっ!?」


 反射的に肩まで沈む。

 公爵様だった。


 なぜいるんですか!?


「旦那様!?」


 侍女たちも悲鳴を上げる。


「服を届けに来ただけだ」


「ノックしてくださいませ!」


「した」


「聞こえてませんでした!」


 侍女たちが慌てて公爵様を押し出す。

 私は顔が熱すぎて死にそうだった。


 扉が閉まる直前、公爵様がこちらを見た。


「倒れるなよ」


 それだけ言って去っていく。

 侍女たちが一斉に振り返った。


「旦那様が心配してる!!」

「奇跡では!?」

「百年ぶりくらいでは!?」


 百年。

 この人、本当に人付き合いしてなかったんだ。


 風呂から上がると、柔らかな夜着を着せられた。

 高級すぎて怖い。

 布がふわふわだ。


 食堂へ案内されると、長いテーブルの端に公爵様が座っていた。

 そして。


「座れ」


 隣を示した。


「え?」


「隣だ」


 長いテーブルなのに?

 端と端じゃなくて?


 使用人たちが息を呑む気配がする。

 私は恐る恐る隣へ座った。


 するとすぐ料理が並び始める。


 肉料理。

 スープ。

 焼きたてのパン。


 すごい。

 フォルネーゼ家の晩餐より豪華だ。


「食え」


「は、はい」


 一口食べる。

 おいしい。

 泣きそうになるくらいおいしい。

 気づけば夢中で食べていた。


 途中で視線を感じて顔を上げる。

 公爵様がじっとこちらを見ていた。


「……なんでしょうか」


「よく食べるな」


「す、すみません!」


「謝るな」


 またそれ。

 公爵様はワインを飲みながら、静かに私を見る。


「遠慮して倒れられる方が困る」


 低い声。

 でもそこには、ほんの少しだけ優しさが混ざっていた。

 私は胸の奥がじんわり熱くなるのを感じた。


 どうして。

 どうしてこの人は、こんなにも私を気にかけるんだろう。


 食事を終える頃には、眠気が限界に近づいていた。

 熱のせいか、頭がぼんやりする。


「ふらついているな」


「だ、大丈夫です」


 立ち上がろうとして。

 ぐらり。

 次の瞬間。


「きゃっ」


 また抱き上げられていた。


「こ、公爵様!」


「アレクシスだ」


「うっ」


 訂正される。


「まだ慣れません……」


「そのうち慣れる」


 低い声が近い。

 鼓動がうるさい。

 公爵様は私をベッドへ下ろすと、毛布を引き上げた。


「休め」


「……はい」


 彼はしばらく私を見下ろしていた。

 その視線があまりにも真っ直ぐで、落ち着かない。


「あの……」


「なんだ」


「どうして、ここまでしてくださるんですか」


 公爵様は少しだけ目を細めた。


「お前が捨てられる理由が見当たらなかった」


 その言葉に、胸が詰まる。

 涙が出そうになる。


 私を否定しなかった人なんて、初めてだった。


 公爵様はそのまま踵を返す。

 扉の前で一度だけ振り向いた。


「安心しろ」


 低く静かな声。


「ここがお前の家になる」


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