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第23話 氷の公爵様、婚約指輪を用意していた

「お前は私のだ」


 その言葉とキスの衝撃で。

 私は完全に思考停止していた。


「エリシア様!?」

「魂戻ってきてください!!」


 侍女たちの声が遠い。


 無理。

 だって今。

 夜会会場のど真ん中で。

 キスされた。

 公衆の面前で。


「アレクシス様……!」


 ようやく声を絞り出す。

 だが。

 彼は妙に落ち着いていた。


「なんだ」


「なんだじゃありません!」


 会場中がまだ騒いでいる。

 貴婦人たちは悲鳴を上げ、男性陣は呆然としていた。


「ヴァンフォード公爵がキスを……」

「本気どころじゃないわ……」

「完全に囲い込んでる……」


 その全部が聞こえる。

 私は真っ赤なまま顔を覆った。


「恥ずかしいです……!」


「なぜだ」


「全部です!」


 アレクシス様は少しだけ首を傾げる。

 本当にわからないのか。

 その時。


「アレクシス」


 落ち着いた女性の声が響いた。

 会場の空気が変わる。


 振り向くと、深紅のドレスを纏った美しい女性が立っていた。

 年齢は三十代後半ほど。

 凛とした空気を纏っている。


「叔母上」


 アレクシス様が珍しく素直に頭を下げた。


 えっ。

 叔母様!?


「まあまあ」


 女性は扇子を口元へ当て、こちらを見た。


「随分可愛らしいお嬢さんを捕まえたのね」


「捕まえ……」


「否定はしない」


 アレクシス様が真顔で返す。

 私は頭を抱えたくなった。

 叔母様はくすくす笑う。


「昔からこの子、不器用でしょう?」


「……はい」


 即答してしまった。

 アレクシス様が少し不満そうな顔をする。

 そんな顔するんだ。


「でも本気なのはわかるわ」


 叔母様の視線が柔らかくなる。


「アレクシスが女性へ口づけする日が来るなんて、王都がひっくり返るわね」


「やめてください……」


 私は消えたかった。


 すると。

 叔母様がふとアレクシス様を見る。


「ところで」


「なんだ」


「もう渡したの?」


 沈黙。

 アレクシス様が一瞬だけ黙った。

 珍しい。


「……まだだ」


「え?」


 次の瞬間。

 アレクシス様が懐へ手を入れた。


 そして。

 小さな箱を取り出す。

 私は目を瞬いた。


「…………え?」


 ぱかり、と箱が開く。

 そこには。

 青銀色の宝石が嵌め込まれた、美しい指輪。

 会場が静まり返る。


「うそ」

「まさか」

「用意してたの!?」


 私も同じ気持ちだった。

 えっ。

 いつ!?


「アレクシス様……?」


 彼は静かに私を見る。


「婚約するなら必要だろう」


 低い声。

 当然みたいに。


「サイズも合わせてある」


「なんでですか!?」


 怖い。

 用意周到すぎる。

 アレクシス様は少しだけ視線を逸らした。


「……見ればわかる」


 この人、本当に何なんだろう。

 叔母様が楽しそうに笑っている。


「完全に落ちてるわねえ」


「否定はしない」


 もう隠す気がない。

 アレクシス様は私の左手を取った。

 大きな手。

 熱い。


「エリシア」


「は、はい」


「改めて言う」


 真っ直ぐな青い瞳。

 逃げられない。


「私と婚約してくれ」


 会場中が息を呑む。


 私は胸がいっぱいになった。

 こんな風に求められる日が来るなんて。

 ずっと思っていなかった。


「……はい」


 小さく頷く。

 その瞬間。

 アレクシス様の表情が、初めてわかるくらい柔らかくなった。


 そして。

 彼はゆっくり私の指へ、婚約指輪をはめた。

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