第21話 妹、完全敗北する
夜会会場へ入った瞬間。
ざわり、と空気が揺れた。
「ヴァンフォード公爵だ」
「今日もエリシア嬢を連れている……」
「本気なのね」
視線が痛い。
私はアレクシス様の隣で小さくなった。
だが。
彼は当然のように私の腰を抱き寄せる。
「ひゃっ」
「離れるなと言っただろう」
低い声。
近い。
そして今日のアレクシス様、妙に機嫌が悪い。
「アレクシス様……?」
「来た」
静かな声。
その視線の先。
リリアだった。
淡い桃色のドレス。
完璧な笑顔。
周囲の男性たちへ愛想を振りまきながら、こちらへ近づいてくる。
「お姉様!」
甘い声。
私は反射的に肩を震わせた。
「お久しぶりですぅ」
リリアは潤んだ目で私を見る。
「お姉様が急にいなくなって、私とっても心配して……」
周囲がざわつく。
だが。
アレクシス様は冷たい目だった。
「……何の用だ」
低い声。
空気が凍る。
リリアが一瞬怯む。
だがすぐ笑顔を作った。
「公爵様、お姉様には誤解があったんです」
「誤解?」
「はい。お姉様、昔から少し思い込みが激しくて……」
私は唇を噛む。
始まった。
いつものやつだ。
“可哀想な妹”の演技。
「でも私、ちゃんと仲直りしたいんですぅ」
リリアが一歩近づく。
その瞬間。
アレクシス様の腕が、私をさらに引き寄せた。
「……触るな」
低い声。
完全に氷点下だった。
リリアの笑顔が引きつる。
「こ、公爵様……?」
「エリシアが嫌がっている」
周囲が静まり返る。
私は目を見開いた。
嫌がっている。
気づいてくれた。
今まで誰も気づかなかったのに。
リリアは焦ったように声を上げる。
「お姉様! 私、本当に反省して――」
「反省?」
アレクシス様が遮る。
静かな声。
なのに怖い。
「ではなぜ、エリシアを追い出した翌日から、彼女の仕事を誰一人引き継げていない」
リリアの顔が固まる。
「帳簿整理、領地管理、商会交渉」
低い声が続く。
「全て彼女任せだったそうだな」
周囲がざわついた。
「えっ」
「エリシア嬢そんなに有能だったの?」
「フォルネーゼ家、馬鹿では……?」
リリアの顔が青ざめる。
「ち、違っ……!」
「違わない」
即答だった。
アレクシス様は完全に冷めた目でリリアを見る。
「貴様らは、使い潰した」
静かな怒り。
「価値を理解できず、捨てた」
リリアが震える。
周囲の視線が痛い。
もう“可哀想な妹”ではいられない。
「……お姉様」
縋るように私を見る。
でも。
私はもう以前みたいに俯かなかった。
「リリア」
自分でも驚くほど静かな声だった。
「私、もう戻らないわ」
沈黙。
リリアの目が見開かれる。
「だって私」
私はゆっくりアレクシス様を見る。
彼の腕は、まだ私を守るみたいに抱いていた。
「ここにいたいもの」
どくん。
隣でアレクシス様の呼吸が止まった気がした。
周囲がざわめく。
リリアの顔が崩れた。
「……っ」
そして。
彼女はそのまま泣きながら走り去っていった。
会場は騒然としている。
だが。
アレクシス様だけは、じっと私を見ていた。
「……エリシア」
「は、はい」
次の瞬間。
ぐい、と引き寄せられる。
「きゃっ」
耳元へ、低い声が落ちた。
「今のは反則だ」
私は真っ赤になった。




