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第16話 妹、壊れかける

「嘘よ……」


 リリアは震える手で夜会の招待客一覧を握りしめていた。

 そこには確かに書かれている。


『ヴァンフォード公爵閣下ご同伴 エリシア・フォルネーゼ嬢』


 ありえない。

 どうして。

 どうしてお姉様なの。


「リリア、落ち着きなさい」


 父親が疲れ切った顔で言う。


「落ち着けるわけないでしょう!?」


 リリアは叫んだ。


「お姉様は地味で、冴えなくて、仕事しかできない女だったのに!」


 その瞬間。

 部屋の空気が止まった。


 父親がゆっくり顔を上げる。


「……その“仕事”を、お前は一つでもできるのか」


「っ……!」


 リリアが息を呑む。


 最近、父親の態度が変わった。

 以前なら何を言っても庇ってくれたのに。

 今は違う。


「領地収支は赤字寸前だ。商会との契約更新も止まっている。使用人も次々辞めていく」


 机へ書類が叩きつけられる。


「全部エリシアがやっていた」


 リリアの顔が歪む。

 嫌だ。

 そんなの認めたくない。


 お姉様はただの便利な女だったはずなのに。


「レオン様!」


 リリアは縋るように元婚約者を見る。


「何か言ってください!」


 だが。

 レオンはぼんやりしたままだった。


「……綺麗だった」


「え?」


「エリシア」


 その呟きに。

 リリアの中で何かが切れた。


「は……?」


「前から、あんなだったのか……?」


 レオンは完全に上の空だった。

 夜会で見たエリシアが頭から離れない。


 ドレス姿。

 笑顔。

 アレクシスに守られる姿。


 そして。

 自分へ向けられた、静かな距離感。


 もう以前のような感情は向けられていなかった。

 その事実が胸を抉る。


「……返してもらえば」


 ぽつりとレオンが呟く。


「は?」


「まだ間に合うかもしれない」


 リリアは絶句した。


「何を言ってるの!?」


「だってエリシアは元々俺の婚約者だった!」


「今さら!?」


 父親も頭を抱える。


「無理だ。相手はヴァンフォード公爵だぞ」


 王国最強クラスの権力者。


 しかも。

 明らかに本気だった。

 あの夜会で。

 公爵はエリシアを一度も離さなかった。


 誰かが近づけば遮る。

 視線を向ければ引き寄せる。

 完全な独占だった。


「……どうして」


 リリアの声が震える。


「どうしてお姉様ばっかり」


 自分の方が可愛い。

 愛嬌もある。


 なのに。

 誰も見てくれない。


 父親も。

 レオンも。

 最近ずっと“エリシア”ばかりだ。


 その時。


 バンッ!!

 扉が勢いよく開いた。


「旦那様、大変です!」


 執事が青ざめている。


「今度は何だ!」


「商会が契約更新を拒否しました!」


 一同が凍りつく。


「理由は!?」


「“エリシア様がいないため、今後の取引継続に不安がある”と……」


 沈黙。


 父親の顔色が変わる。


「馬鹿な……」


「あと、使用人がさらに三名辞職を」


 リリアはふらついた。


 崩れていく。

 家が。

 自分たちの世界が。

 全部。


 お姉様がいなくなっただけで。

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