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第15話 元婚約者、完全に心を折られる

「……婚約者?」


 レオンは呆然と呟いた。

 目の前の光景が理解できない。


 エリシアが。

 あの地味で目立たなかった女が。

 王都でもっとも恐れられるヴァンフォード公爵に腰を抱かれている。


 しかも。

 公爵は明らかに本気だった。


「行くぞ」


 低い声。

 アレクシス様は当然のようにエリシアを引き寄せる。

 エリシアは真っ赤になっていた。


 だが。

 拒絶はしていない。

 レオンの胸がざわつく。


「待っ……!」


 思わず声を上げた瞬間。

 アレクシス様の視線がこちらへ向いた。


 凍る。

 冷たい。

 まるで獣に睨まれたみたいだった。


「……二度目だな」


 静かな声。

 なのに圧が凄まじい。


「私のものへ近づくなと言ったはずだ」


 会場が静まり返る。

 私のもの。

 その言葉に貴婦人たちが悲鳴を飲み込んだ。


「囲い込み強すぎでは……」

「公爵様、本気だわ……」


 レオンの顔色が変わる。


「エリシアは……俺の婚約者だった!」


「元、だろう」


 即答だった。

 しかも正論。


 レオンが言葉に詰まる。

 アレクシス様は冷たく続ける。


「捨てたのは貴様だ」


「それは……」


「濡れ衣を着せ、追い出した」


 空気が冷えていく。


「その結果、私が拾った」


 拾った。

 さらっと言うな。


 私は内心で真っ赤になっていた。

 だがアレクシス様は止まらない。


「今さら何の用だ」


 レオンは拳を握った。

 周囲の視線が痛い。


 完全に自分が悪者だった。

 しかも。

 初めて気づく。


 エリシアはこんな顔で笑うのか、と。

 今の彼女は綺麗だった。

 前よりずっと。

 いや。

 前から綺麗だったのかもしれない。

 自分が見ていなかっただけで。


「……俺は」


 何か言おうとして。

 言葉が出ない。


 アレクシス様は完全に冷めた目でこちらを見ていた。


「後悔しているのか」


 静かな声。

 レオンは答えられなかった。


 後悔。

 している。

 今さら気づいた。

 エリシアがどれだけ有能だったか。

 どれだけ自分を支えていたか。


 だが。

 もう遅い。


 アレクシス様がエリシアの腰をさらに引き寄せる。


「残念だったな」


 低い声。


「こいつは、もう渡さない」


 どくん。

 エリシアの肩が跳ねる。

 真っ赤だ。

 それを見た瞬間。


 レオンの心は、完全に折れた。


「ア、アレクシス様……!」


 私は会場の隅まで来てからようやく抗議した。


「言い方が強すぎます!」


「事実だ」


「私ものじゃありません!」


「そうか?」


 またそれ。

 アレクシス様は不思議そうだった。

 本当に自覚がない。


「そもそも婚約者って何ですか!」


「婚約者だが」


「いつ決まったんですか!?」


 アレクシス様は少し考える顔をした。


「……昨夜?」


「軽い!!」


 夜会会場なのに思わず叫んでしまった。

 周囲がざわつく。


 アレクシス様はそんな私を見て。

 ふっと笑った。

 珍しく、少し楽しそうに。


「嫌か」


 低い声。

 真っ直ぐな視線。

 私は息を呑む。


 嫌。

 ……ではない。

 でも。

 でも。


「ずるいです……」


 やっとそれだけ絞り出した。

 すると。

 アレクシス様の目が少し柔らかくなる。


「そうか」


 そのまま。

 彼は私の手を取り、指先へ口づけた。


 会場中が悲鳴を上げた。


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