11. ドローレスの特技
「おはよ、ロラちゃん」
「……おはよう」
昨晩、とりあえず眠そうなアルマを宥め、よしよしと頭を撫でて寝かしつけた。
要望さえ通ればアルマは大人しくなる。キュッと手を繋いでベッドに入り、気がついたら私も一緒になって眠ってしまっていた。
そして朝。寝起きが悪いはずの彼女は嬉しそうに笑って私を見ている。
布団に顔半分を埋めて、蜂蜜に蕩けたような顔は本当に幸せそうだ。
「ん、今日は早いのね」
「ロラちゃんが可愛くて。一緒にいれて最高に幸せ〜」
「…………。起きたのなら支度をなさい。仕事よ」
「わかった。着替え持ってくるね」
アルマはベッドから抜け出て、あっという間に部屋の外に出て行った。いつもなかなかベッドから起き上がれず、無駄に惰眠を貪っていた彼女が随分と身軽に取りかかる。
あら、まあ。成長したのね。
と感心したのも束の間。
全然戻ってこないので、私は結局自分で着替えることにした。実際衣装部屋は自室と隣接している。よって廊下に出て行かなくても着替えなど秒で準備ができる。
あの子、まだ屋敷の部屋割りを覚えていないのね……。
彼女のドジ加減にため息をつきながら、私も朝の支度にかかった。
階段を降りるとアルマが玄関先に立っていた。早朝にも関わらず客人が来たようでその応対をしているのだ。
アルマの手には山ほどのドレスが抱えられ、見たことのない衣装ばかりなので目を引く。両親かパトロンの先生にでも貰ったのかな? なんて想像を膨らませながら私も客人へと近づいた。
「まあ」
「おはよう、ロラ」
「おはようございます。ドローレス様」
客人はルーベンとコーネリアであった。
朝明けの中の、きちんとした身なりに高貴さがうかがえる。
「おはようございます、殿下。そしてコーネリア」
と一礼し、隣でぬぼーっと立っているアルマに意識を向ける。
視線を下げるでもない、呆然とした様子に頭を傾げながらアルマを小突く。
「アルマ、きちんとご挨拶はできたの?」
「……え? ……あ」
挙動不審な様子から明らかに出来ていないことを察する。確かに目の前に高貴な方々が現れたら咄嗟に対応できなくて当然だろう。何せ超天然さんだし。
アルマを背に庇いながら最敬礼に体を傾け、彼女のフォローに入った。
「何か失礼がございましたら申し訳ありません。彼女には厳しく指導しますので何卒ご容赦頂けないでしょうか」
「……いや」
ルーベンは拳を緩く口元にあて、一拍の間を開けて私に尋ねる。
「彼は、ここの使用人か?」
「彼ではなく、『彼女』ですわ。私の侍女のアルマです。彼女の粗相は私の責任ですから、咎あるのであれば私に」
「……、……『彼女』」
背後のアルマの体が強張る。数秒考えたルーベンは「成る程、合点がいった」と静かに頷いた。無表情だが怒っている訳ではないようだ。ただ単純に呆れているような。
ルーベンとアルマの奇妙な空気感に、答えを求めてコーネリアを見るも彼女も首を振って肩を竦ませるだけであった。
コーネリアはルーベンに傾倒するあまり、その他の王族に全く関心がないという事実を私は知らない。
ルーベンは小さく息を吐いてアルマを見て、その後私を見て手を差し出す。何となくその手に重ねると、グイッと体を引き寄せられた。
「まあいい。ロラが嫌でないのなら、俺がとやかく言う事じゃないからな」
「何のことです?」
「気にするな。今日来た要件は別にある。仕事だ、ついてこい」
ルーベンと反対側をコーネリアに固められ、玄関ポーチからアプローチを抜け、私はズルズルと引きずられていく。馬車へと誘導され、後ろから慌ててアルマが追いかけてきた。
「ちょ、ちょっと待ってください。ドローレス様の朝食がまだです!」
「朝食は用意してある。食べながら向かう」
「それに折角可愛いドレス、沢山揃えたから着て欲しいし!」
「……文句があるのならお前も乗れ。道中で聞いてやる。こっちは急いでるんだ」
「すこぶる文句しかない!」
プンプンと怒りの湯気を上げながらアルマが馬車に乗り込んできた。王族に物怖じしない豪胆さに私はやや呆気に取られる。天然って凄い。
ルーベンとコーネリアの対面に私とアルマが座る。
馬車が走り出し、コーネリアが大きなバスケットを取り出した。紙に包んだバケットを各人に配り、中央の簡易テーブルには五段の重箱が広げられる。
テーブルに乗り切らない朝食の量にルーベンは呆れた声を漏らした。
「作りすぎではないか? 予定より一人増えたが、四人で食べる量ではないぞ」
「ドローレス様に食べて頂きたくて、つい」
「え、コーネリアが作ったの? 凄いわ」
「ろ、……ドローレス様が作る方が凄いし!」
「……お前は何と戦っているんだ」
ルーベンがやんわりと静止した。
やはりこの二人、何だかおかしい。初対面のはずなのに妙に親しいというか、距離が近い。実はアルマのシンデレラストーリーが実現している最中なのではないかと思い、徐に頷く。
ルーベンならばアルマの相手として申し分ない。このまま突き進んで欲しい。そうすれば私の憂いは二重の意味で解消される。
二人の空気感を邪魔しないように、会話の隙間を縫って手をあげる。
「ところで、私の仕事とはなんでしょうか?」
「うむ」
大きな口でパクリとパンを食べるも、ルーベンの仕草は非常に上品だ。口の中のものを飲み込んで、コーネリアからお茶をもらう。
「この前、ロラを呼んだ舞踏会があっただろう。覚えているか?」
「まぁ、先週のことですし」
「そのうちの客人が観光のため長期滞在している。しかし朝になって客の子供がいなくなった」
「……子供が」
「こういうのはお前が適任だろう」
と、ルーベンは不敵に笑った。




