旅立ちⅢ
ガイラさんから冒険者の事を学び始めて一月が経った。
学び始めてと言っても忙しいガイラさんが俺の勉強に立ち会ってくれるのは三日に一度で、ほとんどはガイラさんが貸してくれた専門書を使っての自習だ。
モンスターの種族別の対処方法、素材となる部位や討伐を報告する為に必要な部位の解体の仕方。冒険者のマナー。ダンジョンでの基本的な行動。道具の使い方。更によくある失敗例や実際の例などまで書かれている親切な専門書を、ゲームの攻略本でも読むかのように色々な空想を浮かべながら毎日読み続けている。
ガイラさんが立ち会ってくれる日には道具で手にはいるものを実際に買って使い方を確認してもらい。俺はこの一月の間、すごく有意義な時間を過ごしていた。
ガイラさんの家族との付き合いも良好で。小屋のスペースを借りた初日の夕食に招待された時もすごく暖かく迎え入れてもらえた。
ガイラさんの息子のガッツと娘のキリも最初は少し人見知りだったが今では――
「オズ兄さん来たぞー」
「オズにいあそぼ―」
返事を待たずに小屋に上がり込んでくるほどに懐いてくれた。
ガッツは兄というものに憧れていたらしく、キリは実の兄が兄と呼ぶから自分も、という感じでこの呼び方をされるようになった。
成人するまでは就職のできない、だから村では農作業手伝いなどしてその合間に遊んだりしていた。しかし、ガッツやキリのような街の子供達は家で農業をしていない家庭も多く、手伝うこともないが学校などもないので一日中暇を持って余している。
そこに現れた居候を新たな暇つぶしの材料とするのは自然な流れで、前世も今世も一人っ子な俺が懐いてくる二人の相手をしてしまうのも仕方のないことだった。
「お茶と菓子はいつものとこにあるから勝手に出してくれ。あと一ページだけ書いてしまいたい」
今俺がやっているのは買ってきた木材に魔法を使って作った紙に、ガイラさんが貸してくれている本を書き写す作業、いわゆる写本だ。魔法で写そうと思えばすぐだが、この一カ月で大体の勉強が終わってしまったので更に頭に叩き込む為にも自分の手で書き写すことにした。
切りのいいところで作業を中断して二人に視線を向ける。
二人はいつものように俺のベットに座って焼き菓子を食べていた。座り心地がいいらしい。
「オズにい、私にもベット作ってー」
「キリ、我がまま言うなよ。オズ兄さんは父さんにマホーを禁止されてるんだから」
ガッツの言う通り俺はガイラさんに魔法を禁止されていて、使うときは使用用途などをまとめた上で断りをいれてから使うことになっている。「敷地を貸してる間は面倒ごとは困る」ということだったし、俺もタダでスペースを貸してくれている家に迷惑をかけたくはないので従っていることになっている。
実際は魔力もまだまだ増やしたいし、突然便利そうな魔法を思い浮かぶ時もあるのでコッソリと使っている。ちなみにここに来て最初に作った魔法は人払いの結界魔法だ。
「俺が出て行く時に作ってやるっていつもいってるだろ?」
「えーだってオズにい居なくなったらここ私が住むしベットも貰うからそれまでのベットが欲しいんだもん」
「いやお前らのおじいさんに畑に戻すって約束してるから小屋はダメだぞ」
「大丈夫だよ、オズ兄さん。じいちゃんは俺とキリが頼んだら言うこと聞いてくれるから」
「あぁ……」
俺は孫馬鹿な老人の顔を思い浮かべてクスリと笑うと2人もつられて笑い出した。
◇ ◇ ◇
「まも?の……が、あ、らわ…れ…た。ご……ごま……すも。オズにいこれなんて読むんだっけ?」
「魔物が現れた五マス戻るだよ」
「えーまた戻るのー」
今、俺達がやっているのは俺の作ったすごろくだ。
可愛い弟分と妹分に字を覚えさせるために作った。日常会話で使うような文字を選んで盛り込んでいるので遊んでいればいつのまにか文字が読めるようになるんじゃないかと思って作ったのだ。その効果は絶大で、ガッツは時間はかかるがすべての文字を読めるようになったし、キリもまだ不安な文字もあるが全く読めないところから短期間でここまで読めるようになれば上出来だろう。
1人は文字が読める人がいないと遊ぶことは出来ないが、遊びで文字を覚えれる教材として売り出せるんじゃないだろうか……。
「まもの、に、とつぜん、おそ、われた。ふり、だし、にもどる」
「お兄ちゃんこの前もそこに止まったよね」
「ガッツはそのマスに好かれてるんじゃないか?」
「このマスがゴール前にあるのが悪いんだ!」
「ゴールが見えたからと言って油断するなっていう俺からのメッセージだよ」
現実の残酷さをガッツに告げた俺はサイコロを手に取って放り投げた。
「1、2、3、4、5、6。はい、あがり」
「またオズ兄さんが一番かよ」
「ズルっ子だーズルっ子してるんだー」
「運も実力のうちだよ」
もちろん運だけではない。2人がすごろくで文字を学んでいる間、俺もすごろくで身につけたものがある。転がす場所、放り投げる力加減などで好きな出目が出せるようになったのだ。木で作ったサイコロは部屋の湿度1つで転がり方が変わる。出目に関わるような事柄のすべてを魔法なしで計算し尽してサイコロを放り投げて、連勝記録を伸ばしているのだ。
このイカサマのような特技がなんの役に立つのかはわからないが、遊びの中で何かを身につけた。その一点を僕は誇っていた。
年下との遊びで本気になっている精神年齢55歳の姿が、そこにはあったのだ。
◇ ◇ ◇
日の暮れるまで俺の小屋で遊んだ2人は、いつものようにココットさんの呼ぶ声を聞いて嵐のように去っていく。
そして部屋に1人なった俺が、掃除を始めるのもいつものことだ。
焼き菓子が減ってきたな、そろそろ買い足しておいてやるか。
片付けながらそんなことを考えていると小屋の扉からノックの音が響いてきた。
「オズワルド、俺だが少しいいか?」
「ガイラさん? なんですか?」
すぐに玄関へ行き扉を開くと、もう見慣れた厳つい顔が立っていた。
「今日、狩人組合にお前の村からお前を訪ねてきたやつらがいてな」
その言葉を聞いて僕に緊張が走った。村でなにかあったのだろうか? 俺のしてきたことが俺がいなくなったことで破綻した? 来たのは誰だろう? ディンは村長だから簡単にはこれないはずだ。それにケリィも。
「フーってお嬢ちゃん、お前と同い年のはずだし知ってんだろ? 怪我したはずの顔が綺麗になってるしな」
ガイラさんの続けた言葉で俺は少しだけ安心して気持ちが軽くなった。しかしまだ村でなにかあったのかという可能性もある。
俺は気持ちを落ち着けながらガイラさんに問いかけた。
「村でなにかあったとかですか?」
「いや、狩人組合に定期報告持ってきたついでにお前の様子を見に来たらしいぞ」
村の狩人は三カ月に1度、街の狩人組合に猟区で狩った魔物の種類と数など報告する義務がある。
その報告でフーがきたということはフーは役所に就職して猟関係の部署に配属されたのか。
「そうですか。宿は聞いてますか?」
「あぁ誰かさんが居心地悪いっていって1日で出てきた宿だよ、明後日までいるそうだ」
ガイラさんはニヤニヤしながらそう言うと振り返って自分の家の方に歩いて行った。
「明日行ってみるか」
俺は独り言でそう呟いてから小屋の中に戻っていった。




