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はじまり Ⅵ

 あれから2カ月がたった。

 新しい村人もすっかり村に馴染んでいる。

 モーム改の子供は二カ月で成体に育つということがわかり、牧場では増えすぎるモーム改に焦っているがすでに俺の手を離れたところで管理されているのでそちらに任せている。

 モーム改の革を使った外套だが。いつぞやの流れの狩人パーティーが色々なところで宣伝しているらしく、是非仕入れたいと領内はもちろん、遠い領地や王都からも商人からの連絡が殺到している。それに関しても俺が関与しないでなんとかできるようになっている。

 役所という組織に人員を回せるようになったのであらゆる事業に担当者ができた。このことによってほとんど俺に頼らずに村が円滑に回るようになったのだ。

 それもすべては俺が街へと勉強に出るためであり、もうすぐ帰ってきて俺の代わりに村長になるディンをサポートする為に作った体制だ。


 今月に入ってから俺はみんなが帰ってくるのを今か今かとソワソワしながら待っていた。

 あれからもう半年たったのだ。早く友人達に会いたい。みんなこの村を見て驚いてくれるだろうか。



 ◆◆◆



 僕達は生まれた村へ続く道を進む馬車の中にいる。だというのに馬車の中の空気は重い。

 街の狩人組合での半年間に渡る講習日程を終えた僕達四人は街へ残るかどうかという相談もなく、すぐに馬車を手配しそれに乗り込んだ。


 四人になってしまったのは街にきてすぐのことだった。力の恩恵を与えられたトマに狩人組合で身分証を作成した翌日、騎士団からの勧誘が来たのだ。トマは悩むことなくその勧誘を受けた。


 空気が重いのは四人になってしまったということだけが原因ではない。

 罠の講習中にコムは誤って自分の設置した罠にかかり右足の膝から下を切り落とすことになった。変わらずいつも明るく振る舞って僕達に心配させないようにしてはいたが村に帰り両親にその姿を見せると思うと気が重いのだろう。


 コムだけではない、フーは実際の森に入っての魔物狩りの講習中に魔物に襲われ顔を爪で引っかかれた。今のフーは顔のほとんどを布で覆って左目しか見えないようになっているが、右目は潰されて、鼻はちぎられ、口は右側だけ大きく裂かれている。フーは女としての幸せを早くに諦めて切り替えたように過ごしてきたが、両親に自分の顔を見られるのはやはり怖いようだ。


 僕とケリィは怪我などはないがそれでも帰るとなると気が重い。僕とケリィは街の教会で結婚の契りを結んでいた。

 最初はオズワルドのことで頭を悩める彼女をみんなで慰めていた。しかしトマがいなくなり、コムは片足を失い、フーは顔を怪我して他人に気を遣う余裕などなくなっていた。そんな中で僕だけは彼女を慰め続けた。親友の婚約者である彼女を笑顔にして村に連れ帰るのが僕の役目だと思っていたからだ。

 だが気が付くと僕は弱い彼女を守らなきゃいけないと錯覚し、気がついた時には彼女を好きになっていた。それは毎日のように僕に優しく声をかけられ続けた彼女も同じだったようだ。

 僕達は若さもあって劣情が抑えられないところまで来ていた。しかし、村の習わしで婚前の男女が交わることは許されない。

 だから僕達は街の教会で結婚した。そしてその日の夜から余計な事を考えられなくなるほどお互いの身体にはまり込んでいった。

 親友に、オズワルドにこのことを告げなければいけないと思うと僕のため息は止みそうにない。


 窓から村の方角をずっと眺めていたフーが驚きの声をあげたところで馬車の沈黙に終わりがくる。


「なに……あれ!?」


 裂けた口から息が漏れるようになった自分の声が嫌いで滅多に話そうとしなかったフーが声をあげたことに驚きつつもフーの見る方角を見てみた。


「あそこって……村だよな?」

「なにあの壁……」


 遠くからでもはっきりわかるほどの高い壁が村を囲んでいたのだ。すると御者の男が話しかけてくる。


「お客さん達あの村の人かい?」

「はい、半年ほど前に村を出ました」

「それなら驚くだろうよ」


 御者の男の話は村で育った僕達にはとても信じられないような話だった。

 この半年であの貧乏な村はとても豊かになったというのだ。特に名物の魔物は肉も革も一級品と興奮気味に語るがそもそも僕達には名物の魔物がなんなのかすらわからない。


「この道も半年前ならガタガタだったでしょ? 今はあの村の村長さんのおかげで快適なもんさ」

「村長……」


 僕は疑問に思った。僕の父は例え村が栄えても街道を快適にしようなんて思う人間ではない。そんなものは領主様の管轄、それに使う金があるならば貯め込むというのが僕の父だ。


「確か数か月前に変わったんだよ、村長」


 御者の言葉は聞こえていたが僕は、いや僕達は理解を超えることの連続になにも言葉が出なくなっていた。

 そうしていると馬車は村の門を潜り抜けた。僕達はまだ現実を理解できないままで村へと帰ってきたのだ。


 馬車を降りるとやはりそこは生まれ育った村ではないように見えた。家々は立派な石造りに変わり、見たことない大きな建物もある。

 僕達が馬車を降りてすぐのところで辺りをキョロキョロしていると背後から聞きなれた声が僕達を呼んだした。村唯一の食堂のおばちゃんの声だ。

 ぽっちゃりとして愛嬌のあるそのおばちゃんを思い出しながら僕らが振り返ると。そこには濡れた艶やかな髪を布で拭きながら頬を赤く染めたお姉さんという表現が正しいであろう女性がこちらに向かって歩いてきていた。

 僕達は最初こそ誰かわからなかったが、女性の発する声とよくよく見ると残っている面影からこの女性は食堂のおばちゃんであるとようやく認めることができた。


「あんたたち帰ってきたんだねー」

「ただいま、おばちゃん(?)」

「うんうん、ディンもケリィも変わらないね。コムとフーは……大変だったんだね。トマはどうしたんだい?」


 食堂のおばちゃんは辛そうな顔でコムとフーを抱き締めながら僕の話を聞き、トマが騎士団に入ったことを聞いて驚いていた。

 しばらくして2人を解放したおばちゃんは改めて笑顔を作ってこう言った。


「コムもフーももう大丈夫さ、あんたたちまずは自分の家にお帰り、トマのことは私がゴルマさんに話しておくから。風貌は変わったけど村の道も家の場所も前と一緒さ。まずはお父さんお母さんに帰ってきたことを報告するんだ。それから役所に行きな、役所ってのはあのおっきな建物さ」


 そう言っておばちゃんは大きな建物の方を指差し、僕達が返事するのを待って食堂の方へ歩いて行った。

 僕達はまだ混乱したままでそれぞれの家に一度帰ることにした。



 ◆◆◆



「おぉ、愛する我が息子よ、おかえり」


 僕が家に帰ると見たこともないほど陽気な父が出迎えてくれた。

 村長を交代したことで重圧から解放されたようなのだが、少しはっちゃけ過ぎている気もする。


「ただいま父さん。この村どうなっちゃってるの?」

「そこから聞く? 聞いちゃう? 聞いちゃいますか?」


 若干父さんのノリにイライラしながらも僕は話を聞くために殴るのを我慢して、そのノリをスルーした。

 話を聞くと僕らが村を出てすぐ頃から村の変革が始まったらしい、最初は荒地がなくなり、水路ができた。次に外壁と門ができてモームの牧場が出来た。そうしてる間に村長交代になったが、村長が変わった途端に変革は速度を上げていき今に至るそうだ。


「その村長で誰なの?」

「それは会ってみてからのお楽しみだよ。ついでに重大発表もあるだろうから心して向かうんだぞ愛する我が息子」


 父さんはそう言うと食堂のおばちゃんと同じで役所へ行けというと困惑している僕の背中を押して家の外へと追い出した。



 ◆◆◆



 役所の前にいくと既にフーとコム、ケリィが役所の前に立っていた。話を聞くと全員が家族に役所に向かうように言われたという。特にフーは親にあって顔を見せるなりすぐに村長のところへと急かされてきたそうだ。

 僕達は困惑しつつも役所の中へと入った。入口から正面に受付があった、そこに座っているのは僕達の1つ年上で小さい頃よく一緒に遊んだソリアという僕達の姉的な存在だった。


「あら? あんたたち戻ってたの?」

「うん、ついさっき帰ってきたんだけど。父さんにここに行くように言われて」

「あーなるほどね、他のみんなも同じって感じ?」


 僕達が全員頷くとソリアは小さく何度か頷いて手元のなにかを確認する。


「んーと村長今は、村長じゃないとダメな話してるみたいなの。すぐ村長の部屋に案内するからそこで少し待ってて」


 サリアはそう言うと鈴を鳴らして別の人を呼んでその人に僕達を村長の部屋まで案内するように言った。

 僕達はその人の案内で机と椅子、そしてテーブルとソファーが置かれただけの部屋に入ると「お待ちください」と頭をさげて部屋を出て行った。

 僕達は戸惑いながらもみんなが座れるソファーに座って、村長を待った。


 しばらくすると、扉をノックする音が部屋に響き渡った。

 3人が僕を見るので僕が「はい」と返事をする。すると、扉が開いて――その先には変わらない笑顔の僕の親友がいた。


「おかえりみんな。村長ことオズワルドだぞ、驚いたか?」


 呆然とするしかない僕達4人の一人一人の顔を眺めてからオズワルドは扉をくぐりこちらに近づいてきた。


「色々しなきゃない話もあるけど、まずはそれ気になるから話しながら治しちゃうな」


 オズワルドはそう言うとコムの近くに向かう。


「俺の恩恵って未知だったじゃん? それさあ俺理解出来ちゃったんだよ」


 そう話しながらオズワルドはコムの肩に手を置く。


「その恩恵っていうのはさ、どんな不可能でも可能にしちゃうすごいやつだったんだよ」


 すると次の瞬間無くなったはずのコムの右足の膝からしたが元通りに戻っていた。


「こんなことも出来ちゃうんだよ」


 そう言うと昔一緒に遊んでいた頃と変わらない悪戯な笑顔を僕達に向けてきた。

 突然無くなった足が戻ったコムはもちろん、僕達も驚きに声を失っていると。


「オ、オズちゃん。私も」


 フーが勢いよく立ち上がり顔を覆う布を外した。痛々しい傷で見ていられない顔が露わになる。

 オズワルドは悲しそうな顔をしてフーに近づく。


「女の子の顔にこんな傷作るとか、都会の魔物は躾けがなってないな」


 そう言うとオズワルドがフーの顔をゆっくりと左から右に撫でる。すると撫でられたところからあの痛々しい傷が消えていった。

 フーは自分の顔をぺたぺたと触りながら治ったことを確かめると大きな声で泣き崩れた。

 そんなフーを見て、困った顔をしながらオズワルドは僕の方を向く。

 話はフーが泣き止むまでお預けになった。


 フーが泣き止むのを待ってオズワルドは語り始めた。

 実は洗礼を受けて恩恵の名前を聞いた時点で恩恵を理解していたこと。僕達が壊れてしまったと思っていたオズワルドは実は正気だったというのだ。「大丈夫だって言ったろ?」とオズワルドは言うがあの時の言葉を信じれるはずもなかった。

 本当は証明して安心させたかったけどあの場では恩恵の力がまだ弱く見せることが出来なかったという。

 それからこの村を変えていった色々な話をしてくれた。

 怪我の治ったコムとフーもオズワルドとの再会を心から喜び、僕達の街での話をするはずが昔話で盛り上がってしまった。

 トマの事を聞いたオズワルドは村から騎士が生まれたことを大々的に発表するべきだなと冗談なのか本気なのかよくわからないテンションで話していた。


 僕達の話は長い時間続いた。しかし僕もケリィもそれまで一切結婚したことを話すことは出来なかった。


「そろそろお開きだな。食堂のおばちゃんが新特産品モーム改最上級稀少部位のステーキ用意してくれてるから食堂に向かってくれ。あと俺は準備があるからいけなくなったっておばちゃんに言っておいて」

「なんの準備だ?」


 コムがオズワルドにそう聞くと、一瞬顔を伏せてからまた懐かしい悪戯な笑顔を作ってこう言った。


「みんなが帰ってきたから今度は俺が半年街に行くんだよ」

「え? 村長なんだろ?」

「そうそうだから村長はディンに任せるわ。ちゃんと支援体制整ってるから安心して明日から村長やってくれよな」

「オズワルド、僕は聞いてないぞ!」

「今言ったからなー。あと色んな人に口止めしてたしな。それじゃあ諸君またいつか」


 そういうとオズワルドは慌しく部屋から出て行った。


「いいの? 言わなくて」


 僕とケリィを見ながらフーがそんなこという。コムも難しい顔をしている、ずっと一緒にいたんだ2人は僕達の関係にとっくに気付いていたんだろう。

 気が付くと僕は泣いていた。ケリィもだ。僕は、僕ら2人はオズワルドを信じてあげれずただ裏切ったんだ。


 最低だ。



 ◇◇◇



 俺は急いで家に帰ると、簡単な荷物と使う暇のなかった貯金の半分をもって部屋を出た。

 食卓についている両親に俺の貯金の半分を差し出すと母さんが何か察したのか俺を抱き締めた。


「帰って、こないつもりなんでしょ?」

「ごめん母さん、でも、俺、ケリィとディンを祝福できないんだ。二人がいる場所に居たくないんだよ」


 俺は泣きながら母さんにしがみつく様にした。


「行っておいで。大丈夫、なにかあったらかくまってあげるからその時は戻っておいで」

「オズ、俺達の心配はいらない。なんせ出来た息子が老後の分までしっかり稼いでくれたからな」

「母さん……親父……」


 俺は両親に抱きしめられながら深く目を閉じた。魔法を使う為ではなく、この二人の間に生まれたことに感謝をするために。


「じゃあ行ってくる。頻繁には無理だろうけど手紙書くから」


 それだけ言うと返事を待たずに俺は家を飛び出した。

 家を出てすぐに魔法で空高く飛び上がると、自分が好き勝手変革した村を見下ろしてから街の方向へと全力で飛んだ。

 せっかくだから国を出るのはどうだろう? 帝国なんていいかもしれない、帝国にはダンジョンがあるらしいと旅人伝えに聞いたことがある。折角魔法を使えるんだ、ダンジョン攻略なんて夢があるじゃないか。

 俺は風でかき消されることを前提として大声で叫んだ。


「ネトラレたけど全然悔しくないし! ……悔しく、ないし……」


 こうして俺の旅が始まった。

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