冒険者 Ⅳ
依頼を受注してから冒険者ギルド内にある酒場で俺はこうなった経緯を聞かされていた。
宿を出た後、エーリナはまず服を買い、そして最低限必要なものを揃えてから冒険者登録を済ませた。そしてそのまま期待に胸を膨らませて依頼の貼り出されている掲示板を見て愕然とした。1級、つまりランク1の駆け出し冒険者では受けられる依頼が限られている、しかもほとんどが港町の中での雑務だ。
やる気を削がれたエーリナは冒険者ギルドを出て、目的もないままにフラフラと歩き回った。しばらく歩き回ると黒い布に覆われた小さな店を見つけた。看板には占いと書かれている。エーリナは「これだ!」と周囲の目も気にせず大声をあげてから占いの店に駆け込んだらしい。
「それですぐにランクを上げるにはどうしたらいいのか? ってメリルンに占ってもらったの。そしたら最も早くランクを上げるにはあなたが必要だったというわけよ」
「正確にはアタシとパーティーを組んでランク4の依頼、海鳴りの洞窟ダンジョンから出て周辺に住み着こうとするモンスターの討伐を受けるとイレギュラーが起こるの、それをなんとか出来るのがアナタってわけよ」
メリルンの占いであれば間違いはないのだろう。とは思うのだが、図ったようにこのメンバーで顔を突き合わせている今の状況から考えると胡散臭いとしか思えない。依頼は受理されたので引き返すことは出来ないのだが……。
「そのイレギュラーってどんなことが起こるんです?」
「それはわからないのよ、ごめんなさいね。でもアナタなら大丈夫って占いにも出ていたわ」
「ランク5のメリルンも付いてるんだし心配いらないわよ。駆け出し同士一緒に頑張りましょう?」
「あっごめん。俺、狩人組合の推薦でランク3からなんだ」
そう言うとエーリナは顔真っ赤に染めて「ズルいズルい」と騒ぎ出した。
俺はそれを無視してメリルンに確認を取る。
「そのイレギュラーで危険な目にあったりしないですよね?」
「それは保証できないわ。解の……いえ、占いはエーリナちゃんがすぐにランクを上げる為の方法を占ったのであってイレギュラーがなにかを占ったわけではないから……。そうだわ、あなたの力でアタシの制限を外せないかしら? そしたらもう1度エーリナちゃんかアナタを占えば――」
「それは無理です」
「アナタの制限?」
「制限というよりは俺の知識不足ですね」
イメージが出来なきゃ魔法は作れない。イメージだけで作ったとしてもそれが本当に成功する魔法なのか、失敗していたらどうなるかも想像できないことを実験しながら調整するなんて無理だ。
つくづく万能なようで万能じゃない能力だ。
「……そう、じゃあ仕方がないわね」
「とりあえず、受理されてしまったからには俺も本気で挑みますよ」
するとメリルンは笑って俺に告げた。
「そう決めたならアタシ達はパーティーよ。もっと和気あいあいでいきましょう?」
「あぁ……そうだな。俺はオズワルド。なり立てだけどランク3の冒険者だ、よろしくな」
おれがそう言うと、ずっと隣で騒いでたエーリナが「そうそう、オズワルドだったわね。よろしくねオズワルド」と反応して我に返った。
メリルンはそれを見て野太い声で笑うと「よろしくね、オズワルドちゃん」と手を差し出してきた。
俺は、躊躇いながらその手を握り、握手を交わした。
◇ ◇ ◇
「じゃあ出発は明日の朝ね。日程は初日は移動と野営地の確保、これは見通しのいい拓けた場所があるからそこを予定しているわ。そしてその翌日から討伐は7日滞在する予定よ、予定なのはイレギュラーが3日目に起こるって分かってるからだけど、何が起こるかわからないから準備は7日分しておくってこと。そして帰りはイレギュラーを解決したらすぐにでも帰る予定でいるわ、これも予定なのはすぐに帰れる状況で終わるかどうかわからないからよ。ここまででなにか質問あるかしら?」
野太い声でスラスラと話を進めていくメリルン。さすがはランク5の冒険者、こういうのは知識より経験がモノを言う世界なので非常に助かる。
俺がメリルンの言葉を忘れないように簡単にだが箇条書きにしてメモを取る。その様子を見てメリルンは小さく「うんうん」と言いながら微笑む。
俺がメモを書き終える頃、エーリナが挙手と同時に「はい」と元気な声を上げた。
「はい、エーリナちゃん」
まるで教師のようにエーリナを指し発言を促すメリルンは、とてもノリノリだ。
「メリルンはすごい占い師なのになんで予定が多いの? そこも占っちゃえばいいのに」
「いい質問ね。でもそれはね? 乙女のヒ・ミ・ツ・よ」
メリルンは最後にウィンクを付け足すと満足気に笑みをこぼす。なまじ見た目が可愛いので可愛らしい仕草に見えるが、声はオカマ特有のアレ。どうにもやりきれない感情が俺を渦巻く。
俺の心境を余所に、答えをはぐらかされたエーリナは少し不満気な顔をしている。それに気付いたメリルンが言葉を続けた。
「エーリナちゃんいいかしら? 女はヒミツを持つほど美しく慣れるわ。でもアタシはまだ半端もの、だからより多くのヒミツが必要なの。女に産まれたアナタならわかってくれるわよね」
「わかりました、先生」
若干パワープレイなメリルンの弁にあっさり丸め込まれたエーリナは先ほどとは逆に、目を輝かせてメリルンのことを先生とまで呼び始めた。
その呼び名に気を良くしたメリルンが更にノリノリで教師役を続ける。
「他に質問はないかしら? ……ないみたいね。次に準備の話になるんだけど。あなた達は依頼なんて受けたことないでしょ? だから今回はアタシが一緒に買い出しに行って色々教えてア・ゲ・ル。だから準備には問題ないわ、ただ7日分の荷物となるとやっぱりそこそこ嵩張っちゃうのよ。そこでポーターを雇うかどうか――」
「それは問題ない。俺が何とかできる」
「あら、頼もしいわね。力仕事をなんとか出来るなんて男の子って感じで好きよ」
エーリナを背負って飛んだ時に思い付いた魔法がこんなに早く役立つとは思ってなかった。
「それじゃあ、今話し合うことはもうないわ。早速買い出しに行くわよ」
◇ ◇ ◇
その後の買い出しはものすごく勉強になった。特にそう思ったのは食料の準備だ。
俺も村の狩人達の準備を何度となく見てきたので自信はあった。要は軽くて日保ち、腹持ちのいい物を選べばいい。
気をつけなきゃならないのは匂いの強い物、獲物に匂いを感知され襲われるか逃げられるかしてしまう、更に逃走を選択した時にも匂いで追ってこられる心配がある。
しかし、冒険者は違った。
食は自分達を奮い立たせる物。故に可能な限り美味いものを食べたい。そういった想いが込められて開発された食料用の入れ物があったのだ。重量はかなり重いが内部からの冷気を逃さないこの入れ物は、冷たい水を入れて置けば内部の温度が上がらず食料の日保ちが良くなり、匂いも外部に漏らさない優れもの。その名も冒険食箱。
前世で言うとクーラーボックスに近いが重量の問題さえなければ性能的にはこちらの方が上を行っている。
冒険食箱はメリルンの勧めで、小さいサイズのをそれぞれ購入した。何かの理由で荷物を手放す時に分散して持っていれば分け合えるから、ということだった。
その箱があるから食料はなにを持って行ってもいいのか、と言えばそうでもなった。
狩人は現地で魔物避けに火を焚くので焼くくらいの調理はできる。
しかしモンスターには火を怖がらない、むしろ集まってくるものもいる。なので夜に火を焚くことが出来ない、調理ができないのだ。
なので食料の大半は火を通す必要のないものになる。そこで冒険者の食への執念を再び知ることになる。
メリルンに案内されて訪れた店は、冒険者御用達の出来合い料理専門店。
地下にあるその店は、店全体が氷室のようになっていて置かれている料理がどれもキンキンに冷えている。
エーリナは「夜に冷たい料理」と呟きやや涙目になっていた。
「気持ちはわかるが遊びに行くわけではない、そこは我慢だ」とエーリナに言いながら自分にも言い聞かせるとその様子をみてメリルンが笑う。
そしてメリルンがその店で最初に俺達に見せたのは料理ではない、白い石だ。
ヒートストーンと説明されたその石は、前世で言うと生石灰。水に反応して発熱する酸化カルシウムの塊だ。
火を使わずにこの店に並ぶ料理をアツアツに調理できる。それを知ったエーリナは満面の笑みで店に並ぶ冷たい料理を物色し始めた。
その様子を見ながら俺は心の底から冒険者達の食への挑戦に最大の称賛を送ることにした。
他の道具選びなどでも驚きはあったが、食料の時の衝撃にはどれも劣るものだった。
◇ ◇ ◇
「ホントすごかったよね。あぁ早く食べてみたいなー」
そんなことを言いながらエーリナがベットに横になる。
「なんで普通にこの部屋に帰ってきてるんだ?」
「パーティーなんだからいいじゃない。じゃあ明日早いからもう寝るね、先に起きたら起こしてね。おやすみ」
そして俺は昨日に引き続き外套を被って座り、壁にもたれかかって目を閉じた。この依頼が終わったらすぐにこの港町を出て行くという決心をしながら。




