冒険者 Ⅲ
「起きてよ! ねぇもしかして死んでる?」
俺はエーリナの声に目を覚ます。頭からかぶった外套を大げさに剥がすと目の前には同じ外套を羽織ったエーリナがこちらを見ていた。
「お、おはようございます」
「おはようじゃないわよ、もう昼前よ! 昨日もなかなか帰ってこないし!」
「すいません」
寝起きに怒った女性の発する甲高い声は頭に響く。
なぜ俺が怒られなければならないのかわからないが、かと言ってそれを抗議する気力はなく、だるそうに頭を押さえることしかできない。
その行動を見たエーリナは、俺の頭痛を二日酔いから来るものと勘違いし、なぜかクドクドと説教される羽目になった。
◇ ◇ ◇
「とりあえず私は冒険者に登録して依頼を受けるわ。できたら服を買うまでこの外套を貸してて欲しいのだけど」
「外套はあげるので使ってください。見ての通り俺には予備があります。それとこれ、服と安い道具を買っても一週間は暮らせるだけのお金が入ってます。全部出世払いでいいので」
そう言って俺は小さな硬貨袋をエーリナに差し出した。
「俺も冒険者に登録するんで、ギルドを通せばどこに居てもお金は返せるでしょう」
「もし、私が払わなかったら?」
「その時は貴女は死んでしまったんだなって諦めますよ。冒険者はいつだって命を賭けている、でしょ?」
ガイラさんから聞いていた有名な冒険者の言葉を使って少しキザに告げると、エーリナは顔を赤らめ少し俯いて「そうね」と答えて、俺の手から硬貨袋を受け取った。
「絶対返すわ! このお金も宿代も昨日のお湯代とご飯代も。エーリナ=ロナックの名に賭けて」
決め顔でそう言ったエーリナは「あっ」と言って固まった後で逃げるようにドタバタと部屋を出て行った。
「やっぱりいいとこのお嬢様じゃないか」
ロナックという姓は知らないが名字があると言うことは、御貴族様か大きな商家の出に違いない。人の話を聞かないあの感じから、きっと甘やかされて育ったのだろう。
俺はエーリナの出て行った扉を見ながらしばらくそんなことを考えてから、立ち上がって少し広くなった部屋を見渡した。部屋は念のため5日取っているので早く出て行かなきゃということはない。
そう考えると自然に大きな欠伸が出る。俺は服を楽なものに着替えると、硬くて寝心地の悪いベットに倒れ込み、そのまま眠りについた。
◇ ◇ ◇
目が覚めたのは寝る前の日の位置、影の位置的に起こされた時から2時間たったくらいだろうか。
気怠い身体を無理やりに起こした俺は、外出用に服を着替えて宿を出た。
向かう先はもちろん、冒険者ギルドのこの港町の支部だ。場所は昨日のうちに調べていたので迷うことはない。
小腹が空いたので途中、串焼きを買って食べてから冒険者ギルドに向かう。
昨日は遠目で位置を確認しただけだったが近くで見ると街の狩人組合とは比べものにならないほど大きな建物だ。俺は小さく深呼吸してからその建物の正面の扉をくぐった。
まず目に付いたのは正面に並ぶ受付の列だった。中途半端な時間だと言うのに5つある受付の全てに人が並んでいる。その列の先にある受付にはギルド員依頼受注・報告用窓口と書かれているのが見える、つまりこの列に並んでいるのは全員が冒険者ということになる。狩人組合との規模の違いに驚くしかない。
いつまでも扉の前にいるわけにもいかないので、俺は冒険者登録のできる受付を探した。隅の方にではあるがギルド員用の受付とは作りの違う広い受付を見つけた、そこには依頼申し込み、冒険者登録窓口と書かれている。誰も並んでいる様子もなく、受付に座る赤毛の女の子が退屈そうに筆のようなものを弄んでいた。
「すみません」
その子に俺が声をかけると、女の子は慌てて筆を手から落とした。
「は、は、はい! いつもありがとうございます。冒険者ギルド外来受付担当エミュアです。ご依頼でしょうか?」
「いえ、新規で冒険者に登録したいのですが」
「かしこまりました。では用紙を用意するので少々お待ちください」
エミュアと名乗った女の子はあたふたしながら受付のテーブルの下に潜ると1枚の紙を取り出した。
「お名前を教えていただいてもよろしいでしょうか? それとなにか身分証明になるものがありましたらご提示下さい」
「オズワルドと言います。身分証は狩人証明書で大丈夫ですか?」
「オズワルド様ですね、ご登録ありがとうございます。身分証はそちらで大丈夫です、少しお借りしてもよろしいでしょうか?」
「はい、もちろん。それと狩人組合の方から冒険者への推薦状を貰っているのですがここで出した方がいいですか?」
「推薦状ですか、お若そうなのにすごいですね! それもこちらに出して頂いて構いませんよ」
俺はエミュアに狩人証明書とガイラさんが書いてくれた推薦状を渡した。
エミュアはふんふんと声に出して頷きながら狩人証明書を眺めてから、推薦状の封を開いて読み始めた。
「なるほど、なるほど。では狩人組合で冒険者の講習を受けたということですので説明は省かせていただいても大丈夫でしょうか?」
「大丈夫です」
「わかりました。申し訳ありませんがオズワルド様の初期のランクを出すのに少々時間を頂くことになりますので、この番号札を持ってあちらの方でしばらくお待ちください。」
エミュアが狩人証明書と15と書かれた番号札を俺に渡すと、すぐ近くの長椅子を指してそう言って。受付の背後にある扉から奥へと向かって行った。
エミュアが戻ってきたのは体感で十数分くらいのことだった。
「15の番号札でお待ちのオズワルド様。外来用受付までお越し下さい」
俺は番号札を握りしめて受付に向かい、番号札を差し出すとエミュアがそれを笑顔で受け取った。
「お待たせして申し訳ありません、オズワルド様。こちらがオズワルド様の冒険者カードになります」
そう言ってエミュアは掌サイズの長方形の薄い板を机に置いて見せた。そこには3級と書かれいる。
「オズワルド様は狩人組合からの推薦状により第3級冒険者、いわゆるランク3からのスタートになります。冒険者登録は以上で終了になります、次回からの受付はあちらのギルド員用窓口になりますのでお間違えのないようにお願いします」
「ありがとう。一つだけ質問いいですか?」
「なんでしょうか?」
「もし身分証がなくても登録は名前だけ?」
「はい。ギルドの創設者、英雄レジャー=ローウン様が「何者でも志したその時から冒険者だ」とおっしゃってそのようにしたと聞いています。更に言えば名前が偽名だとしてもなんの問題もないそうです」
「豪胆というかなんというか……。いや、ありがとうございます。狩人組合に登録した時はいくつか聞かれたことあったので少し不思議に思っただけなんです」
そう言って俺はエミュアに頭を下げてからその場を離れた。
登録の済んだ俺は、時間もあるしどんな依頼があるのかと依頼の貼り出されている掲示板に向かった。
パッと見、地域住民の手伝いなんかが多いように見える。地域貢献の為に依頼主に制限を設けなかった結果、何でも屋と化してるとは聞いていたがここまでとは……。
初めて入るダンジョンは昨日占ってもらった場所にすると決めているのでダンジョンの依頼も受けれない。
出来るなら早急にランクを上げてしまいたいんだけどなぁ。
「ランクをさっさと上げてしまいたいって思ってるでしょ?」
背後から聞こえたそれは、今朝(正確には昼前らしい)に聞いた声だった。
「そんなあなたに朗報よ? アタシが割のいい依頼に連れて行ってア・ゲ・ル」
追従するように聞こえてきた声はまた背後からで、この声も聞き覚えのある野太い声だった。
俺が勢いよく振り返ると、そこにはピンクのワンピースドレスに身を包んだ美少女のような何かと、外套を纏ったエーリナが立っていた。
「アタシはメリルン、ランク5の冒険者よ。昨日ぶりね、プリティボーイ」
それ絶対偽名だろ? ってかなんだよその呼び名。あんたの方がプリティだよ。
「私はエーリナ、ランク1の成り立て冒険者よ。昼頃ぶりね、えっと……なんとかド?」
お前にはちゃんと名乗ったよな!? あれか? こんなに世話になっておいて興味なしか?
「パパッとランクの上がる依頼をアタシが受けてあげる。だからパーティーを組みましょう?」
「さぁ心躍る冒険が始まるわよ」
ダメだ、こいつ等完全に噛み合ってやがる。
そして既に両腕を押さえられた俺は、引きずられるようにギルド員用の受付の列に連れていかれたのだった。




