旅立ちⅤ
フー達が街に来てからすでに2カ月が経ち、俺は出発の時を迎えていた。
前日の夜、ガイラさん一家に開いてもらった出発前夜パーティーが夜遅くまで続いたために見送りにガッツとキリ、それからガイラの父親の姿はない。
「どのルートから帝国に行くつもりだったんだ?」
「ルート? 空から行く予定ですけど」
「……やっぱりというかなんというか、常識はずれな考え方だな」
この世界にはまだ出入国を管理するような体制はないので密入国ということもない。帝国は大陸が違うので本来なら船で移動するのことになるのだが、前世の俺は乗り物酔いが酷かった、そして記憶を引き継いだ今の俺も乗り物というだけで軽く拒否反応が出るのだ。
それに大まかな帝国の方向はわかっているので空から真っ直ぐその方角を行けば、向こうの大陸も地図上ではたいして離れていないのですぐに着くだろう。というのが俺のプランだった。
「旅の道中ってのもなかなか楽しいものなんだがな……」
呆れた表情でガイラはそう言うと俺に3つ封筒を渡してきた。
「1つは冒険者ギルドへの推薦状。もう2つは俺からの依頼だ」
「依頼?」
「ガッツとキリの姉がな、帝国にいるんだ。1つは俺とココットから、もう一つはガッツとキリからの手紙が入ってる。首都を拠点に活動してるらしいから渡してほしい、直に渡すか冒険者ギルドに頼むかはお前に任せる」
俺はガイラさんの手から3つの封筒を受け取る。
魔法を使えば手紙を届けるくらいすぐなのだが、こういう場面では無粋だろう。
「その依頼、引き受けますよ。娘さんの名前はなんていうんですか?」
「シューレだ」
「シューレさんですね」
受け取った封筒をバックに詰めてからそれを背負う。
「本当にお世話になりました。最後に確認しておきますけどココットさんは本当にそのままでいいんですね?」
「オズワルドさん、帝国に行っても身体に気を付けてくださいね」
「はい、ありがとうございます。それで、若返りは――」
「もし会えたならシューレによろしく伝えてください」
「もちろん伝えます。それであの――」
「オズワルド」
ガイラさんが俺の名を呼んでから首を左右に振って見せる。その目には「もうそのことに触れるな、元から若かったということにしてやってくれ」と必死に語られていた。
俺はそれをみて小さく頷いてから何事もなかったかのように挨拶を終えた。
「それじゃあ行きますね」
「あぁ気を付けて」
「戻ってくることがあったらここに寄って行ってくださいね、あの子達も喜びますから」
何度も振り返りながらガイラさんの家を後にした。振り返る度に見送ってくれる2人と結局残すことになった小屋が俺の目に映り込む。たった三カ月だったのに、離れるのが少し寂しかった。
◇ ◇ ◇
街を門から出た俺は、門から見えなくなるくらい歩いてから飛行魔法で久々の空の移動を楽しんでいた。
魔力が上がったからだろうか、3カ月前より飛行速度が上がっている。自分には空気の抵抗がないように作った飛行魔法だが背負っている少し大きなカバンが物凄い勢いで首を絞めるので一度止まって自分の周囲に空気抵抗が発生しないように飛行魔法を作り変えなければなくなったほどだ。
眼下に広がる景色は、文字通り流れていて平原、森、村、街、都市などなどいろんなものがあっという間に通り過ぎていく。
まるで前世の世界にあったジェットコースターのようだ。……乗ったことないけど。
半日も飛ばないうちに視界の先に大きく広がる海が現れた。
日の高さからまだ昼過ぎたくらいだろうか、大事を取って港街で宿を取るか、それとも一気に海を越えてしまうか。
悩んだ結果、海を越えることにした俺は昼飯も食べずに空を飛び続ける。決めた理由は色々あったが一番は帝国の港町の海鮮料理がこの国とは比べものにならないほど美味いということを思い出したからだ。
しばらく飛んでから一度止まって後ろを振り返る。すでに陸の見えないところまで来たことを目で確認してようやく俺は旅に出た実感を得た。
すると、下の方でなにか人が叫ぶような声が聞こえる。しかし見渡す限り船はない。
俺は探索魔法を使ってみることにした。聞き間違いならよし、もしも本当に人の声だとしたらおぼれて助けを求めていたのかもしれない。
反応はあった。その方角を見下ろすと、小さな島。いや、とても島とは言えない、あれは海面に突き出した岩の1つだ。
そしてその上には下着姿の若い女性の姿があった。そして女性は叫ぶような大声を何度もあげている。
「海のバカヤロー」
それって砂浜とかでやるんじゃないのか?
俺は高度を落としてその岩に近づく。
おそらく海の上で遭難しているのであろう人に声をかけるのも、初対面の下着姿の女性に声をかけるもの前世を含めて初めてのことなのでなんと声をかけていいのかわからない。降下する速度がどんどん遅くなるほど悩んでいると女性の叫び声が止んでいることに気付いた。なにかがあったのかと女性の方を見ると――
「あぁ私は死んだのね。貴方様は神様の使いの方でしょうか? 私を天界まで運んでくださるのですね」
手を組んで祈りを捧げるポーズで俺を見上げていた。
「えっ、あっ、初めまして、怪しいものじゃありません。俺オズワルドって言います。帝国目指して飛んでたら貴女を見掛けて降りてきました。神様の使いでも怪しいものでもありません。ちょっと空飛べる元村長でして、俺は安全な人間です」
若干しどろもどろに自己紹介を終えた俺をみて首を傾げる女性に、俺は同じ岩に降りてバックからモーム改の外套を取り出し女性に渡してから事情を聞くことした。
◇ ◇ ◇
彼女の名前はエーリナ。歳は俺と同じ15歳で王都の出身らしい。小さい頃から英雄の冒険譚に憧れ、冒険者になるべく帝国に渡ろうとしていたらしい……手作りのイカダで。
「冒険者になる前に冒険しすぎじゃないですかね?」
「レジャーローウンの冒険記にイカダで滝を登ったって話があるでしょ? 滝を登れるくらいなら海くらい越えられると思ったのよ。まさか海水だとイカダがバラバラになるなんて思わなかったわ」
おそらく海水とかそういう問題ではなかったのだろう。でもなんかツッコむとめんどくさそうな雰囲気がするので俺は愛想笑いで誤魔化すことにした。
「それにしてもまさか空から降りてきたのがただの人間だなんてびっくりしたわよ。飛行の恩恵でも貰ったの? うらやましいわね。私なんか反応の恩恵よ、役立つは役立つけど私生活に支障でまくりよ全く」
聞いてもいないのに恩恵のことまでベラベラと教えてくれる。ちなみに反応の恩恵はいわゆるアタリの部類で、あらゆるものに瞬時に反応し、更に反応速度、反射神経の上昇は人間の限界を超えるほどで、狩りにおいても魔物が動きを見てから行動を開始しても先手が取れると言われている。しかし、敏感すぎる反応というは日常では大変であるとのことだ。
「た、大変ですね。とりあえず近くにいる船に頼んでここに寄ってもらうようにしますんで、俺はこれで……」
「貴方、帝国目指してるって言ったわよね? ちょうどいいわ私も連れて行ってよ。私の荷物は流されちゃったしそのバックは私が持ってあげるわ、だから貴方は私を背負って飛んで頂戴」
俺のバックをガッチリと背負っているエーリナに断りを入れれる気がしなかった俺は、エーリナとバックの重みを背に背負い、再度空を飛び帝国へ向けて出発した。
背中に当たる柔らかな感触ですら今の俺の疲労感を癒すことは出来なかった。




