7.去りし日
ヒースとレイナ・レティの双子は、ほんの数年前まで小児用の療養施設にいた。その頃の三人は、今の健康な姿からは程遠い姿をしており、最も当時から変わったのがヒースだ。
守護精霊が力の強い病の精霊だったせいで、精霊にほとんどの魔力と体力を奪われたヒースは、骨と皮だけのような体で所々に血管が浮き、髪もまばら、琥珀色の目だけがぎょろぎょろと動く子供だった。
レイナ・レティは重度の魔力過多症と、そこから併発した血液の病を患っており、ヒース程ではないが痩せて顔色は悪く、いつ命尽きるともわからない恐怖に震える姿は痛ましかった。
治療手段のないヒースと、治療に途方もない期間がかかるレイナ・レティ。
せめてその無聊を慰めるために、子供達にできるだけ多くの友人を、と両親達が望んだのも無理からぬ事だったと思う。
幸いにも、子供達の不調は感染する病ではないため、それ自体が障害となる事はない。しかし、やせ細った見た目で敬遠されるのは容易に想像がついた。
ゆえに、最初は同じような境遇の子供達を会わせようと言う話になり、レイナ・レティより軽度の魔力過多症の子供達が集められた。同年代から三人。無事友人となったその三人は今、二人がレティと同じクラス、一人がヒースと同じクラスにいる。
次に、もう少し元気な子供達とも友人になれたら良いのではないだろうかと集められたのが、療養施設で働く者達の子供達である。主に低位貴族と一般国民の子供達は、レイナ達に会わせる前に絵姿を見せられた。それを見た時の反応をメディウィル公爵が別室で観察し、大丈夫だろうと判断された子供が友人候補としてレイナ達に会う事になった。最終的に友人となった子供達は十五人。その内の四人ずつがレティとヒースのクラスメイトになっている。他の七名は学年が違ったり進路がまちまちだったりと、会う事は少ないが、今でも友人付き合いは続いている。
アーキアと私は、療養施設のある土地の領主家と、薬草類の手配・搬入を担う家の子供であった事から、頻繁に施設に顔を出しており、その関係で友人募集が始まるより早くレイナ達とは友人になっていた。私達の存在が友人募集のきっかけとなったらしいが、あいにくと私達しか友人がいなかった期間は短かったようなので、あまり記憶にはない。
子供達が良き友人達に出会えた事は良かったものの、メディウィル公爵は『絵姿を見た際に攻撃的または侮辱的な行動・言動をした』者達に、若干の不安を覚えたのだと言う。将来的に、やせ細った体のままデビュタントを迎えた際、絵姿を見た時のような反応をする者がいる可能性もある。子供達が健康になったとしても、更にその子供が同様の病を発症した時に心無い言葉をかけられる可能性もある。
相手が貴族である事を親に言い含められていた可能性は高いが、一般国民の子供達はそういう反応を見せなかった事と、低位貴族の子供達の一部がそのような反応を見せた事から、メディウィル公爵は子供達を守る手段として、誓約書を作成する事を考えたそうだ。理由と目的を共有してメディウィル公爵家、キャフル伯爵家両家同意の元で作成されたのが、先述の誓約書である。
誓約書への署名するかの問い合わせを出した際、家同士の付き合いには影響しない事を確約した。話を聞いた子供達が嬉々として同意した事で、全ての誓約書が署名済みで戻された。怯えただけの子供は除外する予定だったが、要望があれば…と各家に伺いを立てた所、ほとんどの家が署名をしたそうだ。
その後、子供達の友人を募った件を聞きつけた高位貴族が、我が子達も…とねじ込んできたので、公爵家から絵姿を届けたのだが、大半は絵姿を見た時点で子供が拒否。拒否した場合には、絵姿を運んだ者が誓約書の説明をし、要望があれば署名をもらう手筈だったが、拒否した子供は全員署名を望んだ。
その署名の際に聞いた言葉を私はいまだに覚えている。一言一句メモしてあるが、大別して概ね下記のような拒絶の言葉だった。結婚する可能性がなくなるのを殊更に喜んでいたのは皆共通していた。
『健康になって見た目がちょっとマシになったとしても、この子と結婚するとかありえません、だって子供が同じような病気になる可能性もあるのでしょう? そんなのイヤ、今から縁を切っていいなら喜んで署名します!』
『こんな化け物と縁ができるのイヤだし、結婚なんて冗談じゃないよ、はやく誓約書ちょうだい署名するから』
絵姿を見てもレイナ達に興味を持つ子がいた場合、私とアーキアが間を取り持つ事にしようと思い立った私達は、渋る公爵様に許可を得て絵姿を運ぶ一行に同行していたのだが、その反応を聞いて愕然としたのを覚えている。
私達の出番は絵姿を見せた後。移動時間も長く、必要がない場合は控えの間でで待っている事を許されていたので、子供達が絵姿を見た時の反応も、署名する時の姿も知らない。けれど、署名を快諾する…笑みを含んだ声はよく聞こえた。
絵姿だけで友人を嘲笑する相手に、私もアーキアも怒っていたし、将来どうなったとしてもこいつらとレイナ達の縁は繋いでやるものかと念入りにリストを作ったのはまあ若気の至りだったとは思う。とはいえ、ちゃんとリストと作った経緯は関係者各位に共有してるので、無駄にはなってない。
絵姿を見ても動じなかった一部の子供達は、顔合わせを経てそのままレイナ達の友人となった。
また、この時、高位貴族に絵姿が回った事で繋がった縁が、ヒースと守護精霊の意思疎通に一役買ったのだが、それはまた別の話なので割愛する。
これらの誓約書の原本はメディウィル公爵家に、写しはキャフル伯爵家と署名した家にある。健康になり、学園に通う事が決まった時点でレイナ・レティ・ヒースにも一枚ずつ渡された。レイナ達には全て説明された上で、望むなら誓約書の破棄は可能と伝えられているが、今のところ破棄された誓約書は一枚もない。
今、ファイファ嬢に提示されているのは、その内の一枚である。




