6.過去不知の求愛
校内カフェテラスに幾つか用意されている、予約制の個室。その一つに、ファイファ嬢とヒース、それぞれの侍女と侍従が入っていく。
私とクラスの仲間達は別の大人数用予約制個室でヒースの帰りを待つ……ような顔をして、クラス仲間がヒースに同伴させた音の精霊が送ってくれる音声を聞いている。光や画像系の精霊がいれば、状況も見せてもらえるらしいのだが、該当タイプの精霊の力を借りられる知り合いがいないのでしょうがない。
いずれにしても、高位貴族用の個室ではこういった盗ちょ…様子見はできないように対策されているので、ヒースが要望を出して部屋を変えさせる事に成功して良かった。普通に高位貴族用の個室、落ち着かないしね…。
余談だが、画像系の精霊の存在は何種か確認されているものの、守護精霊として確認された事はない。エクスターク先生が目を皿のようにして探している精霊の一種だ。
それぞれ飲み物と軽食やお茶菓子を頼んで、ヒースからの合図を待つ。
個室とは言え、万が一にも音漏れしないよう、私ともう一人で風の覆いを二重に展開している状態で待っているので、静寂が耳に痛い。早くして欲しい。
「おっ来ました合図! 音展開しますよっと」
長テーブルの丁度真ん中辺りに、転送された音を発するように細工された精石が置かれており、それを起動・音展開する事でこちら側で聞く事ができるようになる。
精石の出来が悪かったり、精霊との意思疎通がうまくできていないと雑音が酷いらしいが、そう言った雑音もなく会話が聞こえ始めた。
『それで、本日はどのような用件でしょうか?』
やや硬いヒースの声が聞こえてくる。あんまり人と会話するの得意じゃないもんな…がんばれ、と心の中で応援する。
『用件、だなんて、お仕事の依頼をするわけでもありませんのに』
『仕事の依頼でなければ何なのでしょう? 学園とは言え、未婚の男女が二人きりであまり長く一緒に居るのは外聞も良くないでしょうから、手早く御用を済ませていただけますか?』
うわあ、嫌そうな声。これは顔面がお人形さんみたいになってるだろな…等の声がこちら側から漏れる。全くもって同感である。
これは、早く終わらせたいので飲み物すら注文していない可能性あるな…水分は摂ってよ…?
『お話したいのは……婚約の、事なのです』
お、ぶっこんで行きますねファイファ嬢。ヒースの無表情の圧に負けたか? しかしその直球は悪手だ!
思わず実況みたいになってしまったけど、直球でなくても悪手なんだよなあ。家を通して話を持ってこれないからと、直接話をする方向に持ってきたんだろうけど。ファイファ嬢、ちょっと調べたらわかる事を調べないのダメだって、つい先日諭されたばかりなのにねえ。
『ファイファ嬢が婚約なさるのですか? おめでとうございます、お相手の体に何か問題があるとかそういう事でしたら、研究所を通して依頼を』
『いえ! いえ違うのです、わた…わたくしををキャフル様の婚約者に! して! いただけないかと…!』
思い詰めたようなファイファ嬢の声が聞こえてきて、こちら側では全員が、あーあ…やっちゃったねぇ…という顔になる。
あちらではヒースの顔が、より一層固くなっている事だろう。
学園に入学が決まった時点で、誓約書を提出した各家には当人達に書類の開示をする可能性があると通達を出してあった。先陣を切ったのがファイファ嬢であっただけだが、単独でヒースを呼び出させるのはこれきりにしたい所。
『私の婚約者はサフィールです、婚約を解消するつもりはないので、お話がそれだけなら失礼します』
ヒースが席を立つ音がする。それに続いてガタガタと慌てたような物音。
こちらでは、半数ほどが飽きて、軽食のお代わりを頼み始めている。温度差がひどいが、私も甘いモノお代わりしようかな…。オチはもう見えてるし、ファイファ嬢の動きは大方の予想から大きく外れはしない。何より、内容が面白くない。
『お待ちください! ヴィルヴ嬢とこのまま結婚されたら、キャフル様は平民になってしまうではありませんか! そんな事は国にとっても損失となります! 私であれば貴方様に次期侯爵の座をご用意できます、勿論、研究を続けたいのであれば侯爵としての仕事はわたくしが…』
わかりやすく、かつ不愉快な発言が聞こえてくる。
婚約者からヒースを奪いたいなら、ヒースにとって価値ある見返りくらい用意してから言え。権力しか差し出せない分際で、ヒースに相応しいと思ってるなら、勘違いも甚だしい。
ヒースも真面目に聞く気はとうに失せているのだろう。大きく息を吐いた後、温度のない声で最後通牒を突き付けた。
『ファイファ嬢、今回この打診について、ファイファ侯爵にはどうお伝えになってるんです? 侯爵様がこんな打診を許可するはずはないんですが』
『え…と…』
目を泳がせているファイファ嬢の姿は容易に想像できる。
ファイファ侯爵が、ヒースに対する婚約の打診を許可するはずがない。なんだったら必要以上に近づくなとも言い含めているはずだ。
『それは、わたくし達二人の合意があれば父もきっと』
『私は合意なんかしませんし、侯爵様も許しませんよ……昔、貴女御自身で私との縁付きを切り捨てているわけですしね』
『……切り、捨て…? わたくしが…??』
いやあやっぱり綺麗に忘れてたかぁ…と呟いたのは誰だったか。
『幼い頃の不快な記憶などお忘れになったのでしょうが、そういう可能性も考えて正式な誓約書があるんですよ』
軽い衣擦れの音から、ヒースが書類ケースを出したのだとわかる。
縮小魔術が付与されたポケットサイズのケースに入っているのは、子供の言動・行動を不問とする旨と、将来的に子供同士が縁付く事をお断りする旨を記載した古い誓約書だ。
親も子供も納得した上で署名されたその書類は、まあ結構な枚数がある。
メディウィル公爵家とキャフル伯爵家が、子供の心と、その将来を守るために作った誓約書だ。
当時の両家の心配とは異なる形で役に立つのは、まあ皮肉と言えば皮肉な話だ。誓約を持ち出したのはメディウィル公爵家とキャフル伯爵家だが、その内容に一番喜んだのは、誓約した子供達だったのだから。




