4.噂の来し方行く末
聞き取りの場には、メディウィル公爵家双子の『行動が元気な方』ことレティも呼ばれた。尚、『見た目儚い方』『行動が元気な方』は親しい相手に対するレイナ・レティの自称キャッチフレーズなので、双子とさほど親しくない人には通じない。
私とレティは、単位も足りているし半日くらい講義を受けなくても問題ないだろうと言う事で、早めに終わっても講義に戻らなくて良い事になった。是非早く終わって欲しいものだ。
ちなみに、どうしてこのような状況になったのかをレティに説明した所、口に含んでいた茶の逆流を防げないまま椅子ごと倒れ伏し、呼吸困難になるほど笑っていた。全て予想の範疇である。…だからお茶を飲むのは後にした方が……て言ったのに。
復活してから、魔術でしれっと後始末をして全てをなかった事にしていたけど。
その姿を私達の向かい側に座らされたギラギラガールズも見ていたが、ドン引きしていた。
あなた達がどれほどオカシナ発言をしたのか、自覚をできただろうか? それとも大笑いした私達がおかしいと思ってるだろうか?
まあどっちでもいいけど。
教員室近くにある、会議室の一つ、十二人分の席が用意された長机の長辺の片側に奥からマルス様、レティ、私が並び、向かい側にギラギラガールズが座っている。
部屋の奥側にあたる短辺側の席にはエクスターク先生と、理事長が座っている。お暇なんですか理事長? それとも面白そうだったから? …後者の気がするな。
お二人は何かわちゃわちゃっと押し付け合いをしている。大方どっちが司会進行をするかで揉めているのだろうけど、年齢でも立場でも先生に勝ち目はないんだからさっさと諦めれば良いのに。
案の定、しばらくして嫌そうな顔をした先生が説明を始めた。
「えー…では、精霊術科三学年上位クラス在籍のキャフル君に関する噂に関して、何か知ってそうなファイファ嬢、フィドラ嬢、プラクティ嬢にお話を聞かせてもらいたいの会を始めます」
「エクスターク君……」「笑いを取りにくるのやめてください先生、マルス様の腹筋が更に割れます」
何とも言えない顔で見る理事長と、ついツッコんでしまった私の声が被った。
一度大笑いすると、暫く笑いの沸点が低くなるマルス様は、すでにプルプルしている。話が進まなくなるから真面目にやってほしい。
私の横でレティが何か言おうとしたのを察して、精霊に頼んでお口キュッとさせてもらう。「ネーミングセンス悪い」とかその程度の発言でも、今のマルス様には致命傷になりかねないので。
察してくれたレティが、わかったから外せと合図してくるので、術を解いてもらう。先に説明してなかった私も悪いので、後でちゃんと詫びは入れます。
「笑いをとれるようなレベルじゃないでしょ?! いやすみません、進めます」
勢いで返事してくる先生をジト目で見る。
「えぇと、まずはファイファ嬢達が知っている、キャフル君に関する噂を教えてください」
一応拒否権はあるけど、その場合は本日午後の講義の単位がなくなるらしい。半日分の単位くらい捨てた所で…? と思っていたら、彼女達にとってはそれなりに由々しき単位数だったらしく蒼白になっていた。
ギラギラからシオシオになった彼女達が知っている噂は次の三つだった。
・ヒースは婚約者とのデートをすっぽかして、病弱な婚約者の見舞いに行くのが常態化している
・ヒースと私の婚約は家同士の契約だが、婚約以外の契約への切り替えを私が許さない
・ヒースと病弱な幼馴染は恋仲である
一つ目は事実を掠っているけど、デートをすっぽかされてはいないし、常態化まではしていない。常態化するとレイナの負担になるのがわかっているので。
二つ目と三つ目は事実無根。三つ目は一つ目からの派生と思われるので、噂という伝言ゲームで変質したのかなあと思うが、二つ目はどこから出たんだろう……?
「サフィール嬢、自分で反論するか?」
「婚約者が反論した所で、聞く耳はないと思うので、お任せします」
マルス様が一応確認するけど、の体で問うてくるので、丸投げした。
まあそうだよねとマルス様とレティが頷いたので、一旦お二人にお任せします。
「まず、ヒースがサフィール嬢との交流をすっぽかして幼馴染の見舞いに行く、という話だが、交流をすっぽかす事はない」
「どうしてそんな事がわかるんですの」
「幼馴染の見舞いに行くなら、サフィール嬢の同伴が必須だからだ」
「……はい?」
「サフィが一緒じゃないヒースを、我が家に招き入れる事は絶対にないし、門番にも厳命してあるの」
「何でそんな…?」
「レイナのため」
淡々と説明するマルス様とレティに、シオシオガールズが困惑している。レティが発言しているのに不思議そうな顔をしているから、レイナがどこの誰なのかすら知らないのかも知れない。いずれにせよ、噂の真偽すらも確認しなかった事は確かなのだろう。
ただ聞いているだけならともかく、その噂から自分の利を見出そうとするなら、少なくとも真偽は確認しないといけないのに。
「ヒースだけでなく、メディウィル公爵家を訪う者は、一定以上の熟練度を持った風の精霊術師か、風を操れる魔術師同伴でないと本邸の門を越えられない決まりなのも知らないのね?」
病に罹患しやすいレイナの為に、外から病を持ち込まぬようにと考慮された決まりである。
門に用意された特殊な小部屋で、全身を一定時間風に晒す。そうする事で、大半の病の種は落とせるらしい。
メディウィル公爵家の本邸は、外部からの病の種を入れぬように特殊な結界が張られているため、門で種を落としてあれば敷地内はレイナにとって安全なままを保てるようになっているのだ。以前はそこから更に、本邸入り口・レイナの部屋の手前で同じ対処が必要だったのを考えると、大分緩和された方ではあるが、大がかりかつ珍しい決まりなので、それなりに有名だと思うのだけど。まあ興味なければ知らないか。
「レイナを引き合いに出すくせに、何にも知らないんだ?」
「レイナ、とはキャフル様の幼馴染という」
「そう、私の双子の兄、レイナード・メディウィル」
病に罹患しがちな公爵家の長男、レイナード・メディウィル。
名前くらいは聞いた事があるだろうし、ヒースとの関係も隠されるようなものではない。どころか、大々的に発表されている。
『病の守護精霊』の、力の正しい使い方の一例として。
名を聞いて、ようやく思い当たる事があったらしいシオシオガールズは、顔色をなくした。
「別に、レイナとヒースが恋仲になる可能性が欠片もないとは言わないけど」
レティが悪そうな笑顔で続ける。レイナが聞いたら憤死しそうなフレーズだけれども。
「二人が恋仲で、婚約を解消してまでお互いを選んで、かつレイナが病で儚くなったとしても、その後釜に座るのは、あなた達には荷が重いのではないかしら」
例えば、性別とか? そう言って小首を傾げながら笑うレティは、静かに、でも深く怒っているのが伝わってきた。
でもそれは、私も同じだし、マルス様も同じだ。
大切な身内を伝聞や外側だけで判断して、本質を見ない人間達にはずっと不快な思いをさせられ続けているのだから。
とは言え、今のヒースを慕う者達の大半は、過去に自ら彼との縁を切っている者がほとんどなので、隣に立つのを許される事はないのだけど。
「それにしても、君達ねえ、ちょっと調べればわかる事を調べもせずに踊らされて……そんなだからいつまで経っても留年ぎりぎりなんだよ?」
にこやかに怒る私達をよそに、先生がシオシオガールズにトドメを刺していた。
上位クラスまでの道、遠かったんだね。
***
「それにしてもなあ、婚約者との交流は通常従者や侍女がついてゆくのに、交流自体をすっぽかす人間なんているのか?」
「常識的に考えたら、すっぽかした日の内に当主に連絡行くよねえ」
「お金とかで抱き込んで、報告を止めるとか?」
「バレたらクビ、次の職場への紹介状も無しになるだろうに…? そんなリスクを負える金額って幾らだ…」
シオシオガールズは、噂に踊らされただけで、マルス様と私の腹筋以外に直接的な害を及ぼしたわけではないので、この件に関しては特にお咎めなし。私達も別に処分は望まなかったし。
で、諸々終了はしたけれど、気疲れしたのでそのまま会議室でゆっくりさせてもらっていた私達の会話に、あちこちへの連絡を終えて戻って来た先生が嘴をつっこんできた。
「君達は、大衆向けの恋愛小説みたいなモノは読まないのかい?」
「逆に先生は読むんですか?」
「宮中要職のお誘いと公爵家の継嗣の座をまとめて蹴って下野した研究馬鹿なのに???」
「精霊術じゃなくてそっちの研究に鞍替えしたのか?」
私、レティ、マルス様に順にツッコミを入れられて、先生の顔がシワシワになる。
「私の話はいいんだよ! 助手がそういうの好きで粗筋を説明してくるんだよお~読んでないけど執拗に解説してくるから覚えちゃったんだよお~」
あの助手トレードしたいよ~…と情けない声を出す先生がブチブチ愚痴るには、最近流行りの恋愛小説にそういう物があるのだそうだ。
病弱故に結婚を許されない幼馴染と育む秘密の恋、家の都合で決められた婚約者との交流を隠れ蓑に重ねる逢瀬。
二人の恋を応援してくれる侍従…そして最終的には折れる両親。
そうして成就した恋もつかの間、二人は約束された死別を迎える。
愛しい伴侶を失った傷を癒してくれる美しい人、やがて二人は恋仲に……。
粗筋だけでお腹いっぱいになったんですけど…と、げんなりしながらお茶を舐める。
今、この室内にいる人間は、ただの一人もこの物語の良さがわからないらしく、全員がげんなり顔をしていてちょっと笑ってしまった。
「ちょっとレイナに読ませてみようかな」
「資源の無駄遣いになる予感しかないからやめたげてよお」
「それを読んで楽しむのは構わないが、現実にそれが可能かどうかはちゃんと見て欲しいものだな…」
少なくとも、我が家にそんな侍従や侍女がいたら即刻クビだ、とぼやくマルス様の言葉には、同意しかなかった。
***
色んな意味でシオシオから復活しなくなったガールズからの聞き取りと、追加調査の結果、噂の大元は商家リジン家の娘である事が判明した。
親戚筋のリジン男爵家の継嗣が出資・主導している研究所で手伝いをしている時にヒースを見かけ、一目惚れしたらしい。
婚約者がいる事を知り、なんとかその仲を割けないかと調べて、いい感じの悪評を流した……つもりだったそうだ。
二つ目の「家同士の契約で縛り付けてる」みたいな噂は、レイナの元に行く際に私が同行する姿を見て「爵位が下なのに、あんな風に強引に同行するなんておかしい!」からの純度100%妄想だったとか。そういうのは噂に流さないで、それこそ小説にでもして欲しい。
レイナが男性なのを知った上で、勘違いさせるような噂をそれとなく流し、うまい事婚約解消になったら「貴方の事をわかっているのは私だけ…」みたいな感じですり寄る予定だったと聞いて、ちょっと頭を抱えた。
それをふんわりと鵜呑みにした結果、儚げ美少女な幻想幼馴染の噂が誕生した事に関してはもう笑うしかない。シオシオガールズは幻想幼馴染の事をメディウィル公爵家で面倒を見ている縁戚の子供かなんかだと思ってたらしい。おもいこみってほんとうにこわいですね。
当該の研究所は、ヒースの現職場であり、私の未来の職場でもある。
事態を重く見た研究所の経営陣は、原因となった娘の立ち入りを禁止し、リジン家自体も本家に当たるリジン男爵家から縁を切られたそうだ。
この先も同じような事が起きる可能性はあるけれど、私はヒースの手を離すつもりはさらさらないので、受けて立ちましょうの気持ちだけは強くした。




