3.学園にて②
昼食後、レティと別れて教室に向かう。学年は同じだが、レティは魔術科で私は精霊術科、学舎が異なるので寂しいがしょうがない。
ヒースが登校していれば昼食もその後も一緒に過ごすのだが、今日は精霊術の集中講義のためヒースは参加の必要がない――精霊との意思疎通・術行使のレベルが高く、学園で要求される域を超えているため、精霊術の講義は受けても受けなくても良い事になっている――うえに、別件対応があって登校すらしていないので今日は一人。
精霊術とは、守護精霊との意思疎通ができて初めて使えるようになる術だ。学園の入学時に最低限の意思疎通ができていないと、精霊術科を選ぶ事もできないし、学年毎に規定されている術行使レベルまで上がっていない場合は留年か学科変更を余儀なくされる。
術行使できる程に精霊と意思疎通を図るのはそれほどに難しく、精霊術科で高学年まで進むだけでも将来有望と目されるのが一般的な認識だ。
そんな中で、学園要求レベルを既に超えているヒースは言うなれば最優良物件。将来の職にも困らないであろう優秀さを備え、実家もそこそこに太く、次男ゆえに婿入りが可能で、見た目が良く性格も穏やか…敢えて断っておくがこれは一般的に見たヒースの話であって、私から見たヒースの話ではない。
こんなしょうもない説明を脳内で繰り広げている理由はただ一つ。
「ヴィルヴ嬢、貴女はいい加減にキャフル様を解放して差し上げるべきではなくて?」
「ご自分がキャフル様に相応しくない事が一向に理解できないみたいですわね」
「キャフル様だって貴女にはうんざりしているから、定期的に学園にすら顔を出さなくなるのでしょう?」
優良物件をゲットしたいギラギラガールズに捕まったせいである。
廊下塞ぐのやめてくれないかなあ…あ、上位クラス仲間が迷惑そうな顔をして教員室向かってくれたから、嫌そうな顔した担任が来るまでの辛抱かな。
先ほどのカフェテリア囀ってたお嬢さん達は一般科で、これまた学舎が異なるので、遠くからのぴよぴよ具合がかわいい物と申しますか、なんせ同じ学園にいるだけなので接点がほぼ作れない立場と思えば、微笑ましくなってしまうわけですが。
今、立ち塞がっている三人は精霊術科の成績上位クラスまであと一歩(自称)なので、ヒース本人ともそれなりに面識と交流がある。
あるがゆえに、期待と欲望でギラギラになってしまうのだろう、ヒースを見る目は獲物を狙った捕食動物のようで大変こわい。今は目のギラギラは収まっているが、それを除いても見た目が大層ギラギラしておられるので、目が疲れる。
こちらのお三方はファイファ侯爵令嬢、フィドラー伯爵令嬢、プラクティ伯爵令嬢。派手…えー…豪奢な金髪の三人は、従妹同士らしく、容姿もまあ似ている。一人ずつ来られると見分けがつかないので、まとめて来てくれるのは助かるとも言う。毎度毎度、容姿も改造制服もちょっとずつ違うの、間違い探しみたいだよなと考えつつ担任の到着を待つ所存。
ギラギラガールズはこちらが話を聞いていてもいなくても関係なく御意見を押しつけて来るし、どの家も我が家より家格が上なので途中で遮るのも外聞が悪い…と言う事で、私のスルースキルは大変鍛えられた。なんせ入学当初から懲りずに三年間聞かされてるからね。…内容も三年間ほぼ変わらないので、それはいっそすごいなあと思っている。
「サフィール嬢」
「あら、マルス様、どうして学園に?」
「所用で学園に来たから、未来の義妹に挨拶しておこうと思って」
ギラギラガールズが後ろからの声に驚いて振り返る。彼女達の背後から現れたのは見慣れた顔……ヒースの兄であるマルス様だ。
ヒースより四歳上で、去年学園を卒業しており、今は伯爵家の領地で領主代理を務めていたはず。
鮮やかな青い髪を短く刈り上げた上に立てた髪型は、幼い頃にヒースと二人でつつきまわし、手触りが元気いっぱいの芝のようだと言った当時から変わっていない。お父上であるキャフル伯爵は額がすこし広目になってきているので、同じようになるかどうか生え際を見てしまうが許されたい。
ヒースと同じ琥珀色の目をたわめながら、右手を上げて挨拶をしてくるマルス様は、手前にいるギラギラガールズより頭一つ分高い。面白いもの 見物しに来ましたの表情を隠せていないので、こういう状況になっているのがわかった上で来たのだろう。
在学中のマルス様は忙しかったのと、学舎が違ったので、状況は知っていても実際に見たのは今回が初めてのはず。他人事なら面白そうな見世物ですよねわかる。
「それで? こちらのお嬢さん方はお知り合いかな?」
「顔見知り程度の方々ですね」
「あのっ…わたくしは」
「ああ、挨拶はいらないよ」
意気込んでファイファ嬢が挨拶をしようとする出鼻を挫く一言はなかなか辛辣。
学園内なので立場や礼を気にする必要がない、という意味も含むけれど、それ以上に圧のある冷たい表情にギラギラ具合が翳む。
しかし、ファイファ嬢、マルス様の圧に完全に呑まれる前に持ち直した! すごい! その根性は他に生かして欲しい、いまここで出すもんじゃない。
そんな心の声が聞こえるハズもなく、ファイファ嬢が一歩前に出た。
「あ……挨拶を受けていただけなくても、弟君の件で進言させていただきますわ!」
「へぇ…?」
更に愉快なものを見る顔になったマルス様が投げて来る目線に、軽く肩をすくめる。
私達のやりとりに気付かなかったファイファ嬢は、マルス様が話を聞いてくれる気になったと勘違いして『進言』を披露する。
「ヴィルヴ嬢は、弟君の優しさからの行動を精霊術で妨害するような、底意地の悪い方なのです」
「そ…そうです、幼馴染の見舞いすら許さないなんて、わたくし達はキャフル様がお気の毒で…!」
「余命幾許もないのだとしても、キャフル様は想い合われている幼馴染の肩と婚約を結び直した方が良いと思うのです」
いつの間にかレイナの余命が幾許もない事になっている。ちょっとレイナの設定がどうなっているのか詳しく教えて欲しい。
ファイファ嬢が持ち直したのに引っ張られて、他二人も復活した様子で『なんてお気の毒なキャフル様』劇場(主演ギラギラガールズ)が開園されてしまい、私は頬の内側を噛んで笑いを堪えている。
マルス様は笑顔の固まり切った顔面を私に向ける。その顔もなかなかに腹筋にキます勘弁して、耐えろ私。
「サフィ……この子達は、誰と誰が想い合ってるて主張してんの…?」
「ンブッフ……ンンッ…! たぶん、ヒースと、レイナの事じゃあ、ないかなって」
「…………」
ぎりぎりで笑いを呑み込み、目線を逸らしながら返した答え。それを聞いたマルス様の顔から、全ての表情が抜け落ちた。そのまま、口元を押さえ、肩を震わせ始める。
わかる、わかるよマルス様。でも耐えて。対外仕様が剥げたのはしょうがないと思うけど、そこで踏みとどまって。
マルス様と私の反応が予想外だったらしいギラギラガールズは、先程までの劇場仕様から一転、困惑した顔でマルス様と私を見比べている。
そこに、今度は私の背後から担任がやってきた。
「お前達、何してるんだ? コイバナなら放課後にしろ~」
「コイバナじゃないでしょ、ヒースとレイナっつってましたよ」
嫌そうというか眠そうというか…な顔で歩いて来るのは、精霊術科三学年上位クラス担任のエクスターク先生。
その少し後ろを歩いてくるのは、先生を呼びに行ってくれたクラスメイト、スウォール伯爵令息のアーキア。
少し前からの私達の会話が聞こえていたようで、やや的外れな会話をしながら近づいてくるのだが……あ、これはマルス様の危険が危ないかも知れない…。
「先生もアーキアも、その話題は…」
「レイナって誰だっけ?」
「あいつですよ、ほらメディウィル公爵家双子の」
「あぁ」
「「見た目儚い方」」
………ああ―――……
ちっくしょうおもしろいハモり方しやがって……!
淑女として完全アウトな笑いをこらえきれず、膝から崩れ落ちながら、ギリギリ最後の理性で守護精霊に頼んで風の覆いを作ってもらう事に成功する。
遮音とまではいかないが、これで学校中に声を響き渡らせる恐れはなくなっただろう。
そこまで確認した私は、お腹を押さえてうつむいた。なんとか直接的な声を出すのは耐えているけど、笑い過ぎておなかいたい、腹筋攣りそう。涙出て来た。
逆に、マルス様は風の覆いを確認した時点でもう限界を超えていたらしい。
今、風の覆いの内側には、マルス様の大きな笑い声が響いて反響して大変な事になっている。本体は足に力が入らない程笑っており、床の上に身を投げ出してしまっているし。
範囲内に巻き込んだ先生とアーキアにはやや申し訳ない気持ちもあるが、ギラギラガールズは自業自得なので存分にこの笑い声を浴びて欲しい。至近距離で大笑いする成人男性に驚いたギラギラガールズも座り込んでしまっているので、なかなかの混沌具合だ。
「ひー……腹痛え……ヒースとレイナが、ふはっ……想い合う? あっはははは、いやお互いに思いを向けてるのは確かだが、……ははは! どこまでも噛み合わないあの二人に、なんでそんな噂が出てんだ…ひい…」
それは私も知りたい。
一頻り笑って落ち着いた私は、立ち上がってスカートを軽く掃う。はー笑った笑った。
私が落ち着いたのを見て、先生がこちらに視線を投げる。視線はこちらだけど、手は風の覆いを検分しているのが見えて苦笑してしまう。
「何が何だかわからんので、説明してもらってもいいかヴィルヴ嬢?」
「えー、先程の惨事は先生とアーキアの『見た目儚い方』がトドメを刺した結果です」
「……………えっ何? ほんとにヒースとレイナが恋仲みたいな話が出てたの?!」
「不思議ですよねえ…」
察しの良いアーキアに、整えた笑みを見せる。二人を知っていたら、そんな話は出来の悪い冗談でしかない。
「今のヒースが何やら人気があるとは知ってたが、ありもしない事を吹聴されるのはよろしくないな」
こちらも、笑うだけ笑って落ち着いたらしいマルス様が、身なりを整えながら立ち上がった。
その目の前でへたりこんだままのギラギラガールズが、マルス様の冷たい視線を向けられて身を震わせている。
「我が家の評判にも関わるし、メディウィル公爵家にも累が及びそうなその話、どこから出て来て、どこまで広まっているのか教えてもらおうか」
「はぁ…あんまり根も葉もない噂が流れて学園の名が落ちるのもよろしくないので、聞き取りの場はすぐ用意しますよ」
「遠慮せず立ち会ってくれていいんですよ、先生?」
「いやあボクは講義があるのでえ」
なんやかや言って逃げようとする先生を、お前も関係者だろうと引っ張り込んで、聞き取り調査を行う事になった。
アーキアには午後の講義の担当変更の伝言をしてもらい、そのまま教室に戻ってもらう。アーキアだけは部外者だが、あとで詳しく教えてよの目線に首肯する。絶対面白いもんね、わかる。問題ないとこは共有させてもらう。




