2. 秋という語
四月二十日、土曜。晴のち曇。
あの日から、朝いちばんの手つきが変わってしまった。
麻紐に鋏を入れ、束の上から一部を抜き、一面の下三分の一を先に見る。名前が並ぶのはそこだからだ。五日のあいだに、わたしの手が覚えてしまった順序である。
その朝、下三分の一に新しい名前はない。かわりに、上のほうへ大きな活字が出ていた。
――最後まで演奏せる楽士たち。
救助船がニューヨークへ着いたのは十八日の夜だという。助かった人たちの話が無線を伝って戻り、紙になり、汽車に載って、この町の売店まで来る。
わたしは記事を読み、もう一度読み直した。
楽団は最後まで持ち場を離れず、水が足もとへ寄せても弾き続けたという。彼らが最後に奏でたのは讃美歌〈主よ、みもとに近づかん〉であった。――そう書いてある。
指が、その一行のところで止まった。
胸のなかで、何かが細く軋む。悲しみとは少し違う。悲しみのほうは、この五日で形を覚えてしまった。これはもっと薄くて、耳の奥がむず痒い。
あの人は、讃美歌を弾かない。
――いや。弾く。仕事だから弾く。弾くけれども。
わたしは記事の下のほうへ目を落とした。
同じ紙面の、ずっと小さな活字。海の向こうの新聞から引き写された談話が、細い囲みで載っている。
――あの晩、無線室にいた若い技手の談。
二段しかない短い囲みである。船が傾いてからのこと、機械を打ちつづけたこと、板につかまったこと。そして終わりのほうに、一行だけ。
――バンドは〈Autumn〉を演奏していた。
その一行の上で、わたしの目が止まる。
止まったまま、動かなくなった。
局の音が遠のいていく。帳簿をめくる音も、竈の湯の音も、薄い紙の向こう側へ退がっていった。
秋。
――あの人が、わたしの前でだけそう呼んだ曲がある。
暖房の効かない小部屋。松脂の匂い。上りきらずに下りてくる三拍子。「秋の夢、という題だ」「夢より、歌のほうがいいわ」「じゃあ、秋の歌だ、おまえの前でだけ、そう呼ぶ」
指が、紙の縁を強く挟んでいた。
けれど、その囲みには続きがある。新聞が自分で付けた註である。
――〈Autumn〉は讃美歌集にある曲調の名である。したがって前記の証言と矛盾しない。
わたしは註を三度読んだ。
三度読んでも、書いてあることは変わらない。讃美歌集に、その名の曲調がある。教会の棚の分厚い本の、どこかの頁に、たしかにそう刷ってあるのだ。
だから、この一語は讃美歌の側へ回収された。記事はきれいに一つの話になる。楽団は讃美歌を弾きながら沈んだ。二つの証言は、ひとつの美しい絵のなかへ収まった。
――ただ一人、わたしを除いて。
◇
その晩、わたしは菓子の缶を開けた。
四年ぶんの手紙が、二つの缶に入っている。輪ゴムで留めた束を月ごとにほどいて、去年の十一月のところで手が止まった。
リヴァプールの下宿から来た一通。
『讃美歌なら葬式で飽きるほど弾いた。おれが弾きたいのは、人が踊る曲だ』
これを書いたときのあの人の字は、いつもより濃い。腹を立てているときの癖である。教区の葬式で三度続けて同じ曲を頼まれた、という話だった。
あのときわたしは、笑って返事を書いたのだ。『それなら、うちの式では飽きるほど踊らせてちょうだい』と。
いま、その返事を思い出すと、喉の奥が塩辛くなる。
◇
昼までに、町じゅうがその記事を知っている。
休憩の鐘が鳴ると、織り手たちが売店の前に列を作った。
アシュワースの家には、朝から人が絶えない。ハンナは黒い服で卓の上座に座り、来る人ごとに同じ言葉を受け取っていた。ご立派な息子さんでしたね。神さまが迎えてくださいますよ。
教区のミスタ・ブロードベントが来て、ハンナの手を両手で包む。
「音楽は、祈りの一つの形です。ご子息は、最後に祈られたのですよ」
ハンナは頷く。頷いてから、初めてわたしのほうを見た。
その目が、少しだけ和らいでいる。台所で「いいほうを信じておきなさい」と言ったときの、あの乾いた目ではない。
息子が英雄になったことで、この人はやっと息子を置く場所を見つけたのだ。
――だから、わたしは何も言わなかった。
言えば、この人からその場所を取り上げることになる。わたしは湯呑みを両手で持って、湯気の向こうでハンナが泣くのを見ていた。この人の涙は、それが初めてである。
◇
四月二十二日、月曜。
昼過ぎに局の扉を押して入ってきた男は、帽子も取らずにわたしの窓口へ来た。
「ミス・エルシー・ホルロイド?」
「はい」
「マンチェスターの夕刊の者です。ハリー・ペンドルベリーと申します」
早口だった。手には手帳、鉛筆は耳に挟んである。靴だけがひどく汚れていた。駅から歩いてきたらしい。
「アシュワースさんの婚約者でいらっしゃいますね。少しお話を伺えますか?」
「勤務中です」
「では、休みまで待ちます」
その人は本当に待った。長椅子の端で、二時間。年寄りに席を譲り、二度ほど居眠りをしては、背筋を立て直していた。
三時の休みに、わたしは局の裏の石段でその人と向かい合う。四月の日はまだ高く、煉瓦の壁が昼の熱を持っていた。
「新聞は、あの人が讃美歌を弾いて沈んだと書いています」
「書きました。わたしも書いた一人です」
「あの人は、讃美歌を弾きません」
ペンドルベリーの鉛筆が止まる。
「……と、仰いますと」
「葬式で飽きるほど弾いたと、手紙によこした人です。あの人が弾きたがったのは、人が踊る曲でした」
そこまで言って、わたしは息を継いだ。継いだ拍子に、喉の奥まで上がってきていた言葉が、そのまま転がり出そうになる。
新聞に、〈秋〉と書いてありました。あれは――。
「ああ、〈Autumn〉のことですね」
わたしより先に、その人が言った。手帳を繰りながら、事もなげに。
「讃美歌の曲調の名だそうですよ。教区の牧師さまに伺いました。ですから記事のとおりで、食い違いはないのです」
わたしは口を閉じた。
閉じた口のなかに、言葉がひとつ残る。残ったまま、行き場がない。
この人に何と言えばいいのだろう。あれはわたしたちの曲で、二人のあいだにしかない呼び名で――それで、何だというのか。証拠にはならない。わたしが知っているというだけでは、何ひとつ動かない。
言えば、悲しみのあまり物の分からなくなった女になる。
わたしは膝の上で、指を一本ずつ数えた。十。もう一度、十。数えているあいだだけ、胸のあたりが静かになる。
その人はしばらく黙って、それから手帳を閉じた。
「ミス・ホルロイド。あなたの仰ることは、たぶん本当です」
「では」
「ですが、本当のことが記事になるとは限らないのです」
その人は続ける。悪びれもせず、目は伏せたままで。
「読者が読みたいのは、沈む船の上で讃美歌を弾いた人の話です。町の人が読みたいのも、それでしょう。……ご遺族が読みたいのも、たぶん」
◇
閉局まぎわ、その人が窓口へ戻り、原稿の用紙を台に置いた。
「電報で。至急扱いで」
わたしは字数を数え、料金を告げ、受取証を切って、機械の前に座った。
自分のことが書いてある紙を、自分の指で送る。
――婚約者は、まだ事実を受け入れられずにいるようであった。
その一行を打つとき、指は一度も止まらない。五年やっていれば、手は意味を読まない。読むのは、あとになってからである。
◇
夕方の汽車が夕刊を運んでくる。麻紐に鋏を入れるのは、わたしの仕事である。
三面のいちばん上に、わたしがいた。
――英雄の婚約者、涙の日々。
わたしは涙の日々を送っていない。あの日から今日まで、一度も泣いていなかった。
記事のなかで、わたしの言葉はちゃんと引かれている。讃美歌を弾くような人ではなかった、と婚約者は語った、と。
そして、わたしが自分の手で打った一行が、活字になって戻っている。
――彼女はまだ、事実を受け入れられずにいるようであった。
わたしは夕刊を畳んで、膝に置く。刷りたての紙は、いつも少し温かい。
あの人が新聞に載るたび、あの人が少しずつ減っていく。船に酔う男も、給金に細かい男も、葬式の曲に腹を立てる男も、活字にはならない。かわりに、水のなかで讃美歌を弾く立派な男が、日ごとに大きくなる。
わたしの知っているあの人が、新聞から消えていく。
――そのうえ、あの人とわたしのあいだにしかない言葉までが、活字になって、知らない意味を着せられていた。
けれど。
あの語をもとの意味に戻せる人が、この世のどこかにいる。あの晩、それを耳で聞いた人が。




