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凛として咲く獣-24

サマーズ中学の生徒たちは、夏季休暇に突入していた。

そのためか、ネイモアシティ第2ブロックの大型の商業施設では、学生たちで混雑している。

そんな中、ひときわ目立つ一対の男女が歩いていた。

一人は美しい少女。もう一人は獣のような少年。


「いやぁ……素晴らしい映画体験だったわね」


「ハイ……」


少女はその美しい顔を、ほくほくと満足させた表情を浮かべ、一方の少年はまるで世界の終わりかのように絶望していた。


「この時計仕掛けのオレンジと北京原人の二本立てという鑑賞体験そのものがまさに一種のルドヴィコ療法ね。本当に今日は来てよかった」


「ハイ……」


少女は眼鏡の奥の瞳をうっとりとさせ、今しがた見てきたばかりの映画を反芻する。

少年は口をポカリとあけたまま、感情を感じさせない。


「どうだった寅之助?」


「久々に部活は休みで、バイトも無し、たまには勉強の息抜きもしようって時に、朝の6時からぶっ通しで映画2本……しかもいろんな意味で辛いヤツ……」


「楽しんでくれたようで何よりだわ」


「巴ぇ……」


寅之助と呼ばれた少年は、肩をがくんと落とす。

そんな姿を見て、巴はますます大きな笑顔を浮かべた。そして空間投影ディスプレイが掲げる『朝のメイ作映画』の日程表に目をやった。


「来週はエド・ウッドとプラン9フロムアウタースペースの二本立てか。あまり芸が無いわね」


「俺、まだこっちのほうがいいな……」


寅之助はあまり深く考えずに口を開き、そして慌てて口を閉じた。

だがその隣では、美しい笑顔を浮かべた巴が目を輝かせていた。


「じゃあ来週も行きましょう。この時間で」


「……はい」


寅之助はため息をついた。

ここ数日、異様に巴の距離が近い。

むろん二人で遊びに出かける事も昔から多かったのだが、それでもここ最近は、少しでもスケジュールの空きがあると必ず誘いが来る。

そして加えて、良く分からないほど上機嫌だ。


「……まぁ、誘ってくれんのは嬉しいけどな」


「でしょう?」


巴はニコリとして答えた。

そしてやはり、ここ数日になって急に笑うようになった。


「俺、あんまりお前は笑わない方が好きかなぁ」


「え?」


「気高い感じがしてさ。まぁ笑っても可愛いから良いけどな」


寅之助はそういうと、やはり肩を落としてトボトボと歩く。

きっとベートーベンの第九交響曲が頭の中に鳴り響いているのだろう。それ故に、巴が耳を赤くしている事にも気づかない。


「……全く」


巴は小さく呟いた。


『……好きだよ』

『俺はいいさ。でもきっとこんな考えで居ちゃあ、アイツを駄目な人間にしちまう』

『巴が巴の意思で、自分の好きな男を選ぶって事か?たまたま俺じゃないだけで。……それは俺にとっても幸福な事だよ』


あの日、盗み聞きしてしまった寅之助の、一言一言を思い出す。

あれほど自分が誠実に想われているのを知り、笑うなと言う方が無理と言うものだ──そんな意味が込められた呟きであった。


「おーい、どうした?靴を見に行って、そのあとホームセンター行くんだろ?」


「あっと、悪いわね」


足を急に止めた巴に、寅之助が声をかける。

速足で先を行く寅之助へと追いつくと、歩幅を合わせエレベータまで歩く。

そして音を立てて開いた自動ドアに、待っていた大勢の人間が乗り込んだ。


「……近すぎじゃね」


エレベータへと乗り込むと、巴は寅之助に体を密着させた。

その男性とはまるで違う体の柔らかさに、思わず寅之助は体温を上げた。


「詰めないと周囲に迷惑だわ」


分厚い凶器のような肉体に、ぴたりと体を寄せながら巴は呟いた。

そして半袖のシャツから伸びる、血管が浮き出た寅之助の太い腕。それに巴は引き寄せられているのを自覚する。


「……俺が恥ずかしいんだよ」


寅之助が小さな声で言うのを、巴は聞こえないふりをする。

そして彼の顔を確認すると、やはり巴の耳のように赤くなっている。

やはり、これで笑うなという方が無理と言うものだ。


「私……貴方ほど誠実ではないの」


「は?」


「これから耐久テストを始めるという意味」


やはり寅之助は頭上に疑問符を浮かべていた。

だが、それでいい。巴は怪しげな笑みを浮かべる。


寅之助が私と対等になるまで告白しないという意図は、嬉しい。

確かに私には、他人を管理する事に快楽を覚えるという悪癖がある。

だから彼は私を独裁者にしないために、私と対等になるまで超えない一線を作る。

寅之助は告白に躊躇するような臆病者じゃない、これは100%本心からの言葉だろう。


だが、私は嫌だ。

一刻も早く、恋人という関係に契約を更新したい。

だから寅之助がどこまで我慢できるか、試してみる。

はしたなく、こうして体だって寄せてみる。もっと積極的に、私の気持ちを気づかせてやる。私から告白はしない。それは彼の対等という拘りを壊す事になる。


これはまさに管理という悪癖かもしれない。

だが、問題はない。なぜなら彼が気づいていないだけで、私と彼は、間違いなくとっくに対等だ。それを早く彼に気づかせるというだけだ。


「……お前、今日なんか大丈夫か?」


可笑しそうに笑う巴に、疑問と呆れと心配を混ぜた顔で、寅之助は頭上から声をかける。


「ん?ええ。前から欲しかった靴を買いにいくのが楽しみだわ」


さらりと思いついた嘘の仮面を被る。

寅之助は訝し気な顔をするが、それ以上追及はしない。

その時、音を立ててエレベータが止まった。

大勢の人が降り、入れ替わりに人が乗る。その時、エレベータの乗ってきた一人の男がいた。


「あっ……」


「お前は……」


込み合っているにも関わらず、人々はその男を大きく避けていた。

その男は手に棒状の包みを持ち、顔には大きな切創。

そして日本刀の如き鋭い目つきの男であった。


「金串さん……」


「久しぶりだな、石川」


寅之助はその男の名を呼んだ。

金串ルィ。

かつて『アトロシタス』で寅之助が戦った、日本刀の使い手であった。

第6ブロックのギャング『ラフリーズ』の伝説的な用心棒。

帯を投げるという寅之助の奇策が功を奏し、紙一重で勝つことができた相手であった。


「あんたでも買い物とかするんだな」


「お前と同じようにな」


金串は、棒状の包みを持ったままエレベータに入ると、寅之助の隣に立った。

その包みの中身に、寅之助は全神経を注ぎ込む。


「……そう警戒するな。今日はたまたまだ。仕事で来たわけじゃない」


「相変わらず病的に勘が良いッスね」


混みあったエレベータにも関わらず、いつの間にか寅之助と金串の周囲にはスペースが出来ていた。

二頭の危険な獣の臭い。

それをかぎ取った他の客たちは、無意識、あるいは意識的にこの二人から距離を取ろうとしていた。


「まるで始めてくれと言っているようだな」


「まさか」


二人は笑いあった。

そこには危険な共感があった。


「いいかしら」


その空気の中で、凛とした声が響いた。

巴は体を入れ替えて、寅之助と金串の間に立つ。


「ほう……」


「貴方がどなたかは存じ上げません。寅之助の交友関係も尊重すべきです。しかし、貴方だけは駄目」


「石川の女か。良い度胸だ」


『石川の女』。そう呼ばれて嬉しくなる自分を必死に抑えながら、巴は無表情を作った。

一方の金串は、まるで空間を刃物で切り裂いた穴のように、口角を釣り上げて笑う。


「次の階で私たちは降ります。よろしいですね?」


そして巴は、初めて視線を金串へと向けた。

冷たい目であった。


「おい、巴、ちょっ……」


慌てて寅之助が口をはさむが、先に金串が口火を切る。


「勘違いさせたようだが、俺は石川が嫌いじゃない」


「ええ。でしょうね。ですが貴方方は、気に入った相手を傷つける事にモガ……っ」


寅之助が後ろから巴の口をふさぎ、そしてまた金串の隣へと体を入れ替える。

そして獣の目で、金串を見た。


「連れの無礼は謝りますよ。ただそれでも、もしコイツを傷つけようってんなら、もう一回アンタの腕を折るし……」


寅之助の貌が、嗤った。


「今度は、首も折る」


エレベータにいる人間の毛が逆立った。

そして金串だけが嬉しそうに笑う。


「鍛錬は怠ってないようだな……それが分かっただけでもよしとするか。お前と飲みに行くつもりだったんだがな」


「俺は酒を飲まない」


「フ……また、いつかの機会にするか。俺が次の階で降りよう」


エレベータが止まる。

乗客たちから安堵の声が漏れた。


「あ、そういえば……お前、ゴンドウさんから貰った金を女にやっちまったそうだな」


先ほどまでの危険な臭いを収め、金串は楽しそうに呟いた。

その言葉に、巴が鋭敏に反応する。


「女?」


「……ええ。まぁ」


寅之助は表情に陰を作った。

その陰は、背後にいる巴には見えない。


「ねぇ女って何」


「全く、バカなヤツだ。その女にも気をつけろ」


金串は長い包みで巴を刺し占めす。

巴の表情は、先ほどまでの冷徹な表情とはまるで違っていた。


「ねぇ女って何」


「余計なお世話ッスよ」


「フ……また会おう」


そういうと、金串はエレベータから降りて群衆の中へと消えて行った。

再び音を立ててエレベータの扉が閉まる。


「ふう……とんでもないヤツにまた会っちまったな」


「ねぇ、女って、なあに?」


一息つく寅之助の横には、無表情の巴が立っていたのだった。









予定を変更し、喫茶店へと向かった巴と寅之助は向き合って座っていた。

そしてそこでは、無表情の寅之助と、申し訳なさそうに視線をコーヒーへと落とす巴の姿があった。


「……ごめんなさい。無思慮に貴方の傷口に触った」


「ん?別にいいさ。しょうがねぇよ、お前が知るわけねぇしな」


金串が言った『女』。

その話を巴と寅之助はした。


かつて寅之助が戦っていた『アトロシタス』に、ユラという娼婦がいた事。

その女性が、ドラッグの中毒者であった事。

彼女のために、寅之助は大金を渡したという事。

しかし彼女は、その金を使ってドラッグの売人へと転身した事。

そして寅之助が多分、そのユラという女性を好きだった事。


「ま、バカな話さ。ドラックの依存症の患者に、金だけ渡して物事が良くなるはずがねぇんだ。ひたすら俺がバカだったのさ」


「……そんな事ない」


寅之助は乾いた笑いを見せ、巴は沈痛な面持ちで首を振った。


「本気なら、俺がユラさんと逃げるべきだったのかもな。そんで恨まれようが何だろうが、首根っこ掴んで病院へと叩きこむべきだったんだ。そこまで俺は、やれなかった」


「それだけは断じて違うわ」


巴は重々しく顔を振った。

自らの身を崩さねば成立しない善意などあるものか。いや、寅之助はそれに近い事までやったのだ。それだけは、例え寅之助本人であっても否定はさせない。


「やっぱ、良い奴だな、お前は」


寅之助は笑った。

その笑顔が、今だけは巴にとって、突き刺さるような凶器と化していた。











「ユラ……この子か」


その夜、巴は『アトロシタス』のかつてのサーバーへとアクセスした。

その中へと残されていたデータから、名前だけを頼りに、かつてそこで働いていたという娼婦の顔写真を探し出す。

本名はそのまま源氏名と同じでユラ・ヴェサ。アルバニア系のようであった。


「ふむ……」


自分とは正反対の相手ね、と巴は思った。

軽薄で、どこか壊れたような笑み。それでいて眼だけが笑っていない。金に染めた髪やファッションなど、巴とはほとんど正反対と言えた。


「さてと。満足していないで、ここからが本番」


巴はさらに、その名前や関係者などを頼りにSNSのアカウントを探した。

そしてヒットする。

最期に更新したのは2か月ほど前であった。それほど更新頻度が多い方ではないようだ。


「なら相互にフォローしている相手から……」


巴は同じ『アトロシタス』で働いていた娼婦の中で、彼女と互いにフォローしあっている相手を探す。

その相手なら『アトロシタス』から逃げた後も連絡を取り合っている可能性がある。そう思い糸をたどると、やはり見つけた。彼女の映った写真だ。

寅之助の話では、まだ第6ブロック内にいるはずである。ならば写真の背後に写った看板などを第6ブロックの地図と照らし合わせる事で、彼女が現在、どこにいるか絞り込めるはずだ。


「ふう……」


巴は髪をかき上げた。

またバカなことをしているな、そう内心で自嘲した。





数日後。

巴は背に大きな荷物を抱えて、第6ブロックの駅へと来ていた。

リュックサックと、そこから突き出した大きな板。そして何故か足元には安全靴を履いている。


「また、ここへと来ることがあるなんて、ね」


もう二度と来ることは無いと思っていた場所。

当然のように暴力が行使され、『違法』の意味がここから上層とは全く異なる場所。そして、寅之助が祖父に引き取られるまで、生まれ育った場所。

巴は意を決して駅から出ると、声を上げた。


「ずいぶんと明るいわね……」


段階的に第6ブロックの拡張工事が進んでいるとは聞いていたが、既にこれほどまでに工事は終わっていたのか。

既にこの一つ上の第5ブロックとほとんど遜色のない日光が降り注いでいた。


「さてと」


巴は背中に背負っていた板を降ろした。小型の電動キックボードだ。

ネイモアシティでは、簡単な研修さえ受ければ、14歳以上ならば電動キックボードに乗る事が許されていた。巴は3か月前に14歳の誕生日を迎えている。


「予備のバッテリ、持ってくる意味はなかったわね」


巴は天を仰いだ。

量子ドット太陽電池による駆動は、太陽光下でならばほぼ無尽蔵の動力と化す。

日が落ちる前ならば電動キックボードが動けなくなる事は、ほぼないだろう。


「さて……」


巴は電動キックボードの電源を入れた。






「さて、この付近だけれど……」


写真の写っていた店までたどり着く。

ここからは地道な聞き込みだ。偶然、近くでホームレスへの炊き出しを大学生のボランティア団体がやっているようだった。


「ご立派ですね」


巴は、炊き出しをやっている学生の一人へと声をかけた。

野球服を着た男は、何故か申し訳なさそうな顔をする。


「……そう、見えるかな?」


「?ええ、もちろん」


巴は首を傾げた。野球服の男は、言葉を選びながら、ゆっくりと口を開いた。


「……実は昔、酷い事をしてね。その償いなんだよ」


「償い、ですか」


「そう。学校でうまく行ってなくて、家でも、親とうまく行ってなくて……いや理由にはなってないんだけれど……」


野球服の男は、ぽつり、ぽつりと言葉を紡ぐ。

よく見れば、その野球服の男には、全身にケガの痕があった。指などは無残に折れたようで、プレートで曲がらないよう補強されたまま包帯が取れていない。


「とにかく、ホームレスの方に、酷い事をしてしまったんだ。そうしたら、ある人にとんでもなく怒られてね」


野球服の男は恐怖に顔をひきつらせた。

よほどの怒られ方をされたのだろう、巴はそう推測する。


「それだけじゃなく、そのホームレスの方も亡くなってしまって……とにかくその償いをしなきゃ、と思ったんだ」


「ご自分の行動を鑑みて、それを糧にこうして正しい行動をしてらっしゃるのでしょう?やはり、ご立派です」


野球服の男は照れくさそうに頭をかいた。


「いやぁ……本音を言うと、こういうことをしないと、怒った人がまた現れるんじゃないか、ってちょっと怖くてね……この指もその人に折られたんだよ」


「その方、怒りは正しいのでしょうけれど、少し異常な方では?」


「いやまぁ……俺も割と折られて仕方ない事をしてたっていうか……」


野球服の大学生は乾いた笑い声を上げた。

巴は要領を得なかったが、これが第6ブロックという場所なのだろう。そう思って疑問を飲み込んだ。


「それで、どうしたのかな?どう見てもホームレスじゃないけれど」


「あ、そうでした。実はこの女性を探していて……」


巴はユラの顔写真を渡した。

家出した血のつながらない姉をこの近くで見たという話があり、それを探していると。巴はデタラメを、しかし第6ブロックではありふれた内容を離した。


なぜ、彼女を探すのだろう?

巴は自問自答した。答えは分からない。だが探す必要がある、そう自分の感情が叫んでいる。

この笑わない眼をした、どこか壊れた女性。

彼女に会えば、その答えは分かるのだろうか?


「ふむ……お~い、ちょっといいか~?」


大学生は写真を見て、ボランティアの仲間やホームレスたちに声をかけた。

すると幾人かが、この先の、とある店で良く見かけたという話を教えてくれた。


「ありがとうございます。助かりました」


「気を付けるんだよ、あの辺りは特に治安の悪い場所だ。この辺を牛耳ってた『アトロシタス』は解散したけど、あのあたりはまだまだギャングたちがいる」


「……覚悟の上です」


巴は冷たく言葉を紡ぎ、頷いた。






いかがわしい繁華街へと電動キックボードを走らせると、そこは既に薄暗くなっていた。

まだ日が落ちるには随分と時間がある。

このあたりはまだ拡張工事が完了しておらず、寅之助が『アトロシタス』で戦っていたころと同じ薄暗さが残っていた。


「ようやく、久しぶりにここへ来た、という気分ね……」


巴の良く知る第6ブロックの空気そのものであった。

電動キックボードを小さく畳んで、背中のリュックサックへとしまう。そして教えられた店へと歩いていく。

道には、まだ本来なら日の高い時間にも関わらず、露出の高い恰好の女性たちが、大勢並んでいた。


「姉ちゃん、いくら?」


最初は、無視した。

というよりも、巴は自分へと声がかかったとは分からなかった。


「おい、お前だよ。黒髪のメガネの女」


そこまで特定されて、巴はようやく振り向いた。

するとそこには、すえた臭いを放つ、酔っぱらった男が立っていた。


「失礼ですけど、私はそういう職業の方ではありません」


「へぇ、ならもっといいじゃん」


明らかにアルコールか、あるいはドラッグで酩酊しているその男は、ニヤニヤと笑いを浮かべながら巴へと近づいた。

同じような視線を向ける男がさらに後ろに二人。

おそらくは同じグループの仲間だろう。


「ひひ……ここにいるってことはさぁ、誘ってんだろ?」


男は巴の、大きな胸へと手を伸ばした。

男性からうんざりするほど不快な視線を向けられる胸。それへと指が触れる瞬間、その手を巴ははたき落とした。


「ふざけないで」


凛とした声で拒絶を発した。

無表情のまま、男の下卑た視線を受け止める。

一方で、酔っぱらった男は仲間の前で恥をかかされた怒りか、顔を真っ赤に紅潮させて銃を取り出した。

まっすぐに巴へと銃を突き付けている。


「てめぇ!女なんてチンポしゃぶるだけの道具のくせに逆らうんじゃねぇ!」


酔った男の後ろにいた機械義手の男と、タンクトップの男は下卑た笑い声を上げる。

そして路上に立つ女性たちは、いつの間にか姿を消していた。


「コスプレ女にブチのめされるわボスは死ぬわ組は解散するわ、ロクな事がねぇ!ナメてんじゃねぇぞ畜生!ヤラせるくらいしろ!」


「飲みすぎだ、お前」


「うるせぇ!」


義手の男が呆れた顔で笑い、それに反応した酔っ払いは振り向いた。視線を外した瞬間を、巴は見逃さなかった。


「シッ!」


内回し蹴りと呼ばれる、通常の回し蹴りとは逆方向の回転で繰り出される蹴りが、酔っ払いの銃を弾き飛ばした。

安全靴によって倍増された重い蹴りは、銃を柵の向こう側まで飛ばす。


「あっ!てめぇ!」


「貴方は自分の現状を運の無さ、避けられなかった結果だと考えているようだけれど……不適切ね。貴方の現状は、貴方の選択の結果でしかない事は明白だわ」


巴はいつの間にかリュックを降ろし、そして両手にオープン・フィンガー・グローブを付けていた。

明らかに一般的なそれではなく、両拳のナックルパートに沿って、2枚の金属板がとりついている。


「何様だこのクソ女!」


「こういう態度を好きだと言ってくれる人もいるの」


酔っ払いは大きく腕を振り上げた。典型的な素人のテレフォンパンチ。格闘技を一定以上、習得した者であるならば、いかようにも料理できる状況であった。

そして巴が選んだのは縦拳の順突き、すなわち日本拳法で直突きと呼ばれる最速の打突だ。

グローブを装着した巴の拳は、男の拳が振り下ろされるよりも早く、男の顔面を撃ち抜いた。


「あばばばばばばっ!?」


声を上げて、酔っ払いの目玉がぐるりと白目をむいた。

巴の直拳と同時に、巴のグローブから流れた電流が、酔っ払いの肉体を弛緩させる。


「ふう……準備しておいて良かった」


以前、作成したスタン警棒は、証拠としてアシがつく恐れから処分してしまっている。その代用品が十分に機能し、巴は安堵した。


「あっ!やりやがったな!」


「この流れ、なんか前にもあったような……」


タンクトップの男は激昂し、義手の男は顎に手を当てて考え込んだ。

一方の巴は左前の中段構えで、二人のならず者を迎撃する。


「ぶっ殺してやる!!」


オーソドックス・スタイルでタンクトップの男は構えた。どうやらボクシングの心得があるようであった。

それを見た巴は、わずかに間合いを外した。


「オラァ!」


タンクトップの男は気合と共にジャブを放った。しかし、ほんの僅かに届かない。

彼は内心で舌打ちした。別段、ジャブが届かない事自体は珍しくない。プロでさえよくある事だ。

それ故に、彼は考えもしなかった。目の前の少女が、意識的に間合いをコントロールして、『外させた』事など。


「今度こそ死ねっ!」


「シッ!」


ジャブとほとんど同時に、巴の前蹴りが放たれた。


「う……っくぅ……うぉぉぉぉぉぉぉ……」


タンクトップの男は倒れ込むと、みぞおちを押さえて悶絶した。

彼のジャブは空を切り、巴の中段前蹴りは、みぞおちへと深々と突き刺さる。

カウンターで入った安全靴を履いての蹴りは、二人の体重差をいとも簡単に覆し、タンクトップの男の戦意を刈り取った。


「ふう……さて、最期は貴方だけね」


悶絶するタンクトップの男を後目に、巴は構えを崩す事なく、機械義手の男と向き合った。

しかし義手の男は両手を軽く上げる。


「いや、止めとくよ」


「へぇ?」


「俺がヤラれちまったらこいつらを病院へと連れて行くヤツがいなくなっちまう。見逃してくれ」


その言葉に、巴は無言で距離を取る。

そして十分に離れて、初めて構えを解いた。


「悪いね」


「絡んできたのはそちら側。私に護身以外の動機はない」


その言葉に、義手の男は倒れた仲間を見ながら苦笑する。

そして気絶した男を肩に担ぎ、悶絶するタンクトップ共々、彼の所有物であるオンボロのセダンに何とか乗せる。


「まぁ、俺たちもいい加減、こんな生き方は卒業しなきゃな」


義手の男は後部座席の扉を閉めながら、巴に語り掛けるとも、呟くとも区別のつかぬトーンで言葉を発した。


「……貴方の選択は、貴方自身が考えている以上に賢明な選択であると思う」


「そりゃ、どうも」


それだけ言うと、オンボロなセダンは走り去っていった。

いつの間にか、周囲にはまた露出の激しい恰好の女性たちが集まってきている。彼女らは何事も無かったかのように、また道行く人々に声をかけていた。


「……今の三人組、どこかで会ったような」


そんな中、巴は一人首をかしげていた。




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