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凛として咲きそーで咲かないけもの そのご!!

一人の茶髪の少女が、憮然とした表情を浮かべて、一点を見据えていた。

そのきゅるりとした大きな目を、ジトリと半分閉じて凝視している。


「シアちゃん、シアちゃん、ちょっといい?」


「んー……」


頭にピンクのメッシュを入れた女子生徒は、そのアリシア・グリンカンデラへと声をかけるが、彼女は気のない返事を返しただけだ。


「……どしたの?」


メッシュの女子生徒が心配そうに声をかけると、アリシアは視線の先を指さした。

その先では、一対の男女が笑いあっている。


「寅之助くんと、武蔵野さん?二人がどうかした?」


「あの二人、どう見える?」


「どうって……いつも通りじゃない?」


アリシアは小さくため息をついた。

分かってないとでも言いたげに首を振ると、ゆっくりと口を開く。


「石川だけがいつもより距離が遠い」


「……そうなの?ケンカでもしたのかな」


全くピンとこないと言った様子で女子生徒は会話を合わせるが、それっきりだ。

アリシアは死んだ魚のようにじっと二人を見据えており、会話に困った女子生徒は、このクラスではお決まりとなった話題を振った。


「あの二人って、あれで付き合ってないんでしょ?」


「付き合ってはいないね」


ふーん、と相槌を打った後、メッシュの女子生徒は僅かに恥ずかしそうに切り出した。


「わ、私さ……実は寅之助くんの事、ちょっといいなって思ってて」


「そりゃ、半年遅かったわ」


ここで初めてアリシアは顔を上げ、女子生徒へと振り向いた。


「え?」


「あの二人、『付き合ってない』だけだから」


そういうとアリシアは大きくため息をついた。

例えるなら、貴重なワインを落として割った報を聞いた時のような、そんなため息だった。






寅之助が廊下を歩いていると、道の真ん中に腕を組んで立つ茶髪の少女が視界に入った。

その視線はまっすぐに寅之助を見据えており、明らかに待ち構えているのが見える。


「……なんか用か、パン屋の娘」


「その呼び方やめれ」


アリシアは寅之助の行く手を遮ると、手招きする。


「ちょっとこっち来な」


「先生に呼ばれてんだけど」


「可愛い可愛いアリシアちゃんと教師、どっちが大事?」


「先生」


寅之助はニヤリと笑って、上から見下ろした。

一方のアリシアは口をへの字に曲げ、不満そうに唸る。


「ええい、んじゃさっさと先生んとこ行って私んとこ来な!」


それだけ言うと怒ってアリシアは踵を返した。

その後ろ姿を、寅之助は呆けた目で見ていた。


「……良く分からんけど、アイツ無駄に聞き分けは良いんだよな」









「ふう……」


ガタンと音を立てて、巴はゴミを分子分解炉へと放り込んだ。

普段、人の来ない校舎裏に設置された分解炉は、ゴミを分子単位で仕分け、そしてペレットへと成型するマシンであった。

資源の尽きかけている地球に於いて、こういったリサイクル設備は学校や商業施設など、大型の施設にはどこにでもあった。


「廃棄委員も楽じゃないわね」


ゴミを片付け、空になったゴミ箱を台車に乗せて教室へと戻ろうとしたその時であった。


「おう、来てやったぞアリ公」


「遅いっ!」


「いや話してたの5分くらいだろうが」


良く聞き覚えのある二つの声が響いた。

振り向くと、やはりそこにはアリシアと寅之助の姿があった。


「……周りはだぁーれもいないわよね?」


アリシアは周囲をきょろきょろと見渡した。

人気を気にしているようであった。にもかかわらず、巴の姿は目に入っていないようであった。

それに呆れた巴は、何をしているのか声をかけようとした、その直前であった。


「石川ぁ~、あんた、巴の事が好きになっちゃったんでしょ!?」


想像もしなかったアリシアの言葉に、巴は思わず隠れた。

なぜ隠れたのか、なぜこうも心臓が拍動するのか、なぜ耳が熱くなるのか。

そのすべてが、巴には分からなかった。


「いやまぁ……好きだけど。親友だと思ってるよ」


寅之助は顔を赤くしながら、目を背けた。

その様子にアリシアは距離を容赦なく詰める。


「小学生みたいな誤魔化し方してんじゃないわよ!女のコとして好きかって聞いてんの!」


「な……なんだ急にお前は?何を根拠に……」


アリシアは指を寅之助へと突き付けた。

その権幕に、身長175センチ、体重90キロの寅之助が後ずさる。


「最近、巴からはそうでもないのにアンタから巴への距離が5センチ遠い!」


「メイウェザーかオメーは!?」


寅之助は驚嘆する。

確かにあの『アトロシタス』との事件の後、寅之助が巴に、女性としての好意を抱いていたのは事実だった。

それ故に、かつてのように距離を詰める事に、僅かに抵抗を覚えていたのも事実だ。

だがそれを、この少女に見破られるとは。

距離感を図ることが重要なボクシングでも始めれば、この少女は大成するのではないか、そんな場違いな考えさえ脳裏によぎった。


「で、どうなの?はっきり言えコノヤロー」


隠れている巴の心臓が、ますます高鳴った。

心臓が打ちすぎて、痛みさえ感じる事があるなど初めて知った。


「……お前にゃ関係ねぇだろ」


「ありますぅー巴は私の友達ですぅー」


アリシアは一歩も引かず、逆に寅之助は後退していた。

自分をここまで引かせた相手はそうはいない、そんなことまで寅之助は考えていた。

そしてついに観念する。


「まぁ……好きだよ」


寅之助は顔を真っ赤にそめ、一方のアリシアはつまらなそうにうなだれた。

そして隠れて聞いていた巴は、呼吸が止まった。


「はぁ……やっぱり。こんな事になるんだったらもっとアンタら仲悪くなるよう離間の計をもっと仕掛ければ良かった」


「俺が言うのもなんだがオメーもだいぶ人間に問題があるな……」


「だって巴はもっとイケメンと付き合って欲しかった!!」


「顔はほっとけ」


こうまではっきり言われると、逆に寅之助は怒る気もなくなるものだと発見する。

一方でアリシアはますますギアを上げる。


「で!とっとと告白しなさいよ!」


寅之助は大きくため息をついた。


「そもそも俺が好きなだけだ。アイツが俺の事どう思ってるなんか分かんねぇだろ。お前みてぇにツラの良い奴が好きかもよ」


巴は聞きながら思う。確かに、自分は寅之助の事をどう思っている?

まともに集中できぬ脳をフル回転させる中、その答えは外から飛び込んできた。


「好きに決まってんでしょうがこのチンカス!クソバカ!ラドンの餌みたいなツラしてからに!」


「メガヌロン扱いは流石に傷ついた」


「じゃあ脱皮したかったらとっととコクれ!」


寅之助は軽く不快そうに顔を歪めた。

怪獣に形容されるのもむべなるかな、そんな迫力のある顔であった。


「お前の意図が読めねーし読む気もないけどな、俺にだって俺なりのペースがある」


それでもアリシアは全く引かない。


「何?まさかビビってんの?関係を壊すのが怖いーとかいって」


アリシアがおどけて、全く似ていない寅之助の口真似をするが、当の本人は不適に笑うだけであった。


「そう見えるか?」


「……ムカつくけど、見えないわね」


「流石、よく見てるよお前は」


寅之助は笑みを崩さぬまま、肩をすくめる。まるで人を食うフランケンシュタインの大怪獣が如く、堂々とした態度であった。

するとアリシアは、今度は毅然とした表情で口を開いた。


「だったらあの子を開放しなよ。分かってると思うけど、あの子めちゃくちゃモテるからね?あんだけキレーな顔してるしさ。それでも男が寄ってこないのはアンタが一番近くにいるから!」


「おっと……」


大怪獣はたたらを踏んだ。

アリシアの正論というメーサー砲が、大怪獣トラノスケを焼いた。

寅之助は小さく息を整える。


「……これから言う事、絶対に誰にも言わねえって約束できるか?」


「え?あー、オーケーオーケー!アリシアちゃんの口は茹ですぎたマカロニより硬いから」


「やっぱダメだ」


そういって寅之助が踵を返そうとすると、アリシアは慌てて腕に縋りついた。


「ごめんごめん、真面目にやるから!なんかどーしてもフザけたくなっちゃうタチなの私!」


「大丈夫かなホントに……」


寅之助は不審な目でアリシアを見る。

しかしそれでも、このいかにも信用のおけない巴の友人に対し観念すると、寅之助は服をめくりあげて、自分の素肌を見せた。


「……何?私に対する性的なアピール?」


「ちげーよバカ。お前、この傷の意味が分かるか?」


服を着ていれば表へと出ない場所にのみ、いくつも存在する点状の引きつった痕。

アリシアは首を傾げた。


「……マイケル B ジョーダンに憧れてる?」


「面白かったなブラックパンサー。……まぁ、分かんねぇならそれはそれでいいよ」


寅之助は服を閉じた。

まだアリシアは首をしきりにかしげている。


「俺はな……本音の部分じゃ巴の奴隷になりてぇんだよ」


「……は?」


隠れて聞いている巴は、胸が痛んだ。つい先日聞いたばかりの話。

管理したい巴と、管理されたい寅之助。万全で対等だと思っていた二人の間にあった、歪んだ絆。


「いや……ちょっと重たいんだけど」


「もう逃がさねーぞ、話を始めたのはテメェだ。……とにかく、俺は本音の部分じゃそういうカスみたいな事を考えてるんだよ」


奴隷には奴隷の安心がある。

恥ずべき依存心が、寅之助には存在した。


「でもな、それじゃあダメなんだよ。俺はいいさ。でもきっとこんな考えで居ちゃあ、アイツを駄目な人間にしちまう。彼氏って関係になるなら猶更だ」


アリシアの顔には後悔が浮かんでいた。

もっと安直な男女関係と勘違いして踏み込んだ、その報いを味わっていた。


「だから、俺自身がアイツと対等になれたと納得できるまでは……好きだって事は伝えない」


決意に満ちた顔であった。

アリシアに分かったのは、この二人には単なる男女交際ではない、もう少し重い何かがあるという事だけであった。


「……でも、それじゃ巴が可愛そうだよ。あの子さ、自分じゃ気づいてないだけで絶対にアンタの事が好きだよ?」


すると、寅之助は笑った。


「デリカシーの無いアレな女だが、お前も悪いヤツじゃねぇな。見直したよアリシア」


「いや、私はいいから、どうでも」


「俺に言えるのは、可能な限り急いでるってだけだ。あいつと早く並べるようによ。そこだけは誠実に約束できる」


僅かに寂しそうな眼が獣に浮かんだ。

一方でアリシアは口角を下げ、やはり不満げな様子であった。


「アンタさぁ、もし余裕こいてるつもりなんだとしたら改めなよ?世の中広いんだから、アンタよりも何倍も良い男があの子をかっさらっちゃうかもよ?」


「巴が巴の意思で、自分の好きな男を選ぶって事か?たまたま俺じゃないだけで。……それは俺にとっても幸福な事だよ」


そうなれば、自分の胸に大きな穴が開くだけだ。それは巴とは関係がない、とは言わなかった。

巴が自分の意思で選んだ男性なら、それはきっと、間違いのない相手だ。

寅之助に言えるのは、好きになった女性には幸福で合って欲しい、それだけの話。


「……恋愛映画見すぎなんじゃないの?」


「ああ、面白かったなギャレス版のゴジラ。もういいだろ?じゃあな」


それだけ言うと、寅之助は踵を返した。

その背中をただアリシアは見送っていた。


「まさかこんな重い話されるとは思わなかったなー……私も帰ろ」


頭を掻きながら、アリシアもまた寅之助が去って行った方向へと足を向けた。

その時であった。がちゃり、と滑車が回る音がした。


「えっ!?」


その音に驚いてアリシアが振り向くと、そこには真っ赤な顔をして、台車を押している巴の姿があった。

いつもの無表情ではない。ただただ感情の定まらぬ顔が、そこにはあった。


「……いつからいた?」


「……最初から」


石川、ごめん。そう心の中でアリシアは呟いた。






「まぁさ、ぶっちゃけアンタもどうなのよ、石川の事」


「勝手に好きだと決めたくせに……」


二人はベンチに座り、自販機で買ったコーヒーを飲んでいた。

巴はいつもの無表情に戻っていたが、それでもやはり、耳だけが赤い。


「それは悪かったけど……でもさ、その気がないなら言ってあげなよ。あいつ、なんか凄い本気じゃん」


「……わ、分からない。だから、論理と構造で考える。考えているのに、いつものように纏まらない……」


巴は目をグルグルと回しながら、必死になって考えていた。

しかし高熱にうなされた時のように、思考が集中さえできない。そんな友人の姿を見て、アリシアはため息をついた。


「こんなもんに論理も何もあるわけないでしょうが。アンタ、石川が好きだって言ってたの聞いたんでしょ?どう思ったの」


息が詰まった。

巴は正直にそう答えようとして、声が出なかった。

そして何度も何度も声を出そうとして、やっと絞り出せた。


「嬉しい……っ」


頭の中にある言葉と、別の言葉が出ていた。

そしてその言葉が肺を震わせ言語化された時、言葉通りの嬉しいという感情が、押さえても押さえてもあふれ出していた。

武蔵野 巴という人間が14年間生きてきて、感じた事の無いほどの多幸感が全身に行き渡っていく。


「うっわ……顔が溶けてやんの」


アリシアにそう言われたのを聞いて、巴は自分が表情をだらしなくしている事に気づく。

慌てて顔を無表情に戻そうとするが、どうしても口元がにやけてしまう。


「あーあ……決まりか。私、アンタにはもっとイケメンと付き合って欲しかったなぁ」


「それ、良く分からない」


「だって勿体ないじゃん!こんな美女がよ!あんな本当にメガギラスみたいなツラしてるヤツの毒牙に……」


アリシアは大きくため息をついた。

本当に、心底嫌がっているようだった。それを見て、ある反論が巴の中で浮かんだ。しかしそれは抑え込む。


「何?」


「別に」


寅之助よりもカッコ良い男の子なんていない。

流石にそれを口に出すのは、はばかられた。










数日、あるいは数時間後。

ピンクのメッシュを入れた女子生徒が、読書をしている巴へと声をかけた。


「武蔵野さん、ちょっといい?」


「何かしら?」


巴は本から目を離して、わずかに口角を上げる。

綺麗な顔だな、そんな事を女子生徒は思うが、それでもひるむことなく言葉を続ける。


「あの……寅之助くんと付き合ってないって、本当ですか?」


周りで聞き耳を立てていた生徒たちは、一斉に想像する。

いつものように涼しい顔でさらりと『付き合っていない』と答える巴の姿を。

しかし今日ばかりは、違った。


「ええ……付き合っては……ないわ」


たどたどしい言葉と共に、彼女の耳が真っ赤に染まる。

その様子に、視線が一斉に巴へと集まる。


「えっ」


「やっとか」


「やっぱりダメだったか……」


そんな小さな声が周囲から上がった。数人の男子からは怨嗟の声も漏れる。

そしてメッシュの入った女子生徒は、がっくりと項垂れる。

アリシアの言う、半年遅いとはこういう意味か。

すると、教室のドアが音を立てて開いた。


「フフフン、フフフン、フフフとフフフフフ……何だ?」


鼻歌交じりで教室へと入ってきた柔道男に、教室の視線が集中する。


「な、なんだよ?」


そしてすぐさま視線が解かれる。

その様に寅之助は首をかしげる。


「なんなんだよ、一体……」


困惑する寅之助をよそに、メッシュの入った女子生徒はトボトボと歩いて、教室から出て行ったのであった。


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