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凛として咲く獣-23

病院のエントランスにて、一人の美しい黒髪の少女が長椅子に座っていた。

彼女の視線は、そこにある巨大な空間投影型のモニターに注がれている。

そこでは、ここネイモアシティのニュースが流れていた。


『……それではニュース特集のコーナーです。本日の特集は、現在、北太平洋自治州で勃発している、反社会的勢力にまつわる一連の事件に関してになります。社会部のフェリスさん、お願いします』


女性キャスターが朗々と内容を読み上げた時、その少女こと武蔵野巴の体が、ごくわずかに震えた。

モニターの中では、キャスターに代わった記者が事件を解説する。


『はい、まずこれは北太平洋自治州の海上人工都市ネイモアシティにて、そこを拠点とする『アトロシタス』と呼ばれる反社会的団体の内部抗争が最初の発端になります』


いくつも知る言葉が出るたびに、巴の心臓は大きく波打った。

エントランスで待つ他の患者や、その家族たちも、視線を一斉にモニターへと注いだ。


『前任の『アトロシタス』のリーダーが死亡し、後継者を巡って組織内で抗争が勃発。構成員や市民を問わず、多数の死傷者が発生しております』


死傷者。

その言葉に、巴は僅かに顔を歪めた。


『状況が大きく変わりましたのは2週間前、ネイモアシティ在住の医師が、勤務先の病院を告発してからになります』


あの医師は、黒手先生は約束を守ったのだな、と巴は感慨深くなる。

巴はあれ以来、彼とは一切の連絡を絶っていた。

告発のタイミングも完全に彼に任せていた。信頼していいと思っていたからだ。


『勤務先の病院が『アトロシタス』のマネーロンダリングを担当し、のみならず医療費の不正な水増し請求や、なんと人身売買にも関わり、反社会団体の資金源になっていたという告発を地元警察に行いました。これだけでも十分驚きですが……』


モニター内の記者はあくまで冷静に、しかし興奮を隠せないといった面持ちで言葉を続ける。


『この医師とはまた別に、匿名の告発がですね、ネイモアシティ警察や、我々SHKを含む大手マスコミになされました』


『匿名、ですか』


『はい。なんとですね、ネイモアシティ警察内部や、州公安委員会にですね、『アトロシタス』の内通者がおり、その内通者のリストが、かなり詳細な証拠と共に送られてきております』


当然だ、と巴は思った。

匿名である以上、相手が疑問に思う内容などは事前に想定し、根拠付きで送付しなければならない。

でなければ証拠としての能力が薄くなるからだ。


『証拠の中には、磁壊獣戦争中の軍用パワードスーツの流出なども含まれており、規制科学流用事案との事で、なんとバルク科学隊の捜査・介入が始まった事が先日の会見で明らかにされました。本日の特集では……』


『アトロシタス』の乱闘の後、巴は悠々と『オーナー』のPCに潜入し、犯罪の証拠を片っ端から吸いだした。

それらを整理し、収拾できる限りの証拠と共に、各マスコミと警察へと送付した。

それに合わせて、巴が作ったスタン警棒やARゴーグルなど、巴と寅之助に繋がりそうな物品の一切を、その日に着ていた下着に至るまで一切を処分した。


また前後して、『オーナー』からの報復を1度受けたが、迎撃は簡単だった。

『アトロシタス』の乱闘の後、寅之助はすぐさま巴の指示に従って身を隠した。巴の身元は辿る術がない。となれば居場所が分かっている、寅之助の祖父が入院している病院を襲撃するしかない。

トラップまみれになった病院へと誘い込まれたギャングたちは、文字通り一網打尽となった。


その後は内紛の本格化と、黒手医師の告発によって『オーナー』たちも寅之助たちに構う余裕も消え、そして現在に至るというわけであった。


「悪い、受付が混みまくっててよ、時間がかかっちまった」


巴の背後で、突然に声がした。

振り返るとそこには、分厚い肉体と剃り込みの入った坊主頭の少年がいた。

石川寅之助であった。


二人は連れ立って病院の廊下を歩く。受付で告げられた番号の病室にたどり着くと、引き戸をスライドさせた。

そこでは四人部屋の病室で一人、ベッドで本を読む老人の姿があった。

入院先が変更になった、寅之助の祖父であった。


「おうジジイ、来てやったぞ」


「石川さん、ご無沙汰しております」


二人が声をかけると、老人は顔を上げ、皺だらけの顔をさらにしわくちゃにした。

巴をベッド脇の丸椅子に座らせ、寅之助は立ったままだ。


「全く、突然病院を変われと言われた時は驚いたよ。まさか巴ちゃんが言っていた事が本当だったとは。おかげで治療費はタダだが」


しばらく談笑していたが、会話の内容がついに入院先の変更へと至った。

そして二人は顔を見合わせ、頷いた。


「ようやく、何があったかこの爺にも教えてくれる気になったかね?」


その様子を見て、寅之助の祖父もただ事ではない気配を察した。






「……まずは、そうだな。信じられんというのが正直な感想だよ。中学生がたった二人で、ギャングを一つ、おっ潰してしまったなんて」


巴は、すべてを包み隠さず話した。

寅之助が店を守るために『アトロシタス』で戦っていた事や、病院の医療費の不正請求。そしてそこからのギャングとの闘い。

この老人には、すべてを知る権利があった。


「だが、お前さんたち二人なら、できても不思議ではないという納得もある。こんな嘘を言い出すほど馬鹿でもなけりゃ、巴ちゃんが事前にその話をしていた状況証拠もある。全く、とんでもないガキ共だとは思っちゃいたが、まさかここまでとは……」


そういって老人はため息をついた。

その感情はうかがい知れないが、少なくとも良い気分でなさそうなのは、確かであった。


「寅之助、巴ちゃん。本当ならここから2時間は説教をする所だ。とくに巴ちゃんは頭がいい。ウチのバカ孫と違って、あんたならその理由は分かるね?」


「……はい。法をいくつも犯し、大勢の人間を傷つけ、そして自らの身を危険に晒しました」


「ご家族はこの事を?」


「とても、言えません」


巴は沈痛な面持ちで首を振った。その様子を見て、祖父は再びため息をつく。

そして今度は、寅之助を指で呼んだ。


「なんだい爺さん」


そういって寅之助が顔を近づけると、老人の鉄拳がその顔を殴打した。

老いて病んだとはいえ、かつての軍人の拳は、強烈な威力を伴った。


「っ……!」


肉が肉を打つ音に、巴は身をすくめた。

もはや暴力になど慣れたと思っていたが、この拳には、また別格の威圧感があった。


「……病院でケガ人を増やすなよ」


「タフぶっとる場合か、このバカ孫が!お前、自分が何をやったのか分かっとらんのか!」


寅之助は殴られた頬をぬぐった。

拳よりも、その言葉に痛みを感じた。


「いいか?お前はな、形はどうあれギャングの商売に加担し、巴ちゃんを巻き込んだ!店を守るため?お前は人とモノ、どちらが大事か、その区別もつかんのか!」


祖父の怒りの形相に、寅之助は辛そうに視線を外した。

巴もまた、肩身が狭そうに視線を下げる。


「ごめん……」


「お前が自分を犠牲にして、あの店を守ったら、私が喜ぶとでも思ったのか!?お前はそんな事も分からんのか!」


「ごめん……ジイちゃん、ごめん……」


寅之助の目から、一筋の涙がこぼれた。

その様子に、寅之助の祖父は、これまでで最も大きくため息をつく。


「とはいえ、私も助けてもらった身だ。あまり強くは言えん。……全く自分が情けない、こんなバカに孫を育てたとは」


祖父は自らの顔の目の前で、手を軽く開閉させた。

脳梗塞の後遺症はほとんど残っていないが、それでもわずかばかりの違和感があった。


「もういい、済んだ事だし、二人とも反省をしとるだろう。それに何より、自分自身のやったことを思い知らされるはずだ」


「え?」


「言わんでも、すぐに分かる。ただ、そうだな……二人とも、いいか?」


「ああ」


「はい」


寅之助と巴は頷き、背を正して老人と向き合った。


「巴ちゃん、あんたは頭がいい。寅之助、お前は強い。二人とも普通じゃないし、恵まれている」


そういうと、老人は一拍置いた。

そして大きく息を吸って、切り出した。


「今回、私の身に起こったようなことは、世間にありふれている。この世界じゃ、どこでも起こっている。そして私のように救われる者は、ごくわずかだ」


寅之助と巴は、今回の件で関わった人々を思い出していた。

ユラ、黒手医師、ホームレスの老人、そして巴と寅之助が打ち倒した大勢の相手。

踏みとどまれた物もいる、しかし大半が奈落へと堕ちて行った。そしてその堕ちた先で構成されたものが『アトロシタス』なのだ。


「お前たちは特別だった。だから何とかなっただけだ。その意味をよく考えて欲しい。今はまだいい。だができれば……自分の為だけに生きていくような、そんな大人にはならないでくれ」


二人は静かに、そして強く頷いた。








「ずいぶんと怒られちまったな」


「当然よ」


二人は連れ立って病院を歩き、そして来た時と同じように受付を済ませる。

行きとは違い、手早く手続きを済ませた寅之助が戻ってくる。


「どうする?蕎麦でも食いに行くか?」


「そうね……」


巴が応えようとした時、エントランスの巨大モニターが目に入った。

その視線を追って、寅之助もモニターに目をやる。

巴は、無意識に寅之助の服の裾を掴んでいた。


『えー、今入ってきた続報です。反社会的団体『アトロシタス』の内部抗争を行っていた中心人物の一人である、ドナルド・ハモンドが、死体で発見されました』


モニターに顔写真が表示された。その顔は、寅之助が働いていた店の『オーナー』であった。

巴は口を押えてトイレへと駆け込み、一人残された寅之助は、ただ黙ってモニターを睨みつけていた。







ちゃぽん、と音を立てて、花束が海へと投げ込まれた。

巴と寅之助は、ネイモアシティの沿岸部へと来ていた。

二人は互いの手を握りしめ、ただ黙って、海を見つめていた。

ネイモアシティの拡張工事の音が、遠くから響いていた。


「……第6ブロックの拡張工事が進むそうよ。これで日照量もずいぶんマシになる」


「そうか」


「それと並行して、ここに科学隊の支部が出来るって。治安も良くなるでしょうね」


「そうだな」


巴は努めて冷静に、感情を感じさせぬ声で、淡々と語った。

だが寅之助がしっかりと握ったその手は、震えていた。


「人間は火のついたネズミ花火じゃない。知性と理性を備え、自らを向上させる事を是としている。だから世界は良くなる、絶対、絶対に……」


手だけではなく、声までも震えだした。


「私が……殺したっ……」


「やめろ、頼む、やめてくれ……!」


寅之助は巴を抱きしめた。その華奢な肩が震え、体が冷たくなっている。


「こうなるのは理解できていた……!それを分かって誘導した論理的帰結!でも分かっていたのに……それが、感情が、怖い!」


「悪くねぇ!お前はなんも悪くねぇ!お前は俺を救ってくれただけだ。悪いのは全部……俺だ!」


「私は……偽善者だ……!」


「お前は偽善者なんかじゃない。偽善者なんかじゃないんだ……!」


寅之助は自分の愚かさを呪った。もっとうまく立ち回れたはずだ。

この少女の震えを止めるためなら、何だってやれる。今すぐにでも自分の首だって折れる。だから震えを止めてくれ、ただそれだけを強く願った。


「……警察へ、行きましょう。私たちが少しは良くしたはずの、警察へ」


「……ああ」









「おはよー」


「おはようございます」


週が明け、サマーズ中学の教室へと生徒たちが登校してくる。

そこへひときわ目立つ生徒が、教室へと入ってきた。


白磁のような美しい肌に、艶のある長い黒髪。フチの無い眼鏡が清涼な印象と、その知的な雰囲気を強調する。

凛としたすらりと立ち姿の、美しい少女であった。

教室の視線は、嫌でもその少女、武蔵野巴へと集中する。


「おはよう」


同世代の少女たちと比較すると、やや低い声であいさつをする。

いつものように彼女の後ろの席の、友人のアリシアが声をかける。


「……あんた、老けた?」


「言い方」


アリシアは怪訝な顔をして、声をかけた。

巴は苦笑するが、いつもながら彼女はどこか本質を突くなと内心で驚く。


巴と寅之助は、警察へと出頭した。

そして全てを話した。

しかしながら警察やマスコミに匿名の証拠を送った直後に、自分たちに繋がりそうな痕跡の一切を消去していた為に、物的な証拠が残っていなかった。

そして何よりも二人の中学生がギャングを壊滅させたという荒唐無稽さ故に、悪質なイタズラとしか判断されなかった。

彼らは警官から説教を受けた後、調書さえ取られずに、放逐されたのであった。


もうそろそろ、朝のホームルームが始まるという時であった。

教室の扉が開いた。


「あっ」


アリシアが声を上げた。

もう一人、巴と同じように目立つ生徒が入ってくる。

大小の傷跡が刻まれた顔や腕、剃り込みの入った坊主頭。

鍛えられた分厚い肉体。

人を食った虎のように、凶悪で暴力的な顔。


それでいてどこか、人好きのする愛嬌をにじませた少年であった。


教室の視線はやはり、嫌でもその少年へと集中する。


「はよざっす、巴」


「おはよう、寅之助」


少年の顔は、笑っていた。



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