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凛として咲く獣-22

「ないなぁ。どこに行っちゃったんだろう?」


タンクトップを着た男児が、机の下を覗き込みながら声を上げた。

その背後で高価なキッズドレスを着た女児が、冷や汗を流しながらクローゼットの中を探す。


「ごめんねぇ、トモちゃん。一緒に探してもらっちゃって」


その男児は、エメラルドに光る人型戦闘ロボットのオモチャを、手に持っていた。

そのロボットの拳から先が、無い。

いつの間にか、気づいたら紛失してしまっていた。


「いいいい、いいの。トラくんの大事なものだもの」


目を泳がせながら、『トモちゃん』は答えた。

『トラくん』は、彼女が冷や汗をかいている事も、目が泳いでいることも、一向に気づいていなかった。

二人は紛失したロボットの拳をずいぶんと探したが、結局は見つかる事が無かった。


「……うーん、もういいよ」


「え?でも、お爺さんに買ってもらった大事なオモチャなんでしょ?」


「でもあんまり遅いとトモちゃんのおかーさんが心配するよぉ。おれ、送っていくよ」


『トモちゃん』は何事か言い出そうとするが、結局は言い出せずに口ごもった。

それを『トラくん』は彼女の善良さから、自分事のように悲しんでくれているのだと勘違いした。


「探してくれて、ありがとう。トモちゃん」


『トラくん』は満面の笑みでそういった。





「うおおおおおおおっ!」


筋骨隆々の坊主頭の少年が、雄たけびを上げる。

そしてその拳が、コスモ・マグネシウム製の重装甲に突き刺さった。

ドラを鳴らしたような轟音が響く。

しかし、その拳を受けたパワードスーツは微動だにせず、ゆっくりと腕を振り上げた。


「あー……ダメだ、こりゃ」


その少年、石川寅之助は間抜けた声を上げた。


「効くわけないでしょ、おバカ!」


黒髪の少女は叱責をしながら、床に落ちていた拳銃を拾う。

ギャングたちが使っていたものだ。

既にホール内のビーム攪乱幕は拡散するか、床へと落下している。

その少女、武蔵野巴はトリガーを躊躇なく引いた。パワードスーツの頭部にビームが着弾する。


「うわっ!このメスっ!!」


『オーナー』は侮辱的な言葉を吐きながら、振り上げた手を寅之助へと落とす事なく、とっさに顔を庇う事に使った。

パワードスーツの頭部装甲は、拳銃程度ならば十分に防御可能であったが、彼はそれでも恐怖を感じたようだった。

そしてその隙に寅之助はパワードスーツから距離を取る。


「こんなものではダメか……」


「なんか鉄砲、使い慣れてねぇ?」


「気のせいでしょ」


巴は全弾撃ち尽くすと、つまらなさそうに拳銃を投げ捨てた。その隣へ、逃げて来た寅之助が並ぶ。

二人は『オーナー』の未熟な動きのおかげで、何とか戦う事が出来ていた。しかしこのままでは水漏れしたバケツが空になるように、いつかやられるのは明らかだ。

巴は拳を握りしめた。


「……私が信じてくれと言ったら、信じる?」


「疑った事がまずねぇな」


寅之助の言葉に、巴はバツが悪そうに首元をさすった。


「……ごめんなさい。昔、貴方のロボットのオモチャの手を無くしたの、あれ私」


「超合金DXマグネ・ガードナー?」


「そう超合金DXマグネ・ガードナー。なんか本当に電磁石の切り替えで拳が発射できるヤツ。どこかに飛んでいっちゃって」


寅之助は口をへの字に曲げた。


「おっ、おまっ……まぁ、いい。ありゃどっちかって言うと良い思い出だしな」


「え?」


「覚えてないのか?それよりも、なんだよ?」


「私はこの場から去る。貴方は私が戻ってくるまで、時間を稼いで頂戴。どれだけかかるかは未知数」


巴の言葉に、寅之助は喜色満面の笑みを浮かべた。


「なんだ、そんだけか?その程度で信じる、信じないだの大げさなんだよ。何時間だろうと稼いでやるよ、『トモちゃん』」


そういって寅之助は、巴の前に立った。

山のような、大きな背中が巴の眼前に会った。


「ありがとう、『トラくん』」


寅之助は、自分の背後にいた少女の顔を見ずとも、はにかんだのが分かった。

それだけで、全身に力が満ちていくのが分かった。


「行けッ!!」


寅之助の声がスイッチになったように、巴は駆け出した。

彼女の健脚は出口ではなく、その逆方向のバックヤードへと走り出していく。


「ガシィィィ!この馬鹿メス!ガシィィィ!」


奇声を上げながら、巴を追おうとするパワードスーツの動きが止まる。

寅之助が、パワードスーツの片足を抱え込むようにクラッチしていた。


「テメェ、マジで大概にしとけよ。さっきからメスだのなんだのと、女性に敬意とか以前に物言いが論外なんだよ」


寅之助は怒気をたぎらせて、パワードスーツの膝を引いた。

足を押さえたまま膝を引くと、人体の構造上、ぱたりと膝が折りたたまれる。

パワードスーツであろうと人体の構造を模す以上、それは例外ではない。


「ガシィィィィ!?」


『オーナー』は悲鳴を上げた。そして無理に倒れるのをこらえたせいで足首を痛める。

その隙を寅之助は見逃さない。

倒れたパワードスーツへと足関節を敢行する。柔道では『足絡み』としてひとくくりにされるが、狙うのは膝ではなく足首。

ヒールホールドだ。


「極めっ……!?」


しかし寅之助には一つ、計算外があった。

装甲に覆われたパワードスーツは、生身の人間よりもはるかに四肢が太い。そのために僅かに組むのに手間取る。

そして同時に、『オーナー』は恐怖から足をじたばたと動かした。

格闘技としては論外の行動、しかしパワードスーツにより増幅された脚力は、その行動を最適解へと変えた。


「がふっ!?」


振り回した足が、寅之助の顔に当たった。

90kgを超える巨体が弾き飛ばされ、そしてホールの床の上をゴロゴロと転がった。


「フーッ、フーッ、フーッ、バ、バカが!バァーカ!キャハハハハ!」


声変わり前の子供のような甲高い声を上げ、『オーナー』は笑う。

とっくに成人を迎えた男性が、よくこれほど高い声で良く笑えるものだと、立ち上がりながら寅之助は思う。


「あ~、ミスったな。稽古が足りねぇとこういう痛い目を見るもんだ」


たった一撃で、寅之助の顔は痛々しくはれ上がっていた。

とめどなく溢れる鼻血が、寅之助の服を真っ赤に汚す。


「とらのっ……!」


その様子に、ちょうど扉まで到達した巴は気づく。

しかし苦汁の表情を見せ、バックヤードの扉を開けてホールから出た。


「ガシィィィィ!アハハハ!メスに逃げられてるじゃんお前!何が女に敬意だ!どうせチンポ挿れたいだけだろ!?カッコつけるからだバァカ!!」


醜悪で幼稚な物言いに、寅之助は顔を歪めた。

元より好感など持てぬ男ではあったが、戦い始めてからさらに幼児化しているようにさえ思えた。本当にこれが40を超える男だろうか。


「ま、アンタには理解できねぇだろうな」


もし巴が逃げたのなら、本当にそれでいいと寅之助は思っていた。

彼女の身を守れるのならば、それでいい。だがそう思えるのは、彼女がここで逃げるような人間ではないからだ。

その矛盾した想いを、この幼稚な男に理解させようとは思わない。


「暑いな……」


寅之助は独り言ちると、上着を脱いだ。

古傷。新しい傷。そして今できたばかりの傷。

新旧大小の傷が刻まれたその肉体は、彼の人生そのものだ。


「来いよピーターパン症候群。海賊より柔道家の方が怖いって教えてやる」


両足を肩幅に開き、わずかに半身を取る。

背筋を自然体に伸ばし、軽く腰を落とす。

両手を開手で揃えたその構えは、柔道の構えだ。


「死ね!死ね!しねええええええ!」


パワードスーツ背面の、電磁推進スラスタが煌めいた。

先ほど見せた、店の床にクレーターを作った突進を再度仕掛けるつもりだ。

だが寅之助は、避けるそぶりを見せない。


「柔道ってのは、元は戦場格闘技だ。戦国の世に、『鎧を着た相手』を素手で制すための技術」


『オーナー』の、パワードスーツによる爆発的な突進が迫る。

だがその動きには、一つの致命的な欠点があった。

格闘技経験のない者がパンチをする際に、必ずしてしまう事。それは腕を振り上げて殴りかかる事。

俗にテレフォンパンチなどと呼ばれる、打撃のタイミングを相手に知らせる幼稚な打撃。

そのパンチがどれだけ重く、早かろうと、その打撃を見切る事は、格闘技経験者ならば容易い。


「死ねぇっ……!?」


『オーナー』こん身の打撃は、いとも簡単にスカされた。

寅之助は息を吐きながら、後ろへと倒れ込むように避ける。そしてその回避は、流れるように攻撃へと変化する。

襟と袖の代わりに、パワードスーツの腕と首を抱え、そして突進の勢いをそのまま利用する。


「あっ!?」


事ここに至って、ようやく『オーナー』はパンチを避けられただけではない事に気づく。

柔道のもっとも有名な捨て身技、巴投げだ。


「ふううっ!」


寅之助は蒸気機関のように呼気を吐きながら、技へと移行する。

『組み』も『崩し』も完璧。最後は蹴り上げるだけ。しかしパワードスーツのパワーと重量が、その最後の手順を阻む。

だが寅之助は不適に笑って見せた。


「失敗はしねぇさ!あいつの名前が付いた技だ!」


片足でなく、両足でパワードスーツを蹴り上げた!

五輪金メダリストの角田夏実などが得意とした、両足での巴投げが凛として決まる。


「ぎゃうっ!」


投げ飛ばされた『オーナー』は、背中ではなく頭から落ちた。寅之助がそうコントロールしたのだ。

これはパワードスーツの重量と、装着者の体重を合わせただけの重量で、頭を殴られるようなものである、

敵が身に着けている鎧の重量を、そのまま着用者を殺傷する武器へと変える。これが柔道の投げというものが、元来意図していたものだ。


「ふーっ、しんど……」


寅之助は立ち上がり、両膝に手をついて息を吐いた。

重量だけでなく、パワードスーツ自身の勢いで大地へと激突したようなものだ。

スーツは無事でも、中の装着者はただでは済まないはず。そんな淡い期待を込めて投げ飛ばされたスーツへと視線を送る。


「……あああ~っ!痛いっ!痛いっ!死ぬっ!死ぬぅぅぅ!」


「ダメか」


寅之助はため息をついた。

パワードスーツが装着者の動きをトレースし、鋼の巨体がホールの床の上でジタバタと暴れた。

まるで駄々をこねる子供のように、元気よく手足を動かしていた。

そしてしばらく動き回ると、ゆっくりと立ち上がる。


「おまええええええ!暴力ふるう気か!このクズ!クズクズクズ!!」


「ああ、そう。元気一杯ッスね。現代のショックアブソーバの技術ってのは凄いな」


目の前に迫る巨体に、寅之助の闘志は、尽きはしない。

幼少期の両親、街の構造、そして運命。いつだって彼は自分よりも巨大な敵と戦ってきた。

その貌は、嗤っていた。








バックヤードへと入った巴は、『アトロシタス』の従業員通路を疾走する。

彼女は、とあるものを探し求めていた。


(私の推測が正しければ……!)


巴の推測はこうであった。

あの『オーナー』は、初めてパワードスーツを動かしたように見えた。

明らかに不慣れでぎこちない動き。

で、あれば当然、絶対にあるはずの物。

この店の、オーナーの自室に高確率で存在するもの。

巴はARゴーグルが表示する道案内に従って、オーナーの自室へ向かって走る。


「世の中、何が役に立つか分からないものね」


巴は本来、資金操作の工作を行うために、この店へと潜入する予定だった。

それをするまでもなく、内紛が始まったために取りやめたが、それでも潜入の準備は終えていた。

この店の構造の把握はその一つだ。

それにより、巴は一切のロスなく、最短でオーナーの部屋へと向かう事が出来ていた。


「ついた!」


息を切らして、巨大な扉の前に巴は立った。

おそらくはパワードスーツを搬入するためだろう、無駄に巨大な扉であった。

そしてその扉には、簡易なボタン式の電子キーが備わっていた。


「バカにして……」


巴はそう呟き、リュックからブラックライトを取り出し、電子キーに光を当てた。

するとキーのボタン上に指紋が浮かび上がる。

指紋が集中しているボタンを順番に押すと、音を立てて鍵が開いた。


「不愉快だわ……!」


巴は吐き捨てた。

こんな簡易な電子キーなど、無いも同然だ。

いまの巴のように本気で侵入する気があるのならば、このように簡単に開錠できる。

これが一般の家庭や企業ならばいいだろう。だがギャング組織という、明確に敵対者が想定できる団体で、これはあまりにも不用心だ。


「こんなバカな連中に、大勢の人間の人生が狂わされたの……!?」


悲痛な、もはや悲鳴のような声で、巴は絞り出した。

もしも『アトロシタス』が適切な備えをしていたら、なんの背景も持たない巴と寅之助では歯が立たなかったはずだ。

巴の嫌悪する、不整合と非論理そのものであった。


「……あった」


扉を開けて部屋へと入ると、巴の求めるものはあっさりと見つかった。

マホガニーの机の上へと投げ捨ててあった。


「今時、紙文章とはね」


巴は机の上の、黄ばんだ冊子を手に取った。

彼女が探していたもの、それはこのパワードスーツのマニュアルであった。

戦時中の新兵に向けて配られたものを、オーナーがコレクションしていたのだ。


「さて、やはりパワードスーツの初心者という推測は当たっていたわけだけど……」


着用さえすれば、その機能がおおよそ動作するパワードスーツと言えど、初めての人間であれば電源の入れ方さえ分からない。

その電源の入れ方から着用の仕方まで、懇切丁寧に説明が書かれていた。


「どのページ……?」


巴はマニュアルの目次から、必死に求めるページを探す。

数秒後。

求める情報が見つかった。それを一読するだけで手順を記憶し、マニュアルを閉じる。

そして巴は、慌ててきた道を駆け戻るのであった。





「ぐうっ!」


その体が宙を舞うのは、何度目か。

舞い上がった寅之助がホールの床に落ちる。そしてまた、立ち上がる。


「はー……はー……あああああ!しつこいんだよぉぉぉぉ!」


不快な甲高い声がまた響く。

『オーナー』は、疲れてきていた。パワードスーツと言えど、入力のためには手足を動かす必要がある。

そもそもが十分に訓練された兵士の、さらなる身体拡張を目的に開発されたものだ。

暴力に憧れる幼稚な中年男性を、手軽に強くするためでは、無い。


「どうした、我慢が足りねぇな。パパとママに躾をされなかったのかい。俺はされなかったな」


寅之助はそういって不適に笑って見せた。

全身にはいたるところに裂傷と打ち身ができ、内出血で全身が青黒く変色し、チアノーゼを起こし始めていた。

それでもなお、その動きは力強かった。


「もおおおおおおお!ガシイイイイイ!!」


『オーナー』は、スラスタではなく、自らの足で走りながら寅之助へと殴りかかった。

よほど巴投げが応えたようで、あれから一度もスラスタを用いた加速からのパンチを使っていない。


「そういう雑な攻撃は……」


振りかぶるパンチをさらりと避け、寅之助はパワードスーツに密着する。

そして背面装甲の継ぎ目を帯に見立て掴み、同時に軸足を狩る。

大内刈りだ。


「かふう!」


カウンターで入った投げ技に、オーナーは息を吐いた。

だが、それだけだ。

堅牢な装甲と、高性能な衝撃吸収機能は、どれだけ投げても装着者に深いダメージを与えるに至らない。


(まだか、巴!)


内心で寅之助は叫ぶ。

まだ戦える。

しかし全身を苛む激痛と疲労。パワードスーツの打撃をいなし続ける緊張感。それらは確実に、寅之助という存在を削り取る。

限界は、あまり遠くない。そんな考えがよぎった次の瞬間であった。


「寅之助っ!」


ホールの扉が開き、凛とした声が響いた。


「もっとゆっくりで良かったんだぜ?」


寅之助は傷だらけの体で不敵に笑って見せた。

だが内心で安堵する。

しかし活力を取り戻したのは彼だけではなかった。


「馬鹿メス!頭の性根が腐ったクズ!ガシイイイイ!」


『オーナー』もまた、活力を取り戻す。

寅之助のように抵抗をしてこない、ひ弱な女。

彼は女性を見下し、侮辱する事で自らを保ち、そして内心で恐怖していた。

きっとこの女なら、一方的に嬲る事が出来る。


「お前から死ねえぇぇぇ!」


三度、パワードスーツの背面スラスタが煌めいた。

くるりと背中を寅之助へと向け、巴へと一直線に突進する。


「やば……っ!逃げろおおおおお!」


「あはははははは!」


寅之助は叫び、『オーナー』は笑う。

そして巴は──


「舐めるなッッ!!」


獣のように、吠えた。

少女は最後に残った閃光弾を取り出すと、パワードスーツへと軽くほおるように投げた。


「うわわわわわっ!?」


ほんの一瞬。だが確実に、パワードスーツのモニターがホワイトアウトする。

そして目測を誤った『オーナー』は、パワードスーツの最高速度のまま壁へと突っ込んだ。

破壊された破片が、至近距離へと逃げた巴の全身をズタズタに傷つける。

しかし彼女はひるまない。


「寅之助!コイツを抑え込んで!」


頭から壁へと突っ込んだパワードスーツを指さし、巴は指示を飛ばす。


「抑え込めぇ?いやいやいや」


「あら?難しかった?」


その言葉に、寅之助は血と汗を流しながら、無理をして笑う。

尊敬する親友だからこそ、挑まれれば受けて立って見せる。


「……上等」


頭から突っ込んだパワードスーツは、足を延ばしてうつ伏せになっていた。

柔道で言う所の「ひらめ」の状態だ。

本来、この状態の相手へと仕掛ける固め技は柔道にはない。本来ならば仰向きへとひっくり返す一手順が必要だ。

だが寅之助は強引に「ひらめ」のまま、顎、胸、肩、片足、そして腰をロックする。


固め技として、最もよく使われる技。

固め技として、最も返すのが困難と言われる技。

固め技として、最も象徴的な技。


横四方固め。


「なっ、この、離れろゴミ!ゴミ!ゴミィィィ!ガシィィィィ!」


『オーナー』には、まるでパワードスーツが、急に窮屈になったかのように感じた。

手足を思うように動かせず、体に力が思うように入らない。


「ぬあああああっ!と、巴……何するか知らんが急いでくれるか!?」


一方で寅之助もまた、暴れまわるパワードスーツを抑え込むのに、急激に体力を消耗していた。

リベットの頭を掴んで自重を支えられるほどのピンチ力を持つほどの寅之助であったが、それでも装甲の隙間を掴んで抑え込むのは困難であった。


「あああああっ!」


巴はどこからか探してきたバールを持ち出し、パワードスーツの肩部装甲へと突き刺した。

そしてメリメリと引きはがそうとする。


「そんなもんで装甲が剥がせるわけ……!?」


寅之助が不安げに声を上げた、次の瞬間であった。

パカンと音を立てて、装甲、いや正確には装甲表面のカバーが外れた。

そしてその下にあった、大きなレバーが露出する。


「寅之助、離れてッ!」


巴の声に呼応して、寅之助が飛び跳ねた。

そして巴がレバーを回すと、圧縮空気が抜ける音と共に、パワードスーツが開いた。


「えっ」


「あぁ!?」


寅之助と『オーナー』は同時に声を上げた。

巴がパワードスーツのマニュアルから読み取った情報、それは外部からの緊急脱出の方法であった。

パワードスーツのように人体を密閉してしまうデバイスには、必ず外部から、強制的に内部の人間を救い出す方法が存在する。

例えば気絶した着用者を、外部から衛生兵が安全に助け出せる機構が必ずあるはず。巴はそう考えたのだ。


「どうも」


パワードスーツは、アジの開きのように左右に展開し、その中に納まった『オーナー』は、肉眼で手をヒラヒラと振る少女を見ていた。

そして少女は、オーナーの目の前でスタン警棒を取り出した。青白いアーク放電が迸るのが、はっきりと見えた。


「やっ、止めろぉぉぉぉ!馬鹿メス!馬鹿メス!馬鹿メス!」


「知性、鍛錬、モラル、そして女性への敬意。貴方に足りなかった物のほんの一例」


巴はスタン警棒を『オーナー』へと振り下ろした。

電流の弾ける音が響き、『オーナー』の手足が痙攣し、泡を吹く。

『オーナー』が気絶したのを確認した巴は、警棒のスイッチを切った。


「ふぅ……」


巴はため息をつき、顔の血と汗をぬぐった。

同じように傷だらけの寅之助が、笑顔を浮かべながら手のひらを掲げている。

その手のひらを、巴は無言で叩いた。


「長い……長い四か月だった」


「ああ」


二人はそれだけ言うと、空気が抜けたようにその場に座り込んだ。








三次元モノレールの乗客たちは、小声で何事かを会話しながら、チラチラと視線を送っていた。

その視線の先には、内裏雛のように並んで座る、巴と寅之助の姿があった。

二人とも傷だらけで、特に寅之助の方は服が血まみれで、明らかにただ事ではなかった。


「視線が痛いわね」


「お前、そういうの気にするタイプだった?」


「言ってみただけ」


三次元モノレールの超電導モーターが、わずかな音を立てていた。

このネイモアシティの最上層から第6ブロックまでを繋ぐ大動脈に、二人は優しく揺られていた。


「で、どうだった?ケンカ」


「痛いし怖いし汚いし、もう二度としたくない」


巴の答えに、寅之助は軽く笑った。

そしてしばらく会話が途切れる。

窓の外には、美しい大海原が広がっていた。海に浮かぶここ、ネイモアシティならではの光景だ。


「また……お前に助けられちまったな」


「そういうの、もういい加減、止めにしない?」


「助けられた方には申し訳なさってもんがあんだよ」


高精度なサーボモータによるトルク制御は、減速による慣性をほとんど乗客に感じさせない。

いつの間にか次の駅へと近づき、三次元モノレールは停車していた。


「お前に、どうすりゃこんなデカい恩が返せる?」


「恩とか、借りとか、そういうつもりでやったわけじゃない」


「俺がお前にしてやりてぇんだよ」


モノレールの扉が開く。

新たに入ってきた乗客たちを見て、寅之助との間を、巴は詰めて座りなおした。


「じゃあ、もし私が困っていたら助けて頂戴」


「俺はいつもそれを考えてる。どうすりゃ、お前の為になるかって。でもお前は、もし困っても俺が助ける前に自分でどうにかしちまう」


すると巴は指を顎に当ててしばらく考えた。

そして微笑んだ。


「じゃあ、今日はたまには、中華以外が食べたい」





ネイモアシティ第1ブロックの片隅にある、小さなビストロ。

決して高級店というわけではない。

しかし店主のこだわり抜いた料理と店の内装は、隠れた名店としての評価を盤石にしていた。

そんな店主は今日も仕込みを終え、店を開ける。


「あ、さーせん」


店主は声をかけられて振り向くと、驚きの表情を上げた。

傷だらけの男女が、嬉しそうにこちらを向いていたからだ。


「二人分、席ありますかね?」









『トラくん』は、片手の無いロボットのオモチャを手に、悲しそうに動かしていた。

エメラルドに光る戦闘ロボットのオモチャが、今日はどこか寂し気に見える。

その時、家のインターホンが鳴った。


「はぁーい」


『トラくん』は玄関のドアを開けると、そこには『トモちゃん』が、どこか後ろめたそうに立っていた。


「あ、トモちゃん!」


「あ、あのね。トラくん。これ、もしよければなんだけれど」


そういって『トモちゃん』は、気後れしながら、小さな何かを手渡した。

それはロボットの手のようであったが、どこか不格好だ。


「お家に、3Dプリンターっていう道具があって、それでその、ロボットの手を、作ってみたの。もしよければなんだけど……受け取って?」


もじもじとしながら『トモちゃん』はそういった。

すると『トラくん』の顔がパっと明るくなり、『トモちゃん』に抱きついた。『トモちゃん』の耳だけが赤くなる。


「トモちゃん、大好き!」





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