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凛として咲く獣-21

パワードスーツ。

端的に言えば、モーターと装甲のついた着ぐるみである。

着ぐるみの各関節に取り付けられたモーターが、装着者の筋力を増加させ、装甲の重さを感じさせない高度な身体能力を実現する。

このパワードスーツは現在、医療・運送・工業、そして軍事と言った幅広い分野で運用されており、その有用性が伺える。


そしてその軍事的有用性が、中学2年生の二人に牙をむいていた。


「走って!」


巴は叫ぶと同時に、目の前の2メートル半の鋼鉄の塊へ、閃光弾を投げつけた。

そして破裂する。

パワードスーツのモニターが真っ白に焼き付いた。

寅之助はそんな巴を脇に抱えると、猛然と走り出した。


「ちょっと!自分で走れる!」


「こっちのほうが早い!それに見てみろ!」


パワードスーツは目を腕で隠すようなポーズで一瞬動きを止めるが、すぐさま再起動し、そして腕のガトリング・ガンを巴と寅之助へと向けようとする。

カメラは閃光弾を浴びても、人間のように激しい閃光で視細胞が消費されると言う事はない。単にモニターが焼け付くだけだ。その焼き付きが収まれば、すぐにでも再起動する。


「げ」


「もう一個投げろォォォ!」


寅之助の叫びに呼応して、巴はもう一個の閃光弾を投げた。

しかし今度は、破裂する前にガトリング・ガンによって空中で撃ち落とされ、処理される。

だが寅之助の健脚は、その僅かな時間で姿を隠す事に成功する。


「ギイイイイイイっ!逃げるなっ!逃げるなっ!逃げるなっ!ガシイイイイイ!」


姿を見失った『オーナー』は、甲高い声を上げて喚いた。

一方でソファの裏に身を隠した寅之助と巴は、ほっと一息つく。


「くそったれ、あんなもんが動くとは。部屋にあるのは知ってたが、飾りだと思ってた」


「実際、本人もそのつもりだったのでしょうね。そのおかげで助かっている」


そういって巴は顎でしゃくって視線をパワードスーツへ促した。

確かに良くみると、装甲の表面などは美しく磨かれているが、各関節の隙間には埃が溜まっている。

オブジェとしての清掃はされていても、稼働する実用品としての手入れがなされていなかった証拠だろう。

おそらくは、本来の半分も性能は出せてはいないはずだ。


「妙に動きが鈍い感じがしたが、そういう事か。とはいえ、厄介な事には違いねぇけど」


「はー……本当にどうしようかしら、アレ」


ズシン、ズシンと巨体が音を立てて二人を探していた。

サーチライトが眩しく輝き、暗い開店前の店内を照らす。


「……どうして撃ってこないのかしら。あの銃の威力なら、隠れている机や椅子ごと私たちを殺傷出来るはず」


巴は先ほどの、逃げようとしたギャングたちを一瞬にしてミンチにした光景を思い出す。

しばらく肉は食べれそうにない。


「自分の店を壊したくねぇんだろ」


「自分の従業員は撃ち殺したのに?」


すると、寅之助は乾いた声で小さく笑った。


「お前の考えはマトモな人間の考え方だよ。ギャングになんかには絶対ならねぇような」


人の命よりも、自分の家具や金の方が大切な人間は、純然と存在する。

それを寅之助はこの第6ブロックでの生活で思い知っていた。


「私の知りえない立場の差……階層の分断、か」


巴も同じように乾いた声を上げた。

だがその響きは、寅之助と違っていた。


「ガシィィィ!隠れるなんて卑怯だ!出てこい!ガシィィィ!」


『オーナー』は外部スピーカーを使って喚き散らした。

甲高い叫び声はハウリングを起こし、巴は不快そうに顔を歪める。


「あの『ガシ』って何?」


「そんなこと俺が知るか。それよりも、とりあえずあのデケぇ鉄砲をどうにかしよう」


寅之助はそういうと、ナイフを床に置いた。

先ほどのギャングたちが使っていたナイフを、抜け目なく拾っていたのだ。


「はぁ……情けねぇ。素手の美学だなんだと言いながら、危なくなったら道具に頼るか、俺は」


寅之助は頭を抱えて首を振った。

その表情には、心底の嫌悪と無力感が浮かんでいた。


「逆に武装したパワードスーツと柔道しようという方が、どうかしていると思うのだけれど」


「……別に、俺一人だったらなんの迷いもなく素手で行くんだけどな」


「え?」


寅之助の小さな呟きに、巴が目を細める。

パワードスーツの足音にかき消され、良く聞き取れなかったようだった。


「なんでもねぇよ。それよりも、あの腕についてるクルクル回る鉄砲あるだろ?あれどうにかしよう」


「ガトリング・ガンと言うそうよ。銃身が融解するほどの連射速度でビームを発射するために、冷却用に複数の銃身を備えた銃なのだとか」


巴は昔読んだ文献を思い出す。

あの回転しながら銃弾を連続発射する武器には、強い印象を残していた。


「もし間違ってたら言ってくれ。そのガトリングとやら、回転が止まったら打てなくなるんだったよな?確か」


「なるほど、そういうことね」


巴は寅之助の意図を察し、ニヤリと笑った。やはりこの少年は、自己評価ほど頭は悪くない。巴はそう思った。

そして先ほど使った、対ビーム攪乱幕をすべて床に置いた。

残りはたった3つ。


「普通の拳銃なら1個でほとんど無力化できるけど、あのガトリング・ガンはこの3つ全てを使っても防げるかどうか……」


「どっちにしろ、あるもんでやるしかねーよ。人生と一緒だ」


「その例え、全ての事象に言っているでしょ?」


そういって巴はナイフの刃を摘まみ、柄を寅之助に差し出した。

寅之助は手でそれを手で押しとどめる。


「何やってんだ?俺がオトリになるから、お前がそのナイフを……」


「私にそんな事が出来ると思う?貴方がやるのよ。オトリは私がやる」


真剣な目が、寅之助を射すくめた。

寅之助が絶対に許容しないのは分かっている。

武器を使う事。そして、巴をオトリに使う事。どちらも寅之助の信念に反する行為だ。

だが、この作戦の分担はこれ以外にない。


「受け取りなさい」


巴はもう一度、強い口調でナイフを差し出した。

よく見ればその美しい顔に、煤やほこりの汚れがついている。


「……分かった」


寅之助は声を荒げる事もなく、澄んだ声でそう答えた。

そして巴の顔へと、指をそっと伸ばした。


「ちょっと、何?気持ち悪いのだけれど」


巴はそう言うが、指を避けようとするそぶりは無かった。

そして耳が真っ赤に染まっていた。心臓が早鐘のように高鳴り、呼吸が早まる。その理由が、自分でも分からなかった。


「なんか、触れたくなった。いや確かにキモいな、すまん」


そういうと寅之助は笑って、ナイフを握った。

この第6ブロックに来る前に良くしていた、屈託のない笑顔だった。


「俺が奴の右側面に回る。俺が位置についたら、初めてくれ」


「早めにね、ここも見つかるかも」


巴は平静を装ってそう言った。

一方の寅之助は無言で親指を立てると、腰を低くして移動する。

店内では相変わらず『オーナー』が金切り声を上げながら、二人を探していた。


「バカ!出てこいバカ!ガシィィィィ!」


まるで声を荒げながら、興奮状態を自ら作り出しているようだった。

パワードスーツにガトリング・ガン。絶対的に有利な状況にありながら、どこか『オーナー』は恐怖しているようだった。彼の小心さは底なしのようであった。


(いいぞ、巴)


位置についた寅之助が、無言で合図する。

それを見た巴は、攪乱幕から、コロイド散布用の火薬を僅かに抜いた。そしてテーブルに備え付けのマスタードを取り、蓋を開けた。


ぺしゃり。


「!」


『オーナー』自慢のパワードスーツの装甲に、黄色いマスタードがぶちまけられた。

投げつけられた方向へと目をやると、一人の黒髪の少女が立っていた。


「素敵な模様ね。ジャクソン・ポロックかしら?」


そういって手をヒラヒラとさせておどけて見せた。

『オーナー』は小心ゆえに、その怒りは一気に沸点へと達した。


「お前ぇぇぇぇぇぇ!!」


ガトリング・ガンを巴へと向けると、店の家具などが破壊されるのも構わずにトリガーを引いた。

巴はそれよりも早く、3つのビーム攪乱幕を起動させ、とっさにスチール製の机の裏へと隠れた。

本来ならより広域へと拡散させるための火薬をいくつか抜いて、ビーム攪乱幕を作動させていた。

無効化できる範囲を狭めて、その分、効果を強める。今この場で行える、数少ない手段であった。


「くううっ!」


耳元でドラムをたたかれるような爆音が響いた。

ビーム攪乱幕で威力が減衰してなお、頑丈なスチール製の机が、大量のへこみを作る。

まるで一瞬にして大量にハチの卵を産み付けられたように、小さな丸い膨らみが生まれる。

発狂しそうなほどの恐怖。それでも少女は、少年を信じる。


「!?警告音!?なんだ!?」


その時であった。

『オーナー』は装着していたパワードスーツが、彼へと向けて音と表示で警告を示した。

パワードスーツを装着して、生まれて初めて戦闘を行った彼は、その警告の意味が分からず、焦る。


「なんだっけ?『銃が男を作る』だっけ?これ言った奴って、絶対にアレにコンプレックスがあったと思う」


装甲の外から声がした。

忌々しい、『オーナー』のよく知る声。

いつの間にか寅之助が、パワードスーツに取りついていた。


「お前ぇぇぇぇぇ!ガシィィィ!!」


パワードスーツが寅之助を振り落とそうとするよりも早く、寅之助がナイフをガトリングの回転基部へと突き刺した。

ナイフが回転に飲み込まれていき、その圧力を感知したガトリングは緊急停止する。


『警告。ガトリング回転部に異物を感知しました。至急、除去してください』


パワードスーツは冷静に警告を表示する。

しかし『オーナー』は、その警告にパニックを起こした。


「ああああああああ!?」


『オーナー』は興奮した子供の用に、腕を振り回した。

何か意図があったわけではない。ただ恐怖からそうしたのだ。

そしてガトリングが店の柱に当たり、銃身がヘシ曲がり、そして弾き飛ばされる。同時にガトリングが衝突した店の柱が完全に破壊された。


「あっ!?しまった!?」


「おいおい、これでもう完全に使えねぇな」


寅之助は両手を『キツネ』にすると、それを水平方向へと広げるポーズを取って挑発した。

そして巴へと合流する。


「どうよ?」


「当然。貴方ならね」


二人は視線を合わさずに、互いの手を叩いた。

一方のパワードスーツはこと切れたように動かない。


「なんだ?システムトラブルか?」


「さぁ?とにかく逃げましょう。あれでもう後ろから撃たれる事もない」


巴は安堵する。

これでもう用意していた道具の大半は使い切った。

店から出れば、流石に街中で、パワードスーツで暴れるわけにもいくまい。

そんなことをすれば警察どころか軍や科学隊が出動することになる。それこそ『オーナー』の身の破滅だ。


「そうだな。じゃあなクソオーナー!退職金振り込んどけよ!」


そういって寅之助と巴が踵を返した、その時だった。

机が、宙を舞った。


「えっ!?」


スチール製の机が、二人の頭上を飛び越えてホールから出る扉へと叩きつけられた。

これでもう簡単にこの部屋からは出られない。


「お前らもう知らないぞ!お前らが悪いんだからな!ガシィィィィィィ!!」


パワードスーツの外部スピーカーから『オーナー』の声が響いた。

そしてパワードスーツ背面のスラスタに火がともった。

全力でアクセルを踏んだスポーツカーのような速度で、パワードスーツが拳を振り上げて突進する。


「よけろ!」


「もうちょっと気の利いた事が言えない!?」


二人は左右に飛び、ほんの一瞬の後に、その間を巨大な破壊が舞い降りた。

パワードスーツの拳が床へと叩きつけられる。強化装甲コンクリートで補強されたバーの床に、小さなクレーターが出来た。


「ッ!……バカが開き直りやがった」


「お店の事は諦めたみたいね」


二人は体についた破片を払いながら起き上がった。

そして少しずつクレーターから距離を取る。

その中心にいるパワードスーツはぎこちなく立ち上がると、クルリと回って二人を見下ろした。


「これもお前だ!お前らのせいだ!慰謝料!慰謝料!いしゃああありょぉぉぉ!」


パワードスーツのスピーカーが、やはり不快なハウリング音を発した。


「第二ラウンド、か……」


「やっぱりもう少し気の利いた事を言って欲しいわぁ」


巴の言葉を無視して、寅之助はゆっくりと構えた。



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