凛として咲く獣-20
『オーナー』から銃を突き付けられたままの寅之助が連行されたのは、いつも彼が戦っているダンスホールであった。
日拳のガイや、剣術の金串と戦った事を思い出す。
いつもは人垣がリングを形成しているが、客の入っていない時間に見ると、こうも広いのかと寅之助は妙な関心をした。
「おい、お前。このガキをぶん殴れ」
銃を突きつけたまま『オーナー』は従業員の一人に命じた。
その従業員は遠慮がちに寅之助へと近づく。
「へへ、悪いな寅之助」
「へぇ?こんなカスの言う事を聞くのかい?」
「俺たちはギャングだ。親が白を黒と言えばそれは黒になるのさ
すると寅之助は僅かに口角を上げ、皮肉った笑みを浮かべた。
「そんな理由で自分の意思を捨てるのかい。だったら俺たちも遠慮する必要はなさそうだ」
「俺たち?」
従業員、いやギャングは首を傾けるが、寅之助に銃を突きつけたオーナーが再び口を開く。
「早くやれぇぇぇぇ!ガシィィィィ!ガシィィィ!」
金切り声にギャングは肩をすくめる。
そして振りかぶると、全力で寅之助を打ち据えた。
広いホールに、肉が肉を叩く音が響いた。
「が、ああああ?」
そして寅之助を殴ったギャングが、拳を押さえてうずくまっていた。
彼は寅之助の頬を狙い、殴った。
寅之助には200kgを超える咬合力と、頭でブリッジしながら140kgを超えるベンチを差す首の力がある。
その二つの力が、ギャングのパンチを完全に跳ね返していた。
打たれた寅之助は、何事もなく平然としていた。
「ああああああ!もう良い!役立たず!役立たず!どいつもこいつも役立たず!」
オーナーは狂ったように甲高い声を上げ、銃を持った腕をヒステリックに振り回した。
そんなオーナーを気に留める事もなく、寅之助は天井に気を払っていた。天井のダクトの中身と目が合う。もう、いいだろう。
「いやぁ……凄いよな」
唐突に、寅之助は独り言ちた。
その声に冷静を取り戻した『オーナー』は、銃を構えなおす。
「俺が仕事を辞めると言ったら、ここまで拗れると想像つくか?俺はピンとこなかったよ」
「いまさら後悔して命乞いか?ダサいな!ダッサいな!」
『オーナー』は嬉しそうに言葉を繰り返した。
彼の年齢は40を超えているはずだが、その様子はまるで思春期の子供のようだった。
「未来が読めちゃうってどういう気分なんだろうな?楽しいのか、それともつまらんのかな?」
「はぁ?」
「紹介しよう。俺のDr.マンハッタンだ」
そういうと寅之助は目をつぶった。
それとほぼ同時であった。
かたん。ころん、ころころ……
寅之助の頭上のエアダクトが開き、そこから小さなアルミ缶のような物が数個、投げ込まれた。
突然の出来事に、その場にいた人間は意味が分からず、全員が固まった。
「は?」
次の瞬間だった。
『アルミ缶のようなもの』は破裂し、強烈な閃光を周囲一帯に放った。
「うわああああ!?」
『オーナー』も従業員たちも、目を覆い、体を丸める中、ただ一人だけ寅之助は動いた。
「おおおっ……らぁっ!」
こん身の力を込めた、寅之助のバックハンドブローが『オーナー』の銃を持った右腕を砕いた。
銃はその手を離れて宙を舞い、そして乾いた音を立てて落ちると、床を滑る。
「うぎゃあああ!?痛い、痛いっ!」
『オーナー』が喚き声を上げると同時に、エアダクトから降りて来た人影があった。
全身を真っ黒なプロテクターで覆い、顔をARゴーグルで隠した女であった。
もちろん武蔵野 巴その人である。
「誰がDr.マンハッタンよ」
「褒めたつもりだけどな」
「無知無能の全能者じゃない。嫌ね」
喋りながら、巴はスタン警棒を取り出した。
病院で使用した際よりも長く、重く、頑丈に、そしてバッテリを大型化した改良型だ。
「誰だ!?もう一人いるぞ!?」
ギャングの一人が、薄目を開けながら叫んだ。
だが彼がそれ以上、言葉を発する事は無かった。
「はあああっ!」
大上段に構えたスタン警棒が彼に振り下ろされた。
長く、重くなった警棒の一撃に、ギャングはいとも簡単に膝から崩れ落ちた。
「おっと。お見事」
寅之助はそれを見て感嘆する。
巴に格闘技の経験はないはずだが、中々のセンスがあると、その動きを見て思った。
「こっ、殺せ!殺せ!ガシィイイイイイイ!」
オーナーは砕かれた手を押さえながら、金切声を上げた。
ギャングたちはチカチカする目をこすりながら、当て推量で巴と寅之助のいる方角へと銃を打ち込んだ。
「あっぶね!?」
寅之助は巴の体をひょいと抱え、そのままバー・カウンターの裏へと滑り込んだ。
細身とはいえ、40kgは超える巴の肉体を、彼は軽々と持ち上げて見せる。
「あ、ありがと」
「軽いもん持っただけさ。それよりも閃光弾の効果が切れるの、聞いてたより早くねぇか!?」
「さっきは貴方が近くにいたもの。目を閉じていたとはいえ、マグネシウムの反応量を減らすのは当然でしょう」
二人がそう話す間にも、次々とビームが撃ち込まれていく。
頑丈なバー・カウンターがビームを阻んでくれてはいるが、貫通するのも時間の問題だ。
「じゃあ、ちゃんとキツい閃光弾も用意してんだろ?投げてくれよ、俺が同時に突っ込むから」
「あら。『素手の美学』って、私に武器を使わせる分にはいいのかしら?」
「ぬっ……いや、そういう事じゃなくてだな……」
寅之助が顔を紅潮させたのを見て、巴はゴーグルの下で可笑しそうに笑った。
この獣のこうした反応が可愛くて、彼女はついからかいたくなってしまう。
「冗談よ。それより、ちょっと試してみたいものも作ったの」
そういうと、やはり閃光弾と同じような缶をリュックサックから取り出した。
安全ピンを引き抜くと、バー・カウンターの裏から、ギャングたちへとめがけて放り投げる。
「また閃光弾だ!目を隠せ!」
それを見たギャングたちは口々に叫んだ。
だがその缶が破裂すると、真っ白な閃光ではなく、黒い煙が周囲へと広がった。
「なんだ?スモーク?」
だがその黒い煙は、周囲を薄い霧のように漂うだけで、姿を隠すほどの濃度は無かった。
寅之助たちが隠れたバー・カウンターの姿ははっきりと見えている。
「ははっ!不良品のスモークをつかまされたのか!……最近、そんなような話がどっかであったような」
鋼鉄の義手を付けたギャングが、一人、疑問符を浮かべていた。
「バカやらかしたなぁ寅之助ともう一人の奴!」
ギャングたちは銃のバッテリを再装填すると、再びカウンターへと狙いを定める。
ここ『アトロシタス』のカウンターは万一の銃撃戦に備え頑丈に作られているが、それでもこれだけのビームを打ち込まれては無事ではいられないはずだ。
「じゃあな寅之助。お前は面白い奴だったよ」
ギャングの一人がそういうと、引き金を引いた。
すると、周囲が急に明るくなった。
「!?」
だがそれだけだ。何も起こらない。
そう、何も起こってはいないのだ。
バー・カウンターは依然として無事なままだ。
「な、なんだ?」
「知るか!撃て撃て!」
ギャングたちは次々と引き金を引く。だがやはり、引き金を引かれるたびに黒い霧が激しく発光し、カウンターは無事なままだ。
「な、なんだぁ?」
「どう?面白いでしょう」
カウンターの向こう側の寅之助もまた、間抜けな声を上げた。
ギャングも寅之助も困惑する中、巴一人が無表情のまま確信を得ていた。
チンダル現象。
朝もやの中、太陽光が美しく帯を引く現象を見た事があるだろう。
あれはコロイド粒子が飛散している気体中に、光が照射されると、光が散乱・拡散して帯状に光が可視化されているものだ。
つまりコロイド粒子を空気中へとまき散らす事で、ビームの威力を拡散させ威力を減衰させることが出来る。
そしてコロイドの性質を持つ物質は、牛乳や墨汁など、いくらでも身の回りに存在する。
病院で銃を手に入れた巴は、その性質を基に、この霧を作り上げたのだ。
「軍用の耐ビームミストと同じ仕組みだそうよ。こんなに簡単に作れるとは思わなかったけれど」
「つまり連中はしばらく銃が使えねぇと。本当にすげえなお前はよ!」
寅之助はカウンターから飛び出すと、最も手近にいたギャングへと襲い掛かる。
「く、来るなぁ!!」
ギャングは体面もなく悲鳴を上げ、銃を向ける。
しかしどれだけ引き金を引こうとビームは拡散し、寅之助の皮膚を軽く焼くだけだ。
精々がタバコを押し付けられた程度の痛み。
かつてはその痛みに恐怖し、絶望し、屈していた。
だが今は、鍛えられた心と体、そして背中を守る友がいる!
「しゃあっ!」
銃を持った腕と、スーツの襟を躊躇なくつかむ。
そして相手を引くと同時に、寅之助は前へ出た。
戦争経験のある高名な格闘家が『戦場に於いて最も威力を発揮した』そう証言したこの技は──
跳ね腰。
ギャングの体が枯れ葉のように跳ね上げられ、そして背中から落ちた。
後頭部から落とす事も出来たが、あえてそうしない。
それが寅之助の美学だからだ。
「ひ……」
その動きを遠巻きに見ていたギャングたちには、その動きがまるで、獰猛な虎に咥えられ、地面へと叩きつけられたように見えた。
頼りの銃は突然に役に立たなくなり、そして目の前には人食いの虎。
ギャングの半数は、もはや完全に戦意を失っていた。
「こん……クソガキがぁ!」
だが残りの半分はそうではない。銃を捨て、ナイフへと持ち変えると寅之助へと躍りかかった。
「そうこなくっちゃ」
寅之助の口角が吊り上がった。そして同時に、彼の背後で甲高い駆動音が上がった。
「あん?」
次の瞬間、直径2センチ程度の何かが、彼の横顔を高速で通り過ぎた。
するとギャングの一人が、小さな叫び声をあげて倒れた。
振り返ると、巴が銃のような物を構えていた。
「おいおい、ついに鉄砲まで作ったのかよお前」
「いいえ。これはただのオモチャ。ラジコン用のブラシレスモーターとタイヤで、ワッシャを射出しているだけ。ただまぁ……」
巴は次々にトリガーを引いた。
ある者は眉間に当たり昏倒し、ある者はナイフを持つ手のワッシャが突き刺さる。
「スイカかカボチャくらいなら、めり込む威力があるだけ」
巴は冷たく言い放ち、寅之助は熱く吠える。
「お前ら全員、明日からメシはもう上の口から食えねぇぞ!最後に食ったもん良く覚えとけよ!」
寅之助は躊躇なく、ナイフで武装したギャングたちへと躍りかかった。
専門の訓練を受けたものならばいざ知らず、ただ暴力慣れしているだけのギャングのナイフなど、寅之助には無意味だった。
触れるを幸いに投げ、関節を外し、そして高速でワッシャが飛翔する。
「お、俺もう止める。やってられっかこんなもん」
「あっ!お前!」
ギャングの一人が銃をしまい、背を向けたのを別のギャングが咎める。
だが逃げようとしたギャングは反論した。
「割にあってねぇだろ、あんなクソみたいな『オーナー』の為に痛い目にあえるか!それに寅之助には昔、助けてもらった恩もある」
咎めたギャングは、ちらりとカウンター・バーの方向を見た。
そこには、人食い虎が楽し気に暴れまわっている姿が見えた。
「……逃げるか」
咎めたギャングだけではない。周囲の数人が頷くと、背を向けて逃げ出した。
その時だった。
巴の『オモチャ』とよく似た、しかしはるかに重厚な駆動音がダンスホールに響いた。
そして次の瞬間、逃げ出そうとしていたギャングたちは、その姿を真っ赤なミンチに変えた。
「!?」
残った最後のギャングを倒した寅之助は、突然の出来事に動きを止めた。
巴もまた、バー・カウンターから出てくると、寅之助の隣に並ぶ。
そして二人は、重く、巨大な『何か』が、こちらへと近づいてくるのを感じていた。
ずしん。
ずしん。
ずしん。
足音を響かせて現れたのは、旧式の軍用パワードスーツであった。
全高およそ2メートル50センチ。重量は300kgにも達する現代の鎧。
『磁壊獣戦争』でも使用された、対・宇宙怪獣を見越した汎用軍事兵器。
『オーナー』の部屋に飾られていたものであった。
『殺してやる!お前ら絶対に殺してやるからな!ガシィィィ!ガシィィィ!』
外部スピーカーがハウリングを起こしながら、甲高い声が響いた。
パワードスーツを装着している、オーナーの声であった。
その右腕のマウントされたガトリング・ガンが、白い煙を上げていた。
逃げようとしたギャングたちを一瞬してミンチにしてのけたのは、これだろう。
「巴……お前ならさ、この状況も予想してたよな?」
「してたら来てない……」
凛とした獣が二頭、顔を引きつらせていた。




