凛として咲く獣-19
万代派、中堅幹部、スミス。腕挫十字固めによる肘関節骨折。
万代派、古参、富士。キムラロックによる肩関節脱臼。
川澄派、若手リーダー、電。大外刈りによる腰椎骨折。
万代派、金庫番、瑞穂。足絡による肉離れ。
川澄派、古参幹部、イロン。袖車による頸部圧迫。
そして万代派、首魁、万代。背負い投げによる肋骨骨折。
寅之助は、巴のリストと作戦に従って次々にギャングの構成員を襲っていた。
既にそれはウワサとなって裏社会を駆け巡っていた。
ドナルド・ハモンド──バーの『オーナー』──が、邪魔な万代と川澄の派閥の人間を粛清すべく、闇討ちを仕掛けていると。
「誰だ!余計な事しやがってんのは!えぇ!?お前か!?」
甲高い声がホールに響いた。
バー『アトロシタス』の従業員たちが集められて、その『オーナー』が声を荒げていた、
そしてそれを聞く従業員たちの中には、剃りこみの入った坊主頭の男がいた。
「いいか!?絶対に『万代』と『川澄』の手下には手を出すなよ!!分かったな!?殺されそうになっても黙って殺されとけ!」
ヒステリックに声を響かせ、頭を掻きむしった。
それを皆、白けた目で見ていた。
このバーと同じ名を持つギャング『アトロシタス』は、現在、組織の跡目を巡って内紛の真っ最中だ。
そして驚くべきことに、その後継者候補筆頭が、この金切声を上げる男であった。
見ての通り、暴力組織の、というよりは何らかの組織の頭を務める器では、無い。
そして当然、組織の中にはそんな男を頭に据えたくない人間もいる。
武闘派の二つの派閥が、『オーナー』への対決姿勢を明確にしていた。
すると、その武闘派の人間が次々に闇討ちにあった。
ついには片方の派閥の長、万代が襲撃にあった。
こうなればもう武力闘争は待ったなしである。
犯人は誰がどう見ても『オーナー』その人だからだ。
怒りと恨みと不満で満載の火薬庫に、火がついた。
本当に『オーナー』が犯人かどうかは問題ではない、彼を排除する大義名分に、『万代派』と『川澄派』は食いついた。
「ああああああああ!」
「ビビりすぎだろ……」
従業員の一人が、『オーナー』の痴態に、聞こえぬように小さく吐き捨てた。
『オーナー』は後継者候補筆頭と呼ばれるだけあって、抱える兵隊の数は、彼も少なくはない。
蹴散らしてやる、目の上のたんこぶを除く絶好の機会だと意気込んでも良いはずである。しかし彼は、ただただ恐れていた。
従業員たちがうんざりし始めたその時であった。
開店前のバーの前に、一台の黒塗りの自動車が止まった。
「伏せろぉぉぉ!」
誰かが叫んだ。
その次の瞬間には、光弾が山のように店へと降りそそいだ。
サブマシンガンから連続発射されたレーザー・ビームが、店の壁をハチの巣にした。
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃ……」
『オーナー』は悲鳴を上げた。
そしてそれを、剃り込みの入った坊主頭の男は冷静に見ていた。
「……もう始まったのか。早くね?」
「もう内紛が始まった?想定よりもずいぶんと早いわね」
そういうと、黒髪の美少女は春巻きにかじりついた。
『アトロシタス』へ銃弾が撃ち込まれたのを受けて、巴と寅之助は行きつけの中華料理屋で三度目の会議を開いていた。
「流石に派閥の頭を狙われたってのは、連中も腹に据えかねたって事だろうな」
拳銃を何度も取り落とす間抜けな姿を思い出しながら、寅之助は担々麺をすすった。
山椒とラー油の辛みが食欲をそそらせる。
「……で、この先どうする?いや、どうするってのも情けないな、俺」
作戦の立案を巴へと丸投げしている自分を恥じ、寅之助は頭をかいた。
それを見て、わずかに巴は口角を上げる。
「私は考える、貴方は動く。それでいいじゃない」
「そういってくれるとありがてぇよ」
寅之助は乾いた笑いを上げた。
どうにもこの少年は、自分を過小評価する悪癖があるのが玉に瑕だと、巴は思った。
決して頭だって悪くはない。だがこのように、自分をバカだと思い込んでいる。いや、実際にバカな所も多々あるのだが。
「……そんで、どうするよ?予定なら次はオーナーのログインパスを盗み出すんだろ?」
「え?ああ、そうね。でも内紛が始まってしまったのなら必要のないフェイズだわ。本来なら、組織の資金を操ってフラストレーションを煽る予定だったもの。それを飛び越えて内紛が始まった」
ストローでウーロン茶を飲みながら、巴は答えた。
そしてストローを離すと、言葉を続ける。
「巻き込まれないうちに帰っていらっしゃい。……ようやく、ここへ」
言葉には、万感の思いが詰められていた。
そしてそれは、寅之助も同じであった。
『アトロシタス』にいたのはたった4か月だが、何年も拘束されていたように感じていた。
「ああ。明日すぐに辞めてくるよ」
寅之助は答えると、涎鳥を摘まんだ。
彼が心底美味そうに食べたのは、それが『よだれが出るほど上手い鳥』を語源としているからでは、無かった。
「少し待ちなさい。早いに越したことはないけれど、土曜日にしない?」
「ん?別に構わんけど、なんでよ?」
すると巴はニコリと笑った。
「私も行くから」
「何だとお前!?もう一遍言ってみろ」
「俺、今日でここ辞めますわ。お世話になりました」
相変わらずの白けた態度で、寅之助は『オーナー』へと言い放った。
『オーナー』の部屋の奥に鎮座した旧式のパワード・スーツの装甲が冷たく輝いている。
「ククク、バカか?お前。まだ気づいていないのか?お前はこの店に売られたんだよ。そんな事が出来るわけがない」
「へぇ、レシートは?ない?じゃあダメっスね」
寅之助はそういっておどけて見せた。
それが本質的に気の小さい『オーナー』の逆鱗に触れる。
「フザけるな。お前のジジイがどうなってもいいのか?」
そういうと、『オーナー』は机の電話を取り、内線で人を呼んだ。
その様子を見て、寅之助はせせら笑った。
「何がおかしい?」
「いやー……漫画の悪役が、自分のやったことをペラペラ喋りたくなる気持ち、わかっちゃうなって」
「あ?」
「とりあえず『35分前に実行した』ってとこッスかね」
寅之助の言う事が、『オーナー』には全く理解できなかった。
ただ、自分がバカにされている事だけは、強く伝わった。
彼にはそれで充分だった。
「ガシィィィィィ!お前ェェェェェ!言う事を聞けえぇぇぇぇぇ!」
突然立ち上がると、金切声を上げた。
前触れの無い奇声に、寅之助もびくりと体を震わせる。
「ガシ?」
その時、オーナーの部屋の扉が開いた。
「お呼びで?」
「お前ぇぇぇぇ!そのガキを捕まえろ!もっと人も呼べ!呼べって言っただろ!早くぅぅ!」
部屋へと入ってきたのは、寅之助と同僚のバウンサーだった。
彼は寅之助と目を合わせると、肩をすくませた。
「まぁ、呼べと言われたら呼びますが……」
そういうと彼は自分の端末で連絡を取り、別室にいる従業員たちに連絡を取る。
その目には、『オーナー』に対する呆れや億劫さが浮かんでいた。
「あ、俺、今日でここ辞めるんで。お世話になりました」
「そうか、寂しくなるな」
同僚は寅之助と朗らかに挨拶をかわすと、親し気にハグをする。
決して良い場所ではなかったが、それでも何一つ得る物が無かったわけではなかった。
「お前何やってる!捕まえろって言っただろうが!きゃいいいいいい!」
寅之助と同僚は、その様子を見て、逆に一種の畏怖を覚えていた。
よくここまでヒステリックに喚き散らかす事が出来るものだ。
「あー……そうは言いますがね。コイツが本気で暴れたら俺たちじゃどうにも……」
同僚が白けた様子で言葉を発した、次の瞬間だった。
『オーナー』は引き出しから銃を取り出すと、躊躇なく引き金を引いた。
発射されたビームは、寅之助の同僚の体をいとも簡単に貫いた。
そして、その体はゆっくりと倒れていく。
ビームの熱に傷口は瞬時に焼き切られ、血は流れない。
しかしその開いた瞳孔が、彼がどうなったかを雄弁に物語っていた。
「腐っても……いや、腐りきってるからギャングか」
寅之助は吐き捨てた。
無意識に彼の肉体が、戦うために体温を上げ始めたのを、遅れて自覚していた。
『オーナー』が次に銃を寅之助に向けようとしたその時、再び部屋の扉が開いた。
「はぁい。人を連れてきましたが。うわっ!?」
大勢の従業員たちが部屋へと入り、死体を見て驚嘆する。
その様子を見て、『オーナー』は嬉しそうに顔を歪めた。
「お前ら、そいつをダンスホールまで連れていけ」
「え?あの、死体は?」
「そんなもん後でいい!早くこのガキを連れていけ!ガシィィィィ!ガシィィィィ!」
その時であった。
頭上で僅かな物音がした。数人の従業員がそれに気づく。
「……?」
「早くいけええええええ!なんでお前らそんなに俺をイライラさせるぅぅぅ!」
『オーナー』からヒステリックに促され、物音を頭の外へと追いやると、彼らはそそくさと寅之助を脇に抱えて移動を始めた。
天井でついた溜息は、今度は聞こえなかった。




