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凛として咲く獣-02

「ふむ」


制服を着た少女が、無表情のまま店の前に立っていた。

看板には『石川時計店』とあり、そしてその扉には『臨時休業中』との文字が、無駄に力強い手書きで掲げられていた。

店の一部は、半年前に大きく破損したため補修されており、薄汚れた壁と真新しい壁がマダラのようになっていた。


美しい少女であった。


白磁のように白い肌。良く手入れされた美しく長い黒髪。

フチの無い眼鏡は、彼女の清涼な印象を強めていた。

そして凛とした立ち姿からは、彼女の強い意志と、中々に鍛えられたインナー・マッスルが見て取れた。


ここは、退役した巨大な宇宙空母を基部にして建造された、海に浮かぶ巨大な人口都市。

多段空母の構造をそのまま流用した、七段の多層構造を持つ街。

ネイモアシティ。


彼女の制服は近隣の中学校の物だが、ネイモアシティでは、義務教育期間中は各階層の子どもが均等に振り分けられるため、制服だけでは出自はわからない。

それでも彼女が、ここ第4ブロック階層の出身ではないことは、誰の目にも明らかだった。

高貴な空気が自然と滲んでいたからだ。


彼女は店に近づいた。

透明な自動ドアに顔をベタリと近づけると、そこから店の中を覗く。

道の往来で、誰が見ても訝しむ行為だが、彼女は気にしなかった。


「ショーケースのガラスは綺麗ね……」


この店がギャング同士の抗争に巻き込まれ、一部が損壊してから半年。

店主が入院してから三か月。

店主の唯一の家族である孫が学校に来なくなってから二か月弱。


もし孫が失踪していたなら、ケースには埃が積もっているはずだ。

だがケースは美しく保たれている。つまり孫は時折戻り、店を掃除している。拉致や行方不明ではない。

彼の精神状態の一端も、そこから推測できた。彼女は胸を撫で下ろした。


「さて、どうするか」


一瞬考えると、彼女は踵を返した。

彼女の背後には、巨大な卒塔婆のような、街の各階層を支える支柱が威圧的ににらんでいた。








次の朝。

サマーズ中学の生徒たちが、教室へと集まり始める時間。

扉を開けて、眼鏡をかけた少女が入ってくる。


「おはよう」


昨日の『石川時計店』にいた少女であった。


武蔵野 巴。

その名前は、同学年では有名だった。


その美貌と凛とした立ち姿は否応なく目を引いたし、全国模試で全教科満点を取って地元紙が小さく取り上げたとか、絵画のコンクールで入賞して全校で表彰されたとか、彼女の話題には事欠かなかった。


また他にも、道路下のパイプから顔を泥だらけにして、飛び出す奇行が目撃されただとか、突然、坊主頭にした上に中心から半分を白く染めて来たとか、気に入らない相手を素行の悪い柔道部員に制裁させているウワサがあるだとか、とにかく彼女の名を聞く機会は多かった。


「石川、今日も来ないのかねぇ」


巴の後ろの席の少女が、眼鏡の少女へと話しかけた。

茶髪に脱色しており、きゅるんとした大きな瞳の少女であった。


「そうねぇ。私のお弁当を作ってくれる人がいなくて困るわ」


「あー、あんたの弁当、たまに不味そうな時があったけどアレ石川が作ってたの」


巴は、茶髪の少女を無視して淡々とカバンを席の横へとかけると、自分の携帯端末を取り出し、何か検索を始める。


「巴ぇ~、何見てんの?」


茶髪の少女は声をかけて身を乗り出した。

巴は熱心に自分の端末に目を落としている。


「カメラを、ちょっとね」


「カメラぁ?配信でもはじめんのアンタ」


「それも楽しそうね」


無表情なまま、巴はカメラの価格を調べる。

中学生の小遣いでも、なんとか購入できなくもなさそうだが、『軍資金』が今後も必要になる事を想定し、端末の画面を消した。


「アリシア、今日の放課後、時間はあるかしら?」


「え、まぁ、暇っちゃ暇だけど」


「ちょっと付き合って頂戴」


茶髪の少女は名前を呼ばれ、一瞬キョトンとする。

しかしその後「どうせロクな事じゃないんだろうな……」とブツブツ呟いていた。


チャイムが鳴った。

教師が教室に入り、授業が始まる。

巴は授業用端末を見ながら、何らかの図面を書いていた。






「重っも!臭っさ!熱っつ!」


「我慢して頂戴」


放課後。

大量の廃棄された機械部品が積み上げられた一角で、二人の少女は何かを探していた。

ここは、通称グレイヴヤード。行政も手を引いた違法廃棄物の巣窟だ。

本来は戦時中に廃棄された軍需物資の集積場であったが、いつの間にか違法廃棄物が集積され、このような様相になっていた。


「うへぇ。見てよこれ。医療用のナノマシンのカプセルじゃん。これって人間の頭ん中リモコンにしちゃうんでしょ?」


「いえ、行動の抑制ができるだけよ。例えばアルコールの依存症の患者に、アルコールを飲みたいと思わせなくして、破損した脳神経を修復する。それから正しくはナノマシンじゃなくてナノボット」


「……やっぱ人間をリモコンにできんじゃないの、それ?つか、野ざらしに捨てていいもんじゃないよね、これ」


アリシアは足元のカプセルを踏まぬように避けると、目的のものを黙々と探し始めた。

それから小一時間ほども経っただろうか。


「巴ぇ~、見つかったよぉ~!」


アリシアが巴を呼ぶ。

作業着に身に包んでさえ、どこか凛とした雰囲気のある黒髪の少女は、友人の元へと走る。

そこには、廃棄された自動ドアがあった。


「ちょっと下がっていて頂戴」


そういうと、巴は小型のレーザー・トーチを取り出した。

そして自動ドアから、必要な部品の一角を切り出す。

高出力の炭酸ガス・レーザーは、マグネシウム材で作られた軽合金を、いとも簡単に切りはなす。

そして切り取られた部品の一部を見ると、巴は口角を僅かに上げた。


「運がいいわね、アンプと一体型のセンサが手に入った」


「何に使うのよ。ていうかそもそも何?」


「んー……まずアンプというのは……」


「やっぱいい。アンタの言ってる事ってだいたい半分くらい理解できないわ」


いつもの事だ、と観念したアリシアは、また他の巴に指示された部品を探しに戻る。

小一時間ばかり探すと、巴が求めていた部品は予備も含めてすべて見つかり、カバンは一杯になっていた。


「もういいわ、これで十分」


「あ、そう?あー疲れた」


両腕を高く掲げて、アリシアは伸びをした。

二人とも作業用に着てきたジャージがドロドロに汚れていた。



「あーあ、こんな格好でモノレール乗りたくなぁーい」


「どこかのランドリーで洗っていく?」


「着替えどうすんのよ。いいよ、もう観念して帰る」


文句の多い茶髪の友人ではあるが、それでも文句を言いながらも付き合ってくれる。

巴は感情をあまり表に出さないために分かりにくいが、この友人に対して深く感謝していた。


「あのさ、どうせこれ、石川がらみなんでしょ?」


「ん……そうね」


アリシアは「やっぱりね」と小さく言うと、一言小さく咳払いする。


「あのさぁ、まぁ、アンタらの関係が正直なんなのかイマイチ把握できてないんだけどさぁ。どうせ石川がらみって事は危ない事なんでしょ?止めとけって言ったってアンタ聞きやしないんだから、せめて気をつけなさいよ」


巴は一瞬驚いた表情をすると、すぐに顔がほころんだ。

珍しい、彼女の穏やかな笑顔だった。


「ありがとう。貴女には、いつも感謝している」


「アンタの友達は石川だけじゃないんだからね。石川は正直どうでもいいけどアンタは大事なんだから。危ない事は絶対にヤだけど」


「ええ。貴女を忘れた事はないわ。寅之助と同じようにね」


巴はアリシアと、目を合わせて微笑んだ。


「さ、早いところ暗くなる前に帰ろ帰ろ。最近じゃ不良やチンピラどころかケーサツまで信用できないし」


「真摯に業務に励む方とていらっしゃるはずよ。そういう言い方は良くない」


「はぁーいママ」


そういって、二人は笑って別れた。





その晩。

巴は自宅のガレージに籠っていた。

はんだの熱気と、3Dプリンタが稼働する音が静かに響いている。


「さてこれは……よし、生きている」


ゴミ捨て場で拾ってきた部品をさらに分解し、その中から取り出したセンサを外部電源に接続する。

分解したゴミから取り出したセンサのうち、2つは故障していたが、3つ目は十全に機能する事を確認した。


「これで必要な部品はそろったわね」


彼女はパレットにセンサを置く。

そのパレットの上には、センサ以外に太陽光パネルと小さなキャパシタ、同じく小さなシーケンス装置、切り出した自作の基盤。それと彼女の私物の追跡タグと、ボルトが数本。それらが、規則正しく置かれていた。

ちょうどその時、3Dプリンタのモーター音が止んだ。


『造形、完了しました』


電子音声が鳴り響く。

彼女は造形された部品を取り出すと、軽く水洗いしてサポート材を除去する。

そしてその筐体に、パレット上の部品を一つ一つ組付けていく。

組み立て終わると、一端外部電源に取り付けて、装置を起動させる。


「さてと、お願いだから機能してよ……」


彼女は自分の携帯端末を取り出すと、自作のアプリを起動させる。

この装置のためだけに作った、ごくごく簡単なアプリだ。

起動。

ペアリング。

どちらも良好。

そして最終テストとして、彼女は装置の前で手を振った。


ぴろりん。


彼女の端末が鳴り、通知が画面に表示された。

可愛らしくデフォルメされた虎が、がおーと吠えている絵が現れている。


「よし、虎狩りの罠、完成」






翌朝。

巴は再び第4ブロックの『石川時計店』へと来ていた。

顔を近づけると、やはりガラスや室内が汚れている様子は、ない。

かなり頻繁に帰ってきてはいるようだった。


巴は周囲を見渡すと、足元の茂みに、彼女が昨晩作成したデバイスを隠した。

誰かがこの『石川時計店』の扉に手をかけると、それを感知し、巴の端末へと通知する。そんなごくごく単純なデバイスであった。

『ここに触れてください』と示されたパネルに手を触れると、扉が開く自動ドアがあるが、基本的にはアレと同じ仕組みだ。


「逃がさないわよ、石川寅之助」






その夕方。

学校にいる間、巴の端末に、虎のキャラクターが浮かぶ事はなかった。

もちろん、数日単位で日が開くだろうとは思っていた。それが店を直に監視せずに、デバイスに頼った理由の一つではある。


「ただいま」


彼女は自宅に帰ると、いつもの部屋着ではなく、動きやすい恰好へと着替えた。

ジーンズとシャツを身に着けると、一日中見ている端末を確認する。

『今日は来ないかな』彼女がそう考えた時だった。

端末の通知が、鳴った。





「お母さん!今日の晩御飯いらない!」


上着を急いできながら、巴は母親へとそう一言伝えると、脱兎のごとく玄関から飛び出した。

折り畳み式の電動キックボードを取り出し、一目散に三次元モノレールの駅へ。


「どうしたの巴ちゃん。巴ちゃ~ん?」


巴をそのまま成長させたような容貌の母親が、キャンバスに抽象画を描いていた。

そして絵筆を持ったまま、気の抜けた声で応じる。

しかし声をかけた時には、もう巴は飛び出した後であった。


「どうせトラ兄のとこでしょ」


リビングでゲームをしていた巴の妹が、ゲーム画面から目をそらさずに呟いた。

こちらもまた、巴をそのまま小さくしたような容貌であった。


「寅之助くん?うーん、お母さん、13歳はまだそういうのは早いと思うな。いい子だとは思っているけど」


「お母さん、あの二人、別に付き合ってないよ」


「えっ!?ウソ!?」


母親は目を見開いた。







巴は電動キックボードで駅まで一直線に向かい、乗り捨てるように降りると、切符を買って改札口へ。

寅之助の家まで最も最寄りの駅まで三次元モノレールを乗り継ぐと、そこからは全力で走る。


「ああっ、もう……っ!絶対に今度のジュラシック・シティとジュラシック・パークの二本立てに付き合わせてやる!」


巴は額に汗を流しながら、変に高くなったテンションのまま叫んだ。

『石川時計店』は、駅からそこまで遠くはない。巴もまた、運動能力にはかなり自信のある方であったが、全速力で走りきるには遠い距離だった。

そして肩で息をしながらたどり着く。


「あ」


「あ」


ガラス越しに目があった。

そこには良く見慣れた、剃りこみの入った坊主頭があった。

太い腕、太い足、太い体。

そんな肉の塊の男が、可愛らしいピンクのエプロンを身に着け、掃除機を動かしていた。

巴は息を整え、ガラス戸を開けて店に入った。


「……そのエプロン、似合っているわよ。寅之助」


「スカしてるお前が、珍しく必死でいいもん見れたよ。巴」


互いの名を呼んだ。

たった二月弱、会っていないだけだったが、その声は10年越しのように響きあった。


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