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凛として咲く獣-13

そこに理由はない。

ただ生まれた時から、物覚えが良かった。物事の構造を理解するのが得意だった。


運動神経も良かった。

私を見た大人たちは、皆可愛いと言った。

父親はバルク科学隊に所属する科学者、母親は名門の家系で著名な画家。

私の知性と感性を育むに過不足のない環境。


私は、3歳の時に自分が大きく恵まれている事に気づいた。


正しく生きようと、強く思った。

この偶然を誰かに分けるのが公平で当然だと思えた。

その矢先だった。


あの子を見た。

可哀そうだと思った。

だから、居場所を作ってあげようと思った。




『終点、サガナー、サガナーです。第4ブロック方向へはお乗り換えです』


「……んあっ」


三次元モノレールのアナウンスで目を覚ます。ヨダレで肩の上に水たまりが出来ていた。急いでハンカチでヨダレをふき取る。


巴は、夢を見ていた。

小さな頃の夢。

その夢の続きを想う。


慈悲と正義感から助けた同い年の男の子は、ずいぶんと奇妙な生き物だった。

想像をはるかに超えるペースで大きくなった。

彼は何度も私の予想を覆した。

見ていて、率直に面白かった。


私は、あの時にいた子供が、例えあの子でなくても助けたに違いない。

だがあの子でなくては、きっと私の親友になりえなかったに違いない。


「会いに行くよ、寅之助」


巴は心の中でそう呟くと、三次元モノレールを降りた。

美しい銀の車体から、赤さびた車体へと乗り換えた。







あの子に並びたいと、強く思った。

あの日、俺を救ってくれたあの子。


最初はただの尊敬。だがある日、気づく。あの子は神話の英雄か怪物だ。

俺と同い年にこうなれる子がいるならば、俺もこうなりたいと思った。


両親が消えて死にかけて、今の祖父に引き取られて柔道を覚えた。

別にあの子のために強くなりたかったわけじゃない。

だが最強という幻想を目指す行為は、あの子に並ぼうとする行為と並列した。


普通じゃないのは分かっていた。

だから努力した。天才に凡人が並ぶために必要なのは、狂気。

特別な事じゃない。あの子が好きな、合理的で論理的な選択をしたに過ぎない。




『どうした!?防戦一方かァー!?』


「がうっ!?」


肩口に落ちた手刀の痛みで目を覚ます。一瞬気絶していたらしい。いくら何でも格下と侮りすぎたと思いなおし、相手の腕を取る。


寅之助は、夢を見ていた。

小さな頃の夢。

その夢の続きを想う。


尊敬と崇拝から並びたいと思った女の子は、思ったよりもずいぶんイイ奴だった。

英雄か怪物か、そう思っていた相手は、もっと人間として面白い奴だった。

自分の知らない事、人間として大切な事を、いくつも教えてくれた。

気付くと、男子の誰よりも強い友情をあの子に感じていた。


あの子は、あの時にいた子供が、例え俺でなくても助けたに違いない。

だがもしかしたら、俺だから友達になれたんじゃないか。そんなおごりを少しだけ考える。


「会いてぇな、巴」


寅之助はそういって、体重をあずけた背負い投げで、対戦相手を投げた。

レフェリーが勝利を宣言していた。







寅之助は試合を終え、服を着替えアパートへ帰ろうと帰路を歩いていた。

珍しく夕方の試合。

客も少なく、比例してギャラも少ない。

だが寅之助は、ますます自分を壊すように試合に出ていた。

格下でしかない今日の相手に、一瞬意識を飛ばされたのも、疲労がたまっている証拠だろう。


「1年分の入院費……これで8か月分くらいは貯まったか?」


これまで寅之助の祖父が入院してから払った医療費を元に、おおよそ考える。

ここから、この第6ブロックで自活していくための生活費と、さらには時計店を維持するための諸経費も抜くと、これくらいの貯蓄になるだろう。


搾取されているな、と寅之助は思った。

だがそれでも、この第6ブロックに来る前に調べた、13歳が合法的に行える仕事のどれよりも、稼ぎが良いのは確かだった。

よく知る親友が、きっと自分をバカ呼ばわりしているだろうな、と思った。


「……ダセぇな」


寅之助は心の底から自嘲した。

あの子を、武蔵野巴をこんな所へ関わらせてはいけない、そう思って縁を絶ったのではなかったか。

端末のメッセージ・アプリにはいくつも通知が溜まっているが、どれも見ずに放置している。

それでも巴に会いたい、そう思っている自分があまりにも軟弱で嫌気がさしていた。


寅之助は、消耗しきっていた。

過酷な戦いの日々。ユラ。そしてアモン刑事。

巴が自分を引き留めたのが、いかに正しかったか。この地獄は、寅之助という人間を確実に削り取っていた。


「……ん?」


道の脇に、巴が見えた。


「俺、マジでいい加減にしろよ……」


寅之助は自分がこんな幻覚が見えるほど弱かったのかと、ほとほと嫌になった。

これはもう、祖父の病気や時計店の維持などとは無関係だ。

ここまで弱い自分に嫌気がさす。

強く、もっと強くあらねば。


「ちょっと、無視しないで」


嗚呼、糞。

ついに声まで聞こえた。

寅之助は稽古の強度をもう一度見直すと心に極めた。

確かに、最近のトレーニングは少し惰性になっているとどこかで思っていた。

食事、睡眠、そして稽古。いやそれだけではない、もっと本を読もう。運動生理学や解剖学の視点から、もっと突き詰められるはずだ。


「いい加減にして」


寅之助の広い背中に、軽い衝撃が走った。

『軽い』とはあくまで寅之助の主観であり、客観的には結構な威力であったのだが。

流石に寅之助も振り返る。


「なんだ?」


そこには、凛とした美少女が立っていた。

黒く艶のある長い髪。白磁のような肌。

今日は珍しく、オーバーサイズの眼鏡をかけた、よく知る顔。

武蔵野 巴であった。


「お久しぶり」


無表情のまま、少女は口を開いた。


寅之助は思考が止まった。

そして一瞬の後、頭に浮かんだのは、なぜお前がここにいるのだという、困惑。

それを乗り越えた後に浮かんだのは、怒るフリをすること。


『テメーがいる場所じゃない』


『帰れバカ』


『もうお前とは会いたくない』


そんな言葉が浮かんでは消えた。

だが実際に現れたのは、小さな一言だった。


「巴……」


そして寅之助は、穏やかな笑みを浮かべていた。










「貴方、安くて美味しい店を探す才能があるわよね」


「偶然だよ」


ダイナーでコーヒーをすすりながら、巴と寅之助は向き合っていた。

実のところ、寅之助はこの店には来たくなかった。ユラと食事をした思い出があるからだ。

彼女と、ナノボットでの依存症治療の話をしたのは、今となっては苦い思い出だ。


だがそれは自分の感情で、巴には関係ない。そう寅之助は自分に言い聞かせた。

この第6ブロックで、一定以上の食事を提供する店は、寅之助はここしか知らなかったからだ。


「寅之助?」


物思いにふけるような寅之助を見て、巴が怪訝な声を上げた。


「ん……ああ、悪い。試合の後でね、少しボケてた」


今度は巴が目を伏せた。

そして浮かれていた事を自省する。

確かによく見れば、寅之助の顔には真新しい傷跡が浮かんでいた。


「その顔、どうした?」


「え?」


こちらのセリフだろう、そう巴が言いかけて、すぐに思い直した。

病院の乱闘で負った傷はほとんど治りかけていたが、まだ多少の裂傷や腫れは残っていた。


「そうね、その話をしに来たの」


巴が口角を上げ、コーヒーを飲んだ。






「なんつった?」


「だから、貴方のお爺さんの入院費はもう……」


「違う、そうじゃねぇ。『病院に忍び込んでギャングとやりあった』だぁ?」


怒気を孕んだ声を、寅之助が上げた。そして額に拳を押し付けてうつむいた。

予想外の反応に、巴は何度も瞬きする。

きっと突然に、頭の上に砲弾が落ちてきたら、これくらい理解が出来ないのだろうか?そんな場違いな事さえ、巴は考えた。


「おい、もう店出るぞ」


「ちょっと!?痛っ……!」


寅之助はしわの寄った紙幣を数枚、机に叩きつけると、巴の腕を無理やり引っ張った。

その腕と迫力に圧倒され、巴は引かれるがままに店外へと出る。

そして乱暴に手を振りほどかれた。


「っ……どういうつもり?理解ができないわ」


巴もまた、語気を強めて抗議した。

不整合と非論理は、もっとも彼女をイラつかせるものの一つであった。


「バカ野郎……!」


寅之助が、全身を怒張させていた。

そして吐き捨てるように巴を罵る。


「その顔は、ギャングの連中に殴られたってか?自業自得だな」


「何を言っているの?貴方は……」


巴の心に浮かぶのは、怒りと困惑。

寅之助の顔に浮かぶのは、軽蔑。

巴は、寅之助から絶対に向けられることは無いと、心のどこかで思っていた態度を向けられて心拍数が上がる。

機械義手で殴られた時よりも、ボクサーと相対した時よりも、銃の引き金を引いた時よりも、怖い。


「もうお前は友達じゃねぇ。これっきりだ。ギャングとやりあうようなバカと付き合う気はねぇよ」


「だからそのギャングもこれから警察に……」


寅之助は、巴の胸倉をつかんだ。

歩行戦車と相対したが如き圧力が巴にかかる。しかし巴は目をそらさず、まっすぐに寅之助を見た。

彼女の怒りは、寅之助の腕が震えている事を見落とさせた。


「いいか?元・友達のよしみで忠告してやる。一つ、もう二度とここへは来るな、危険だ。二つ、二度と病院ともギャングとも関わるな。お前が死ぬなら勝手にすりゃいいが、俺のジジイが巻き込まれる可能性だってあるんだ!」


「貴方、そこまで頭が悪かった?だからもう一度……」


寅之助は巴の言葉を最後まで聞かず、巴を突き飛ばした。

軽く突き飛ばしたようにしか見えぬ動きであったが、まるで戦車に押されたような衝撃が走り、巴はよろよろと後退する。


「知らねぇよ。あとお前のそのオリコーさんな態度も実は昔からムカついてたんだ。もう喋んな」


それだけ言うと、寅之助は巴に背を向けて去って行った。

残された巴は、その場で呆然としていた。

巴の胸元には、寅之助に掴まれた指の圧迫感だけが残っていた。






超電導モーターの音が鳴り響くモノレールの車内を、煌々とした照明が照らし出す。

その中で、周囲の乗客はチラチラと目をやっては、見ないふりをする。

その視線の先には、一人の少女がいた。


「何を間違えたの。何を間違えたの。何を間違えたの……」


巴は無表情のまま、同じ言葉を繰り返していた。

そして一筋の涙が止まる事なく流れていた。


きっと貴方は喜んでくれると思った。

貴方のために、なんて押し付ける気はない。

それでもこれは客観的に、貴方が守りたかった物をすべて守り抜いたはず。

別に私の苦労はどうでもいい。

それでも、どうして貴方は私を拒絶したの?


帰宅を感知するセンサ。病院へのハッキング。潜入のためのコスチューム。戦うためのスタンガン。

どれが間違いだったの?


理解不能。

理解不能。

また寅之助が理解不能。


「私は、何を間違えたの……?」


悲痛な声が、モノレールの車内に響いた。






寅之助が第6ブロックでの生活拠点にしているアパートにつく頃には、もうあたりは真っ暗になっていた。

第6ブロックは差し込む日照量が少ないがために、暗くなるのも上層よりも早い。

寅之助は扉を開けて部屋に入り、鍵を閉める。

そして靴を脱ぐ間もなく、その場でペタリと座り込んだ。


「ごめん、ごめんなぁ。巴……ごめんなぁ」


巴からもらった犬のぬいぐるみを顔へと押し付け、寅之助は大粒の涙を流した。

声を押し殺し、暗い部屋の中ですすり泣いていた。


ありがとうと言いたかった。

俺なんかのために、顔にケガをさせてごめんと言いたかった。

お前は本当にイイ奴だ。

そこまで他人のためにやれる奴なんか、いない。

お前が俺を友達と思ってくれた事、それだけで俺は一生生きていける。


だからこれが、俺がやれる唯一の恩返しだ。


もうお前は俺なんかに関わっちゃ駄目だ。

もう俺なんかのために汚れちゃ駄目だ。

俺はきっと、もうギャングの関わりから離れられない。


お前がこれ以上関われば、きっとギャングから報復を受ける。

いやもしかしたら、もう報復に動いているかもしれない。

だから俺には、それを止める義務がある。


お前は俺なんかの世界を見るべきじゃない。

お前が俺の世界を知るときは、もっと俯瞰から見るだけでいい。

お前はお前の世界へ戻ってくれ。


「巴、ありがとう……!」


少年は、決して届かぬ感謝を口にした。


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