第54話 救国の英雄
レインが帰還した同時刻の魔王軍――
突如として出現した飛行戦艦に、七魔大公サレオスは驚きの表情で空を見上げた。
「なっ、何だあれは!」
サレオスが空を見上げたその瞬間、更なる驚愕の事態が巻き起こる。
飛行戦艦から魔法兵器のような砲が発射されたのだ。
シュバァアアアアアアアアアア!
ズドーン! ズドドドドドドドドドドーン!
一斉に発射された光線は、前方の魔獣軍団を薙ぎ払い、轟音と土煙を上げながら爆発する。地表のモンスターを吹き飛ばしながら。
「なんじゃこりゃあぁあああああああああ!」
サレオスの驚きはそれだけではなかった。驚愕に次ぐ驚愕。飛行戦艦の格納庫が開き、そこからゴーレム機甲部隊が降下を始めたのだ。
ズガガガガガ! ドドンッ! ドンッ! ドンッ!
数多くのゴーレムが地表に降り立ち、魔王軍を押し返し始めた。城壁に取り付いていたモンスターは駆逐され、攻勢であった前線は崩壊し始める。
「ば、バカな! こんなはずは……。この軍勢、まさかレイン・スタッドなのか?」
同意を求めるかのように、サレオスはもう一人の七魔大公へと視線を向けた。
ただ、その七魔大公アドラメレクは、恍惚の表情で涎を垂らしているだけなのだが。
「ぐふっ♡ さすがレイン殿ぉ! この私の予想の遥か上をいく豪胆なお方! 素敵ぃ♡」
「お、おい、アドラメレクよ。我らは負けておるのだぞ」
「強く、雄々しく、魔族を上回る暴力性! まさしく私の婿に相応しいわ! ぐへへぇ♡」
「くっ、ダメだこいつ。もう手遅れだ」
夢見心地な顔で敵との恋を語る同僚に、サレオスは暗澹たる気持ちで視線を落とした。
「おのれレイン・スタッド! 敵将まで手玉に取るとは! ま、まさか、これもレインの策略なのか? 敵ながら恐ろしい英雄よ!」
レインの知らないところで勝手に話は進む。こうして、魔王軍は自滅していった。
◆ ◇ ◆
俺たちが空から現れると、王都の人々は熱狂的な声を上げて出迎えてくれた。
「うおぉおおおおおお! 何だあの飛行船は!?」
「救世主だ!」
「王覧武闘大会優勝者のレイン・スタッドらしいぞ!」
「レインだと! あの次々と女を堕とす英雄の?」
「そうだ、あのレインだ! 英雄色を好むのレインだ!」
「勇者の帰還に万歳! 勇者万歳!」
「「「勇者万歳! 勇者万歳!」」」
俺たちが街に降り立つと、割れんばかりの歓声が沸き起こった。
だがちょっと待て! 誰だ『次々と女を堕とす』とか『英雄色を好む』とか言ってるやつは!
俺はまだ童貞だ!
断罪ルートを避けるため、女性関係には気をつけてきたというのに、何故か俺のイメージがこうなってしまった。
「ちょっとレイン! 私の他にも女を堕としてるの!?」
「レインさん! 女遊びは大概にしてくださいね!」
「お父様! わたくしの目が黒いうちは、女遊びなど許しませんことよ!」
ヴィクトリアとサーシャさんとリゼットから、同時にツッコみを受けた。
だから女遊びなんてしてねえんだよ。
これだけでも凄いのに、俺たちの中からエドガー王子が現れたことで、人々の熱気は最高潮になった。
「聞け、皆の者よ! 私は救国の英雄である、勇者レインを連れ戻したぞ!」
「「「うおぉおおおおおおおおおおおお!」」」
エドガー王子の一声で、会場のボルテージが更に上がる。
てか、誰が勇者だよ! しれっと俺の名前の前に『勇者』を付けるんじゃない!
そんな俺の不満も知らずか、エドガー王子の演説に力が入る。
「すでに勇者レインは、対魔王軍秘密兵器として、膨大な数のゴーレムを用意していたのだ! 今現在も、城壁の向こうでは、勇者レインの指揮のもと、ゴーレム部隊が戦闘を繰り広げておるぞ!」
「「「うおぉおおおおおおおおおおおお!」」」
「勇者レインがおれば、我らの勝利は確実である! さあ、救国の英雄である勇者レインを称えるのだ!」
余計なことを言うんじゃねー!
「「「勇者レイン万歳! 勇者レイン万歳! 勇者レイン万歳! 勇者レイン万歳! 勇者レイン万歳!」
俺は静かに暮らしたいだけなのに、何故か勇者に祭り上げられてしまった。
どうしてこうなった。
「さあ、レイン殿! 王城に向かいましょう! 我が父オズワルドに頭を下げさせます!」
「い、いや、そこまでしなくても」
「レイン殿は、我が国になくてはならぬお方! キッチリと詫びを入れさせ、勝利の暁には公爵へと叙爵させ、報奨金を授与する所存!」
「わかりました! わかりましたから! もうそれで良いです!」
もう面倒くさいので従うことにした。どうにでもしてくれ。
◆ ◇ ◆
「ぐっ、そ、その、レインよ。帰ってきたようじゃな」
オズワルド陛下は、苦虫を噛み潰したような顔で口を開いた。
ちょっと見ない間に、かなりやつれた印象になった。心労でもたたったのだろうか。
王城に招かれた俺たちは、すぐ国王に謁見することになったのだ。
つい先日追放を申し渡されたばかりなので、お互いにめちゃくちゃ気まずい。
「陛下!」
謁見の間に、エドガー王子の声が響いた。
ただでさえ気まずいのに、エドガー王子がガチに気合が入っていて、ますます気まずくなっているのだが。
「陛下! レイン殿にした仕打ちの撤回と謝罪を!」
「じゃ、じゃが……」
オズワルド陛下は目を逸らした。
しかしエドガー王子はそれを許さない。
「陛下! いえ、父上! あなたのせいで我が国は魔族に侵攻され、多くの民が傷ついておるのですぞ! さあ、勇者レインに頭を下げ、魔王軍を退けていただくのです!」
もうやめてくれぇ! 国王が平民に頭を下げるとか、面倒なことになるから勘弁してくれ!
俺は静かに暮らしたいんだ。
ガタッ!
逡巡していたオズワルド陛下だが、意を決したかのように立ち上がった。
「す、すまなかった!」
まさかのまさか、あのオズワルド陛下が俺に頭を下げたのだ。
あまりの出来事に、周囲に控えていた貴族や騎士からどよめきが起こった。
「これ、お前たちも頭を下げぬか! 英雄の帰還であるぞ!」
何を思ったのか、オズワルド陛下は、家臣にも頭を下げるように命じた。
自分一人では恥だと思ったのかもしれない。
「「「ははぁー!」」」
その場にいる全員が、俺たちに頭を下げた。
戸惑う俺。だが、リゼットが一歩前に出た。
「これで理解しましたわよね。お父様は神にも等しきお方なのですわ! たとえ王侯貴族といえど、お父様に楯突くなど不埒千万ですわ!」
リゼットぉおおおお! 更にハードルを上げるんじゃない。欠史三代創世神話は俺の作り話なのに。
しかし貴族連中は、リゼットの話を真に受けている。
「なるほど、やはり天啓スキルは本物だったのか」
「現に魔王軍を押し返しておるそうじゃ」
「あれだけのゴーレム軍を用意できるとは」
「南方では犯罪組織を壊滅させたと聞いたぞ」
「それだけではありませぬぞ! 空中浮遊する船を建造したとか! 恐るべきスキルである!」
「恐ろしや。もはやレイン殿は一国の軍勢に勝るのか」
どんどん俺の噂が大きくなっていく。
「うむ、天啓スキルの真の力を見誤った、ワシの不徳の致すところである。レイン殿には王都に屋敷を下賜し、十分な報奨金を――」
国王の話も長い。もう面倒くさい。追放しておきながら手のひらを反すのも腹立たしい。
しかし、俺が一番怒っているのは、娘を差し出せと言ったことだ。俺にとって娘は、何よりも一番大切な存在だからだ。
「えっと、そろそろ俺たちは行きますね。外の戦況が心配ですので」
適当に話を打ち切り、俺たちは謁見の間を後にした。
ゴーレムで押し返しているとはいえ、敵の中には七魔大公がいるはずだ。あのボスキャラを倒さないことには、王都のピンチは凌ぎきれないだろう。
◆ ◇ ◆
城壁に移動すると、兵士たちが慌ただしく動いているのが見えた。
王都の周囲を取り囲む城壁だ。堅牢な造りで、今まで魔王軍の侵攻を防いでいた。
兵士たちの中に、見知った冒険者の姿も見える。
「あれは……」
その冒険者と目が合うと、そいつらは飛び跳ねるように駆け寄ってきた。
「レインの旦那ぁああ!」
「おおっ! レインさん!」
「誰だっけ?」
俺の返しで、そいつらが大袈裟にズッコケた。
「それはないですよ~!」
「レインの旦那が帰ってくるのを、ずっと待ってたんですぜ!」
「悪い悪い。冗談だ。ザークとガランだろ」
このやり取りも懐かしい。つい最近まで冒険者ギルドでやっていたのに。
「よし、始めるとするか。何度もちょっかいを掛けてくる七魔大公をわからせねえとな!」
俺は押し寄せる魔王軍を見つめ、七魔大公をボコボコにすると誓った。
暴力は全てを解決するのだ。




