第52話 でんでんででん
「今日も良い天気だな。空は青く、海は凪いで、潮風が心地いい」
大きなビーチパラソルの下、リクライニングチェアに寝そべった俺は、トロピカルなジュースで喉を鳴らした。
「平和ですね」
隣のチェアで横になっていたエステルが、そっと体を起こした。
「平和が一番だな」
「ですね」
俺とエステルは、並んでジュースを飲みながら海を見つめる。
波打ち際では、シャルとメテオラが波と戯れている。フラっと何処かに遊びに行ったかと思えば、急に帰ってきて海水浴。元気な子だ。
「お父様、わたくしも一緒にくつろぎたいですわ」
リゼットがモグミを引き連れてやってきた。
モグミの後ろにはアハツェーンとドライツェーンが控えている。モグミがペンで落書きして、どっちも額の数字が18になってるけど。
「えへへぇ♡ ダーリン♡」
リゼットが俺のチェアに無理やり入ってきた。
ちょっと待て、ダーリンじゃないぞ。
「こらこら、甘えすぎだぞ」
「可愛い娘の戯れではありませんか。親子の愛情ですわよ」
「さっきダーリンとか言ってなかったか?」
たまにリゼットの愛情が、父親に向けたものではなく、恋人に向けるようなものな気がして怖いのだが。
「もうっ、お父様ったら。親娘の愛は恋人に勝るのですわよ。つまり親娘と書いて夫婦ですわね」
「読まねえよ!」
たく、リゼットときたら。やっぱり他の娘より危険な気がするぞ。今度ちゃんと教えないとダメかな。
「ところでリゼット、先日の外泊は何なんだ? 黙ってお出掛けとか心配するだろ」
俺はリゼットの目をジッと見つめる。
「そ、それは、ちょっと用事があったのですわ」
「シャルとメテオラも一緒にか?」
「はい」
リゼットは胸を張る。何もやましいことは無いとでも言いたげに。
「本当か?」
「ほ、本当ですわ」
今、ちょっと目が泳いだぞ。やっぱり怪しい。
「たまには息抜きも必要だけど、勝手にいなくなるのはダメだぞ。心配かけるなよな」
「はーい」
リゼットは、返事をしながら俺のチェアに寝転がった。
俺は前世で独身だったから、子育てが分からず困惑することばかりだ。世の父親たちは、どうやって躾けているのだろうか?
そんなことを考えていると、サーシャさんが通りの方から駆けてくるのが見えた。
「レインさぁーん! 大変! 大変よ!」
砂浜を走ってきたサーシャさんは、胸を押さえ息を整える。
「はぁ、はぁ、た、大変なのよ」
「どうかしましたか、サーシャさん?」
サーシャさんは目を丸くさせながら、一気にまくし立てる。
「大事件なのよ! 街の冒険者ギルドで耳にしたんだけど、この街を裏で牛耳っていた闇の組織が、謎の仮面集団によって壊滅させられたんだって! しかも領主様まで一緒に逮捕されたとか!」
「は?」
あまりの衝撃的事態に、俺は絶句してしまった。
「えっ、領主? もしかして、例の海賊の……。やっぱり背後にいたのは領主だったのか」
「そうなのよ!」
「いったい誰が……」
「噂によると、その仮面集団は天啓ファイブと名乗っていたそうよ」
「て、てて、天啓ファイブだとぉおお!?」
天啓ファイブなんて名乗られたら、俺の天啓スキルと混同されちゃうだろ!
いったい誰だよ、勝手に名乗ってるやつは?
「変なやつらもいるもんだな。なあ、エステル」
俺がエステルに話を振ると、急に彼女が挙動不審になった。
「は、はは、はい。そそ、そうですね」
「どうしたエステル?」
「なな、何でもないですよ」
変なエステルだな。
エステルとの会話を遮るように、急にリゼットが入り込んできた。
「お父様! 何にせよ、悪の組織が壊滅したのは良いことではありませんか」
「まあ、そうだけど」
「これは神の啓示。正義の執行ですわね」
リゼットは、『ふふーんですわ』と胸を張る。
「これで組織から追われることもありませんわ! 一件落着ですことよ」
「そうだな。何処の誰だか知らんが、これで良かったのか」
「お父様が単純で助かりましたわ」
「ん? 何か言ったか、リゼット」
「何も」
ちょっと釈然としないが、悪の組織が潰れたのなら良かったんだよな。
こうれで後顧の憂いなく、バカンスを楽しめるというものだ。
「暑い南の風に、透き通る青い海、娘たちと一緒に海水浴。よし、泳ぐか」
「はい」
「ですわ」
「でしゅ」
俺がリクライニングチェアから立ち上がったところだった。今度は、海の家の方から一人の美女が出てくるのが見えた。
「レイーン!」
美しい銀髪を揺らしながら、ついでに胸まで揺らす女、剣姫ヴィクトリアだ。
「ゲッ!」
「ちょっとぉ! ゲッて何よ!」
ヴィクトリアがグイグイ迫ってきて、俺は視線を逸らす。こいつの水着姿は、エロすぎて目の毒なんだよ。
「だから、今日は家族水入らずで過ごそうとしてだな」
「私も家族みたいなもんでしょ。ほら、新妻だし」
「誰が新妻だ」
相変わらず彼女は距離感がおかしい。だんだん馴染んでいるみたいで困っているのだが。既成事実を作られそうだ。
最近はエステルとも仲良くしているみたいだし。
「ほら、エステルちゃんからも言ってやってよ」
「えっと、そうですね」
困惑するエステル。そこにリゼットとサーシャさんが割り込む。
「ちょっと、お父様は渡しませんことよ!」
「レインさんが困ってるでしょ! まったく、ヴィクトリアさんは油断も隙も無いんだから」
「新妻だから当然よ!」
「だだだ、ダメです! レインさんが困ってます!」
「ですわ!」
いつものように、三人が揉め始めた。もう通常運行だ。
そんなこんなで、俺のバカンス生活は続く。
◆ ◇ ◆
のんびりとした南国リゾートを楽しんで二週間ほど経ったある日、嵐は突然やってきた。
「た、大変です! お客様!」
夕暮れの海が見える宿の一室。夕食にでも行こうかと思ったその時、血相を変えた宿屋の店主が飛び込んできた。
「どうかしましたか?」
「た、たた、大変なのです! で、でで、ででんかが!」
「ででんででん?」
太鼓か何かかな?
「邪魔をするぞ」
突然ドアが開き、物々しい装備に身を包んだ騎士たちと共に、高貴な衣装を着た男が入ってきた。
何だ、何が起きた、大貴族か? この人、何処かで見たような?
「ここに居られましたか! 探しましたぞ、レイン殿!」
高貴な衣装の男が、俺の前に立った。
「えっと、あなたは?」
「私はイザリル王国の第一王子、エドガーです。王城で一度お会いしておるはず――」
「で、でで、ででんででん、殿下ぁああ!」
しまった。俺も太鼓みたいな反応をしてしまった。
「で、殿下が、こんな場所に何の用ですか?」
「お願いいたします!」
突然、エドガー王子が俺に頭を下げた。
「お願いいたします! どうか、どうか我が国をお助けください!」
更に深々と頭を下げるエドガー王子。何だこの状況は。どうしてこうなった?
「殿下、頭をお上げください。私はただの冒険者ですよ」
「いいえ上げません! レイン殿に許していただくまで下げ続けます!」
「えええぇ」
驚いて固まる俺に、エドガー王子は切々と語り始める。
「我が父、オズワルドは、レイン殿を魔族と通じておると断じ、王都を追放しました。しかし、私はずっと反対だったのです! レイン殿は、天啓スキルを持つ英雄だと!」
「俺はハズレスキルだって――」
「だがしかし!」
エドガー王子の圧が凄い。
「聖魔大戦以降、人族と魔族は均衡を保ってきました。しかし、ついに魔族は大規模な侵攻を開始したのです!」
「ん?」
「すでに北方の街ジェビーナは敵の手に落ち、魔族は王都に向け侵攻を開始しております。このままでは、王都まで落とされかねない」
待て待て待て待て! 魔族が侵攻だと!? 初耳なんだけど!
どういうことだ?
もしかして、アドラメレクが?
呆気に取られている俺を置いてけぼりで、エドガー王子は話し続ける。
「私は決めました! この戦が終わったら、父上を退位させ、私が国王になると!」
「えっ、ええっ!」
「そしてレイン殿を貴族に復帰させ、公爵へと陞爵させます!」
「何だってぇええええええええ!」
思わず俺は叫んでいた。
そんな『この戦が終わったら』とか。何かのフラグみたいなことを言うんじゃねえ。




