第51話 レインが去った王都では2
イザリル王国の王都イストファン、この強固な防衛を誇る城塞都市に、かつてないほどの危機が迫ろうとしていた。
「ご、ご報告申し上げます!」
玉座に座る国王オズワルドの御前に、臣下の男が転がるように入ってきた。
「何事だ、騒々しい!」
オズワルドは顔をしかめて聞き返した。
対する臣下は、慌てて襟を正し背を伸ばす。
「た、大変です! 大変なのです!」
「だから何が大変なのだ!?」
不機嫌な顔をするオズワルドに、臣下の男は緊張の面持ちで口を開く。
「魔王軍が、魔王軍が大軍を率いて、王都に向け侵攻しております!」
「なっ!」
不機嫌そうな顔をしていたオズワルドだが、魔王軍侵攻と聞き絶句した。
「陛下、すでに北方の砦は陥落し、ジェビーナの街は魔族の支配下とのことです」
「ば、バカな……」
「敵の侵攻速度からいって、あと十日も経たずしてここ王都に来襲すると思われます」
オズワルドは立ち上がり虚空を見つめると、頼りない足取りで玉座に座り直した。
「あ、有り得ぬ。魔属領と国境を接しておるジェビーナには、屈強な騎士団を配備しておるのだ。それが、援軍を送る間もなく敗北するなど……」
虚空を見つめ続けるオズワルドは、誰にともなく話し続ける。
「聖魔大戦以降、魔族は力を失い大人しかったはずなのだ。それが何故……。はっ、アモリス聖教会の腐敗と聖騎士の凋落? その隙を突かれたのか?」
国王が呆けてしまい、臣下の男は所在無げに立ちすくむ。
そこに、血相を変えたエドガー王子が入室した。
「父上! いえ陛下! 魔族侵攻と聞きましたが!?」
「エドガーか」
「陛下、やはりレイン殿を呼び戻しましょう!」
エドガーの口からレインの名が出て、オズワルドはあからさまに嫌な顔をした。
「何故あの男を呼び戻さねばならぬのだ! そもそもあの男は魔族の子を匿っておったではないか!」
「陛下!」
「裏で魔族と繋がっておるやもしれぬのだぞ。そんな男を信用できるか」
この期に及んでもレインを信じようとしないオズワルドに、エドガーは強い口調で返す。
「父上! 敵と味方をお間違えなきよう! レイン殿は、天啓のスキルを持つ国の英雄でありますぞ! 王覧武闘大会を圧倒的強さで優勝し、ドラゴンやサラマンダーを倒すほどの腕前なのです!」
気色ばんだエドガーは、今までの鬱憤を全て吐き出すかのように止まらない。
「魔族の侵攻は、レイン殿が王都追放になったのを見計らい、それに合わせるように行ったのが明白です! この事態を招いたのは、他ならぬ父上のせいでありますぞ!」
息子から『責任は国王にある』と突き付けられ、オズワルドは顔をしかめた。
「なっ、何だと! エドガー、この無礼者が! 息子といえど容赦せぬぞ!」
肩を怒らせたオズワルドだったが、その何倍もの怒りが戻ってくるとは思いもしなかっただろう。
「いいえ、言わせてもらいます! 父上が一時のメンツに拘るがゆえ、レイン殿を追放なされたのです! その結果が、この惨状だと分からぬのですか! 今すぐにもレイン殿を呼び戻しましょう!」
今まで頼りない王子だと思っていたはずが、予想だにしない威厳を見せつけられ、オズワルドはたじろいだ。
「なっ、え、エドガーよ……」
「父上! すぐにレイン殿を呼び戻すのです! 礼を尽くし、国のために戦ってくれと頼むしかありますまい!」
「しかし……」
気圧されたオズワルドは、顔を背け口をつぐんだ。
「父上!」
「し、しかし、レインは王都を離れ行方知れずだ……」
「すぐに王国全土に触れを出し、レイン殿を捜索しましょう!」
オズワルドとエドガーが舌戦を飛ばしているところに、新たな臣下が現れた。
「陛下、お取込み中申し訳ございませぬ。ご報告が」
「ええい、やかましい! 今は取り込んでおるのが分からぬか!」
オズワルドに一喝され、臣下は震え上がった。
しかし、退出しようとした臣下を、エドガーが呼び止める。
「何用だ? 申してみよ」
王子に呼び止められ、臣下の男は恐縮しながら口を開く。
「申し上げます。南方のメレーニアを拠点にしておりました海賊が、一夜にして組織壊滅し全員逮捕されたとのことです」
「何だと! 詳しく申せ!」
エドガーの声が大きくなり、臣下は背筋を伸ばした。
「は、はっ、それが、冒険者により海賊『赤き陰謀』が壊滅させられ、首領のドルゾロイが逮捕されました」
「冒険者がだと!?」
「それが……」
「まだ何かあるのか?」
臣下は一呼吸おいてから、一気に言い放つ。
「ドルゾロイ始め海賊どもが王都まで連行されたのですが、そのすぐ後に『黒き統合』と名乗る闇の組織と、メレーニア領主の城も壊滅状態になりました。組織のボスであるグズモフ、奴隷密売組織のヴェノミア、そして領主のカーディア様まで逮捕され、王都に護送中とのことです」
とんでもない話に、エドガーもオズワルドも呆気に取られてしまう。まるで夢物語でも聞かされているかのように。
「海賊と闇の組織を一気に壊滅だと……。しかも一介の冒険者が? いや待て、こんな芸当ができるのは……」
エドガーの脳裏に、一人の男の姿が浮かんだ。
「まさかレイン殿が」
そうつぶやいたエドガーは、華麗な仕草で玉座に平伏した。
「陛下、これより私は南方のメレーニアに赴き、レイン殿を連れ帰ってみせます」
「ま、待て、エドガーよ。そなたが行くまでもない。部下に行かせれば良いではないか」
オズワルドがそう言うも、エドガーは首を横に振る。
「いいえ、私が赴きましょう。レイン殿に礼を尽くすには、王子である私が行くのが筋というもの」
「元貴族とはいえ、一介の冒険者にそこまでせぬとも」
「レイン殿は救国の英雄たる存在です! 陛下は私が戻るまで防御を固め、持ちこたえてください!」
そう主張したエドガーは、オズワルドに背を向け歩き出す。その瞳は、固い決意に満ちていた。
◆ ◇ ◆
その頃、ジェビーナを支配下においた魔王軍は、街の統治もおざなりなまま、更に南進を続けようとしていた。
「グハハッ! 脆い! 脆すぎる! 人族の力はこんなものか!」
ジェビーナの城のバルコニー。その階下に広がる魔王軍を眺めながら、男がつぶやいた。
ただの男ではない。ひときわ異彩を放つ、獰猛な印象の魔族だ。
名を七魔大公サレオスという。
「聖魔大戦以降、魔族は力を失い屈辱に耐え続けてきた。だが、もうそんな時代は終わりだ。イザリル王国を手に入れ、ここから魔王軍の威光を取り戻すのだ!」
勇ましく言い放つサレオスの隣に、もう一人の七魔大公が立っていた。
妖しげな紫色の髪、魔力を帯びた二本のツノ、ネコのような縦長の瞳孔。そして、男を魅了するサキュバス特有の美しき肢体。
凛々しき女魔族、七魔大公アドラメレクである。
「うふふっ、待っていなさい、レイン・スタッド!」
凛々しきアドラメレクだが、凛々しいのはそこまでだった。途中から様子がおかしくなり、その顔は上気する。
「ふふっ♡ うふふふふっ♡ レイン殿ぉ、必ずドスケベセッ○スして種を手に入れなければ」
グヘヘ顔で話すアドラメレクに、サレオスは戸惑いを隠せない。
「お、おい、アドラメレクよ、当初の目的を忘れてはおらぬよな?」
「当然でしょ! レイン殿とドスケベセッ○スする目的は忘れていないわよ!」
「魔族再興はどうなった!」
完全に目的をはき違えているのか、アドラメレクの顔は緩み切っていた。
これにはサレオスも肩を落とし、溜め息をつく。
「はぁ、先が思いやられるぞ。やはりラプラスを連れてくるべきであったか……」
後悔しても、もう遅い。魔族も一枚岩ではなく、主流派と反主流派に分かれていた。
しかも、主流派である二人でさえ、イザリル王国を手に入れんとするサレオスと、レインとドスケベしたいアドラメレクというように、目的が噛み合っていない。
人族と魔族、両陣営共に空回りしたまま、戦は始まった。誰にも先が読めぬ、レインと娘たちを巻き込んだ戦いが。




