第47話 阿吽の呼吸
ララァアアアアァ!
洞窟内に響き渡った歌声で、死霊が尽く消滅してゆく。リゼットの歌はちょっと音痴だけど、本当に魑魅魍魎を滅殺する力があったようだ。
「ば、バカなぁああ! 高位黒魔法により召喚した死霊を、こんなあっさり倒す者がおったとはぁああ!」
敵の黒魔法使いが、ガックリと膝をついた。
アンデットを召喚する大魔法を使ったのに、まさか歌で倒されるとは思ってもみなかったのだろう。
これには歌った本人のリゼットまで、信じられないといった顔をしている。
「わ、わたくしが……歌で……。凄い! やはりお父様は凄いですわ!」
何故か俺が凄い話になっているのだが!? 凄いのはリゼットなのに。
「さすがお父様ですわ! 失われし創世神話を熟知し、わたくしに適切な助言をくださいました。お父様……まさに神の如き人。いえ、お父様こそが至高神ですわ!」
こらリゼット、俺を神扱いするんじゃない! 恥ずかしいだろ。
でも、頑張ったから褒めないとな。子供は褒めて伸ばすものだ。
「よくやったなリゼット。偉い偉い」
頭をナデナデしてやると、リゼットは誇らしげな顔になった。
「ふふーんですわ! お父様に一番愛されているわたくしですから、当然ですわね」
リゼットの口から『一番』というセリフが出て、他の娘たちの目つきが変わった。
「むぅ、一番はわらわなのじゃ!」
「パパぁ、一番はシャルなの!」
「お父さん! 怒りますよ!」
メテオラとシャルがムキになり、いつも大人しいエステルまでちょっと怖い。
「レイン様、マスターモグミ様がお怒りです。早急に対処をお願いいたします」
ミグミを抱いたアハツェーンが、俺の横に並んだ。感情のこもっていない声で、『お怒りです』とか言われると、ちょっと怖い。
髪で隠れたモグミの表情は見えないけど、何だか怒っている気がする。
「ちょっと待て、誰が一番とかじゃないからな。皆、可愛い俺の娘だから。おい、落ち着けって」
娘たちがグイグイと俺に迫る。誰もが俺に褒めてほしいといった感じに。仕方がないので、皆の頭を撫でておいた。
「わたくしのように活躍すれば、きっとお父様も褒めてくださいますわ。おーっほっほ!」
リゼットの言葉で、皆が俄然やる気になった。何故かヴィクトリアまで。
暴走しそうで危険なのだが。
「皆、落ち着けって」
皆をなだめてから顔を前に向ける。
今はそんな場合じゃない。先ずは海賊を倒さないと。
「そ、そんなバカなぁああああぁ!」
黒魔法使いの男は、まだ頭を抱えている。先にコイツを倒しておこう。
「おい、卑劣な海賊に協力したお前も同罪だ! 大人しく俺に倒されろ!」
俺が声をかけると、その男は気色ばむ。
「何だ貴様は! 許さん、許さん、許さんぞ! 我は偉大なる黒魔法使い、この世を我が眷属で蹂躙するまで止まれぬのだ! 報酬に金と女も約束しておるゆえな! 泣き叫ぶ女をモノにするのが、我が至福の時間よ! グハハハッ! グボゲェ!」
ヤツの話を最後まで聞かずに、俺は鉄拳を顔面にぶち込んでいた。
黒魔法使いの男は、俺の拳で戦闘不能だ。結局、名前も聞いていなかった。モブに厳しい世界だ。
「クソッ、お前もクズかよ。もうクズのオンパレードだな」
吐き捨てるように言った俺は、汚いものを見るように顔をしかめた。
泣き叫ぶ女を――のところで我慢ならなかったのだ。俺は弱者をイジメるヤカラが大嫌いだから。
「そこまでだ!」
突然、洞窟内に大声が響いた。
声の主は、髭面の大男。海賊の首領、ドルゾロイだ。
「動くな! 動けば、この女の命はないぞ!」
「なっ、何だと!」
ドルゾロイは人質をとっていた。俺たちを裏切ったはずのアニヤが、ドルゾロイに捕まりナイフを突きつけられている。
「アニヤ!」
俺がそう叫ぶと、アニヤは全てを諦めたような顔になった。
「あはは……裏切り者に相応しい最後ですね。ごめんなさい、冒険者さん。私はあなたを信じず、自己保身で裏切ってしまいました」
「アニヤ……」
「冒険者さん……いえ、レインさん、私のことは気にせず戦ってください。結局、私はこうなる運命だったのです」
アニヤは、光の無い瞳のままうつむいた。
「アニヤ……」
そうだ、いつもそうだ。弱者はいつも虐げられ、利用され、最後は捨てられるんだ。
元世界でも異世界でも同じだ。
俺は、そんな不条理をぶっ壊したくて……。
「アニヤ、そこで待ってろ」
「えっ?」
アニヤは戸惑った顔をした。
「言ったろ、俺が助けるって! 俺が海賊をぶっ潰して、お前を助けてやる!」
俺は言い放った。相手がどれだけ強いのか知らねえが、俺が全て暴力で解決してやる。人の心を踏みにじるクズ共は、一人残らずぶっ潰すだけだ。
「ぐぁっはっはっはっは! 愚かな男だ!」
そんな俺を、ドルゾロイは嘲笑う。
「お前たちは終わりだ。この場所に誘き寄せられたのが分からんのか! この狭い洞窟では身動きがとれぬ、しかも岩盤が脆く魔法も使えまい。数が物を言うのだ! さあ行け、手下どもよ!」
ドルゾロイの声で、海賊たちが一斉に襲い掛かってきた。
狭い洞窟内では、ヴィクトリアの超高速剣技が使えない。シャルの超重力打撃も、崩落の危険性がある。
アハツェーンの火炎で倒そうにも、人質がいて使えない。
詰んだかに見えた。
「それがどうした! 魔法もスキルも使えねえのなら、俺の拳でぶん殴るだけだ!」
俺は敵に向け走り出した。戦略も何も無い。戦闘スキルの無い俺が、ひたすらレベルを上げ練り込んだ拳だ。
「くらえクズども! 暴力は全てを解決するんだぜ!」
ズガッ! ボゴッ! ズドンッ! ズバッ!
狭い洞窟内、正面から攻めてくる海賊たちを、俺は次々と殴り倒していく。
狭くて同時に戦えない? それならこっちも好都合だ。何百人もいる海賊を、全員ぶっ倒せば良いのだからな!
ズドンッ! ボゴッ! ズガンッ!
「きゃああああ!」
「た、助けてくれぇ!」
「バケモンだ! この男はバケモンだ!」
海賊たちは、阿鼻叫喚の叫び声を上げながら、次々と俺に倒されていく。反撃の隙も与えない、ただただ速射でパンチをぶち込んでいるだけだ。
ちょっと暴走し過ぎたかな。パーティーメンバーも引き気味かもしれねえ。
「凄い、凄いわ! 旦那様、素敵ぃ♡」
何か蕩けたようなヴィクトリアの声が聞こえてきたけど、気にしたら負けだ。
「お父さん、凄いです!」
「パパぁ、強くて最強なの」
「お父様……カッコイイ♡」
「さすが父上なのじゃ」
「にしし、お父しゃん」
娘たちの熱い視線を感じる。恥ずかしいから、そんなに見つめないでくれ。
ズガッ! ボコッ! ズダァーン!
残った敵をぶっ飛ばし、洞窟内は倒れた海賊だらけだ。
あれだけいた海賊も、残すはドルゾロイただ一人となった。
「後はお前か、ドルゾロイ」
俺が一歩踏み出すと、ドルゾロイはアニヤにナイフを突きつけながら後退した。
「なっ、し、信じられぬ! 屈強な手下どもが、一瞬で!」
「後はお前だ!」
「ま、待て! それ以上近付くと、この娘の顔を切り裂くぞ」
ドルゾロイは、アニヤの頬にペチペチとナイフを当てた。
「やってみろよ、その手に持ったナイフより先に、俺の拳がお前の顔を粉砕するぞ」
「くっ」
俺とドルゾロイは、相対したまま膠着状態になった。
ドルゾロイのステータスを確認した。レベル41か。確かに一般人と比べたら強いけど、七魔大公やエルフの千人隊長ほどではない。
ただ、アニヤの顔にナイフが突きつけられているのだ。やるなら万全を期したい。
これまで辛い思いをしてきたアニヤを、これ以上酷い目には遭わせたくないのだ。
何かでドルゾロイの気を逸らすしか……。
俺は無言でエステルの目を見た。
察しの良いエステルは、それだけで気づいたようだ。小さくコクッと頷いた。
「来るな! それ以上近付くな! ひひっ、島の裏側にある基地には、まだ大軍が残っているんだ! 海賊船も揃ってる! この島を脱出して、もう一度やり直してやるぜ!」
ドルゾロイは、アニヤを抱いたまま徐々に後退する。
「あばよ、バケモンみたいな冒険者め! レインとか言ったな、お前は絶対に許さねえ! 必ずこの報復はしてやるぜ! お前に安息の日は来ない! ぐはは!」
その時だった、突如として空間から雷光が走り、ドルゾロイの腕を貫通した。
「うぎゃああああぁ! なんじゃこりゃあ!」
痛みでドルゾロイがナイフを落とした。
エステルの無詠唱魔法だ。魔法詠唱がなく、突然魔力が顕現される。
さすがエステルだ。一瞬で俺の意図を読み、雷撃で奴のナイフを落とすのに成功した。しかも天井を崩さないよう、弱めの魔法を的確に命中させるとは。
「よくやったエステル!」
俺は一瞬で距離を詰め、ドルゾロイに向け拳を繰り出した。




