第46話 リゼット、歌え!
俺は監禁場所にいた海賊を縛り上げると、奴隷少女たちを港方面へと誘導した。
「後はこの道を真っ直ぐ行くだけだ。港で待っていてくれ。俺は海賊どもを倒してから合流する」
そう説明すると、海賊に襲われていた女性が俺の手を握った。
リゼットにヒールを掛けさせたから、体の傷は治ったはずだ。でも、心の傷は消えていないだろう。
「ありがとう。本当にありがとうな。女の子は、あたいに任せな。必ず無事に連れて行くからさ」
「ああ、頼むぞ……」
俺は何か言おうとしたが、言葉が見つからない。
下劣な海賊たちに組み敷かれていたのだ。男の俺には想像できない屈辱だっただろう。
「そんな顔しないでよ。あんたは私らを助けてくれた。それで良いじゃないか」
「でも……」
「あんたは優しいんだね。こんなあたいのことも気遣ってくれるなんてね」
優しい? 俺は優しいのか?
俺は優しい男なんて辞めたはずなのに。
誰もが優しい世界なら、みんな幸せに暮らせるはずなんだ。
でも、世の中は、そんな簡単じゃない。
優しい人は騙され、搾取され、踏みにじられる。実際に目の前にいる女性もそうだったじゃないか。
俺は…………。
「待っていてくれ。すぐに戻る」
俺はそれだけ言って、来た道を戻っていく。
何も答えを出せないまま。
◆ ◇ ◆
続いて俺たちは、海賊がたむろしているアジトへと向かっていた。
先導しているのは、先刻知り合った酒を運んでいた少女だ。名前をアニヤというらしい。
監禁場所を教えてもらってから、酒を運ばないと怪しまれると言い、一旦お酌をするために戻らせていた。
再び合流し、こうして道案内をさせているのだ。
「こっちで間違いないんだな?」
「はい」
俺の質問に、少女は光の無い目で答えた。
「こんな場所を通るのか?」
いつしか道は狭くなり、俺たちは洞窟のような地下を進んでいた。
これには俺の後ろにいるヴィクトリアも不安な顔をする。
「ちょっとレイン! 何よここ、怖いわ」
「お前は大人だから離れろよ。俺は娘を守りたいんだ」
「そんなぁ」
相変わらず手のかかる女だ。うちの娘のほうがしっかりしてるぞ。
「それにしても、不気味な場所だな。本当にこんな場所に……」
「はい、こっちです」
俺の疑問に答えるように、アニヤは前方を指差す。
「そうか……」
狭く暗い洞窟。天井は脆く崩れやすい感じがする。
こんな場所で戦闘になったら危険だぞ。
そんな俺の不安は的中した。前方から海賊たちがゾロゾロと現れたのだ。
「くっ、マズいな。こんな場所じゃ魔法は使えない。天井が崩れて生き埋めになっちまう」
俺が敵を倒すしかない。そう思った時だった。
海賊たちの中で、ひと際目立つ強面の男が、俺たちに向けて笑い始めたのだ。
「がっはっはっはっはっは! 罠に掛かったとも知らずに、のこのこ出てくるとはお目出度い奴らだぜ!」
「罠? 何のことだ!?」
俺の疑問に答えるように、海賊の首領らしき男は言い放つ。
「アニヤ、よくやった。戻って来い」
「はい、ドルゾロイ様」
そう言ったアニヤは、海賊の首領の方へ歩いていく。
「えっ? あ、アニヤ? どうして……」
俺は理解が追い付かなかった。海賊に囚われ暴力を受けていたはずのアニヤが、俺たちを裏切ったのだ。
「がはははは! 俺は赤顔のドルゾロイ。赤き陰謀の首領よ。どうした、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をして」
ドルゾロイとかいう首領が笑う。全て計画どおりとでも言いたげに。
「どういうことだ?」
「がはは! アニヤは調教済みなのだ。全て情報は筒抜けよ。貴様らがアジトを攻めると聞いたから、こうして狭い洞窟で待ち構えておったのだ」
クソッ! 全てドルゾロイの手のひらの上ってわけか。
この状況に、アニヤは光の無い目を俺に向け口を開く。
「ごめんなさい、冒険者さん。私は最初から敵だったの」
「そんな、あの時に流した涙も嘘だったのか?」
「あれは……」
アニヤは口ごもった。
「一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、私も希望を見てしまいました。でも、ドルゾロイ様に勝てる者などいないのです。裏切ったら、もっと酷い拷問が待っています。私のような人間が、希望など夢見てはいけないのです」
そういうことか。前世で聞いたことがある。ストックホルム症候群というものがあると。
誘拐や監禁をされた被害者が、生存本能から加害者に共感や協力をしてしまう心理現象だ。
極限の恐怖状態では、誰しも異常な防衛本能が働いてしまうのだろう。
「そうか、理解した。アニヤ、すぐに助けてやる。そこで待ってろ」
「えっ! オジサン、話を聞いてましたか? 私は敵なのですよ」
「聞いていたさ。黙ってそこで待ってろ。俺が助ける」
俺とアニヤのやり取りを聞いたドルゾロイは、下卑た顔を更に歪めて笑う。
「ぎゃははははは! ぐあっはははは! 愚かな男だ。まだ分からんのか? お前たちはここで終わりだ!」
ドルゾロイは笑う。見下し、貶め、辱めるように。
「この世は金よ! 全ては金と暴力が支配するのだ! このアニヤもそうだ。貞操を散らし暴力で躾ける。行為の度に顔を殴ってやれば、すぐに言うことを聞く下僕になるのだ。そうして俺は、全ての金と女を手に入れてきた! ひゃっはっはっは!」
聞くに堪えない。心底腐っているクズだ。こんな奴の顔は、もう見たくない。俺の拳でぶち壊してやる。
「言いたいことはそれだけか? お前は許さない。暴力と言ったな? そこは俺も同感だ。ただし、暴力を振るうのはクズにだけだがな!」
「馬鹿め! 貴様らはここで終わりよ! 先生、頼みましたぞ」
ドルゾロイが『先生』と呼んだ男が前に出る。
「くくく、貴様らが何故ここに誘き寄せられたか理解できるか?」
その男が言った。黒いローブを着た、顔色の悪い男だ。まるで死霊のような顔をしている。
「我が最強の黒魔法を受けるがよい! 狭間に眠りし魑魅魍魎は、怨恨を滾らせ滅びの贄となれ――」
男は怪し気な魔法を詠唱し始めた。
「何だ、あの魔法は!?」
「お父様、あれは危険ですわ!」
リゼットが叫んだ時には遅かった。魔法詠唱は完了し、洞窟内に大量の死霊が現れたのだ。
キョエェエエエエエエエ――
洞窟内を埋め尽くすほどの死霊。俺たちに向かって、襲い掛かってくる。
「お父さん、任せてください」
「わらわも加勢するのじゃ」
「待て! この洞窟で魔法はヤバい!」
魔法を放とうとしたエステルとメテオラを、慌てて俺は止めた。
脆い岩盤層なのだ。強力な魔法を放てば、たちまち天井が崩れてしまう。
「シャルが倒すの!」
前に出ようとするシャルを、同じように止めた。
「死霊に物理攻撃は効かないんだ!」
俺のゲーム知識が正しいのなら、アンデットモンスターには神聖魔法か、神性を帯びた武具しか通用しないはず。
どうする? どうすれば?
こんな魑魅魍魎のような死霊を……。
「ん? 魑魅魍魎?」
俺は何かを思い出した。魑魅魍魎という言葉で何かを。
「何だ、何処かで聞いたような? 魑魅魍魎……。そ、そうだ、リゼットだ!」
俺は思い出した。リゼットのステータスに、変なスキルがあったことを。
「リゼット、歌え! 歌うんだ!」
「はあ?」
リゼットは面食らっている。この非常時に、何で歌うのかと。
ここは一芝居うつか。
「リゼット、これは俺しか知らない欠史三代創世神話なのだが」
「えええっ! お父様しか知らない、失われし創世神話! これは聞き逃せませんわ!」
よし、リゼットが乗ってきた。
「リゼット、神の代行者たるお前は、歌声に死霊を鎮め、世界を清める必殺スキルがあるんだ」
「ひ、ひひ、必殺スキル!?」
「歌え、リゼット! 魑魅魍魎滅殺の歌声で!」
俺のハッタリで、リゼットがノリノリだ。「いきますわ!」と大きく口を開け、歌声を響かせ始める。
「お、お、お父様♪ 強くて凛々しいお父様♪ 悪を許さぬお父様♪ 鉄拳制裁、徹頭徹尾、何はともあれ撲殺だ♪」
リゼットの歌が、まさかの自作ソングだった。しかも俺の歌だと!?
「逞しい体と、クールな横顔、そんな姿にわたくしは♪ 濡れ、濡れ、濡れ、恵の雨で大地は潤い――」
ぎゃああああ! 何か分からんが、共感性羞恥みたいなので居ても立っても居られないのだが! 何だこの恥ずかしい歌は!
俺まで必殺スキルを受けそうだぁああああ!




