第45話 海賊の島
目の前に広がるのは、月明かりに浮かぶ黒い水面。寄せては返す波の音が響き、潮の香りが鼻をくすぐる。
そして海の向こうに見えてきたのは、メレーニアの港から目と鼻の先にある、パレオ島。海賊が根城にしている孤島だ。
「あれがパレオ島か。街の人も怖がって誰も近づかないという……」
俺たちは、この街の冒険者ギルドで海賊討伐のクエストを受注した。クエスト報酬と報奨金が掛けられている、重要秘匿クエストだ。
サーシャさんやリズさんを飛行戦艦に残し、俺たちパーティー【レインと娘たち】は、小舟でパレオ島に向かっていた。
「地形認識、生体反応探知、完了。レイン様、パレオ島の港周辺に生体反応はありません。奥にある見張り棟に男が二人。寝ているのか動きはありません」
アハツェーンが空間探知を使った。
マスターであるモグミを守るため、この海賊討伐クエストについてきたのだ。
「よし、慎重に行こう」
俺は娘たち一人一人と目を合わせる。
「いいか、お前たちは強い。でも、決して危険なことはするなよ」
「「「はい」」」
素直に返事をする娘たち。
海賊の蛮行は許せないが、一番は娘たちの安全である。俺は家族と平和に暮らしたいだけだ。
周囲が放っておいてくれないけどな。
でも、娘と同じくらいの少女が酷い目に遭うのは許せない。奴らが子供を虐待するのなら、俺が根こそぎ潰すのみだ。
そんな中、ヴィクトリアが体を寄せてきた。
「レイン、海賊なんて私が倒しちゃうわよ。期待してね」
「おい、近いって。無駄にデカい乳を押し付けるな」
「何よもぉおおぉ!」
拗ねたヴィクトリアがそっぽを向いた。
こんな美貌と巨乳で迫られて、正直なところ内心バクバクだ。しかし、娘たちの手前、デレデレする訳にはいかない。
「ふふーんですわ。残念でしたわね。お父様は小さな胸が好きなのです」
そこでリゼットが無い胸を張る。
おーい、俺はロリコンじゃないぞ。
「ああぁん! 旦那様ぁ!」
「おい、ヴィクトリア。隠密行動してるんだからデカい声を出すな。デカいのは胸だけにしろよ」
まったく、この女は胸も態度も声もデカいな。ポンコツっぽいのに腕は立つし、男をそそるゾクゾクするような美貌ときた。扱いに困るのだが。
ザザザッ! ザザザッ!
そうこうしている内に、船はパレオ島に着岸した。
俺はすぐにロープで船を固定し、娘たちを下船させる。
「よし、行こう。俺とシャルとメテオラは前衛、エステルとリゼットとモグミは後衛。アハツェーンは最後尾を守ってくれ」
皆に指示を出すと、ヴィクトリアが顔を寄せてきた。
「ねえ、レイン。私は?」
「お前は俺の横にいろよ」
「ふぁああぁ♡ 旦那様ぁ♡」
ヴィクトリアの様子がおかしい。何か目がイっちゃってる。ヤンデレヒロインかな?
勝手に動かれると困るから、俺の隣にいろって言っただけなのに。
「よし、先ずは見張りを捕縛してから、奴らのアジトに突入する」
◆ ◇ ◆
見張り棟にいた二人は軽く眠らせ(ボコボコにし)、俺たちは島の奥へと歩を進めていた。
ここまで全く攻撃はされていない。
「このまま簡単に終われば良いのだがな……」
そんなはずはないと思うのだが、そう思わずにはいられない。俺は人間の醜いところを見たくないからな。
「ん?」
少し進んだところで、あられもない服装の少女の姿が視界に入った。ギリギリまで丈が短いワンピースを着て、酒の乗ったお盆を持っている。
「この島に連れ去られた少女だろうか? よし、あの子から情報を聞いてみよう」
俺は皆に隠れているように指示してから、そっと少女のもとに近付いた。
「ちょっとキミ」
「きゃっ! んんっ――」
叫び声を上げそうになった少女の口を塞ぎ、物陰まで移動した。
「静かにしてくれ。ちょっと聞きたいことがあるんだ」
少女の顔を覗き込み問いかけると、彼女はコクコクと首を振った。
「俺はレイン、キミの名前は?」
「お、お許しください……痛いことしないで……」
「えっ?」
情報を聞き出そうとしたのに、少女は怯えるばかりだ。その瞳は、まるで死んだように光はない。
「な、何でもします。だからもう痛いことしないで。命令に従いますから」
「なっ…………」
その少女の表情で全てを理解した。この子は海賊に虐待されているのだと。
まだ十代後半に入ったばかりに見える。それなのに、もう全てを諦めてしまったかのような目をしているだなんて。
「ぐっ、くそっ。許せない……」
この島に来るまで、あまり他所のイザコザに首を突っ込むべきじゃないと思っていた。
だが、この少女の目を見て、その考えは根底から引っ繰り返った。子供をこんな目に遭わせるなんて、絶対にあってはならない。
俺は子供が虐待されているのが、一番許せないんだ。
「俺は海賊じゃない。冒険者だ。海賊討伐クエストを受注して、この島に乗り込んできたんだ」
「えっ……?」
少女は、信じられないといった顔をしている。
「俺はキミたちを助けにきたんだ。少女たちが監禁されている場所まで案内してくれないか?」
やっと俺の話を理解したのか、少女は大粒の涙を零し始めた。
「ああ、あああぁ、助けが……助けが来たのですね……」
「後は俺たちに任せてくれ。少女たちの監禁場所と、海賊のアジトの場所を教えてくれ」
少女に聞いた情報をもとに、俺たちは奴隷の監禁場所へ向かった。
島東部の断崖絶壁にポツリと建つ、脱出不能な収容所だ。
「こんな場所に……。窓の外は断崖絶壁、逃げられないようになってるのか」
見たところ入り口は一つ。窓の外には絶壁と海。その向こうにあるメレーニアを見つめながら、絶望に打ちひしがれていた少女たちを想うと、言いようのない怒りが込み上げてくる。
「よし、行こう」
入口に近付くと、見張りをしていた海賊が駆け寄ってきた。
「誰だテメエ!」
「怪しい奴め!」
ズドン! ズドン!
有無を言わさず拳をぶち込んでやった。
悪党に情けは要らない。
無様に伸びた海賊を縛り上げ、俺たちは収容所の中に入った。
んっんっんっ――――
何だろう。奥から変な声が聞こえるような? 押し殺した声のような。何かに耐える呻き声のような。
それはすぐに俺たちの知る所となった。
詰所のようなところで、一人の女性が大勢の男に組み敷かれていたのだ。
「なっ!」
その光景を見て、俺はすぐに叫んだ。
「お前たちは後ろを向いていろ!」
「は、はい!」
察しの良いエステルが気づき、皆に後ろを向かせた。
「何だテメエは! 見張りは何をやってやがる!」
「侵入者か? お楽しみ中だってのによ!」
ニタニタと下卑た顔を見せながら、海賊たちは立ち上がった。裸で汚いものをぶら下げていて、不快極まりない。
「お前ら、この女性に何をしてやがった、このゲスが!」
「ひゃっはぁ! お楽しみ中だって言っただろ!」
「邪魔すんじゃねえ!」
遊んでいるところを邪魔され、いきり立つ海賊たち。しかし俺の横にいるヴィクトリアの方が、激しく気色ばんだ。
「こんなの許せないわ! 死ね、クズが!」
「待て、ヴィクトリア!」
俺は海賊に斬りかかろうとしたヴィクトリアを止めた。
「何でよ、レイン! こんなクズは私が」
「俺がやる」
「でも」
「そこで待ってろ」
俺の声が凄みを増すと、ヴィクトリアは黙って後ろに下がった。
「お前ら海賊が何をしようが、俺には関係ないと思ってたんだ。だがな、弱い者をイジメをして楽しむのなら話は別だ」
ズンズンと歩を前に進める俺に、海賊たちはイキった顔を向ける。
「ギャハハッ! 何が弱い者イジメだコラ! 弱い者は踏みにじられるために存在してるんだよ!」
「そうだそうだ! 俺たちが泣く子も黙る巨大海賊組織だぞ!」
「ハッハッハ! 俺たちゃ金も女の自由自在……グボゲェ!」
あまりにも不快で、最後まで喋らせる前に拳が飛んでいた。
奴らの体に容赦のない連打が叩き込まれる。全身の骨を圧し折るような重い拳が。
ズガッ! ボカッ! ドゴッ!
「グエエッ!」
「ゲボォ!」
「お、お助けぇ!」
助けを求める海賊に、俺は冷たい視線を返す。
「お前らは、少女たちが助けてと言った時に助けたのか?」
「そ、それは……」
バツの悪そうな顔をする海賊に、俺は無慈悲な一撃を加える。
「くたばれクズが!」
「ひぃいいいっ!」
スガーン!
「ふぅ、やっとゴミが片づいたか。悪いな、暴力は全てを解決するんだよ」
決めセリフを言ってから、俺は自分の上着を脱ぎ、裸の女性にかけてやった。
「あ、ありがとう。あんたらは誰だい?」
「俺たちは冒険者だ。この島に囚われている女性を助けに来た」
俺が痣だらけの女性から目を逸らすと、彼女はとつとつと語り始めた。
「あっ、その、幼い子供たちは無事だよ。あたいが男たちを誘惑して、代わりに抱かれてたからさ」
傷を隠し寂しそうに笑う女性に、俺はかける言葉が見つからない。
この女性は、子供たちを守るために、自分を犠牲にしていたのだ。
くそっ! 何で世の中はこんなに残酷なんだ! 優しい人は踏みにじられ、悪い奴ばかり得をする。
こんな不条理は俺がぶっ壊してやる。




