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ヤマネコさん、追い出される2

 マオに嫌われてはかなわないと、村へ大急ぎで行き、なるべく早く買い物を済ませて帰ろうとしたリンクスだったが、頼まれた買い物が思いの外面倒だった。

 

「干し肉、香辛料、蜂蜜、壺、羊の毛をよって細く長くしたもの、乾いた草……? なんだー? 地味に店が散らばってて一気に片せないぞ! しかも後半二つ意味わからん!」


 村へ着いたのはいいものの、リンクスは買い物メモを手に頭を抱えていた。マオはレブラから字を習っていてかろうじて書けるのだが、まだ下手だし単語力も覚束ない。だから、ところどころわけのわからない単語もある。


「手分けして回ればいいんじゃねえか?」

「では、私は干し肉と香辛料を買ってくる」

「んじゃ、俺は蜂蜜と壺だな」

「あ、ちょっと待て!」


 メモを覗き込んだウルサが提案し、それにレブラがいち早く乗っかり、そして二人はあっという間に市場へと散っていった。しかも残された選択肢は、よりによってわけのわからない単語ふたつだ。

 レブラもウルサも、それが面倒だとわかってさっさとわかりやすいものを買いに走ったのだろう。それなら、手分けなどせずに一緒に悩んでくれたほうがマシだったのに。

 

「くっそー。どっちも、これは布屋に行けば買えるのか?」


 悩んだ末、リンクスはとりあえず布を扱う店に行ってみることにした。マオは時間の空いたときは小物作りをしているから、おそらくよくわからない買い物メモのものも、そういったものに使うのだろうと踏んだのだ。

 店先を覗いて品物を見ればピンとくるのではと考えていたのだが、料理はしても手仕事の類はやらないリンクスにはまったくわからないものばかり並んでいる。

 おまけに、男のリンクスがそういった店にいるのは圧倒的に場違いだ。


「あの……お兄さん、何かお探しですか?」


 いつまでも図体の大きな男が困ったようにウロウロしていたからだろう。奥から店の人間が、うかがうように出てきた。店員もおっかなびっくりだが、声をかけられてリンクスもうろたえた。


「えっと、その……買い物を頼まれたんだけど……羊の毛をよって細く長くしたものってありますか? それと、乾いた草も」

「羊の毛……ああ、毛糸ですね! ありますよ」

「け、毛糸のことだったのか……」


 最初は戸惑っていた様子の店員も、リンクスが買いに来たもののがわかると、素早く毛糸の入ったカゴを手に戻ってきた。


「色も細さもいろいろありますから。ゆっくり選んでください」


 店員に言われ、リンクスはカゴの中の毛糸玉を手にとってみた。選んでみろと言われても、何に使うか聞かされていないから、どれにするのが正解なのかはわからないが。


「マオが、自分で使うんなら可愛いのがいいよな。どうすっかな……何でも似合うし可愛いからな。ピンクか? いや、前にレブラがピンクの何かを持ってきたときは『女、ピンク好きって信じてるやつ、ムリ』っつってたな……」


 迷わず手が伸びたのは、淡い赤系統の可愛らしい色味のものだ。だが、以前レブラが服の差し入れをしたときに過剰に装飾のついたピンクのものがあったのを、マオが苦々しく見ていたのを思い出した。別にピンクが嫌いなわけではないらしいが、女といえば赤やピンクが好きだろうという考えが好きではないと言っていた。

 ……実際のところ、レブラは単にマオにピンクのフリフリを着せたかっただけだろうということは、気持ち悪がると思って言わなかった。


「目も髪も黒だから、水色も似合うよな。緑は……森の中で見えにくいのもあれだし、やっぱ青系統か」


 何となくピンクや赤は避けてしまい、そうすると目が行くのは青系統の毛糸だ。濃い青から淡い青までいろいろあり、マオが身につけたのを想像するとなかなかに似合う気がする。だが、何に使うかはわからないため、想像するのはマオが毛糸玉を持つ姿だ。


「この毛糸、もらいます」

「いくつですか?」

「えっと……」

「マフラーでしたら四玉くらい、セーターでしたら十玉くらいですかね」

「……じゃあ、二十玉くらい?」


 獣人であるリンクスは自前の毛皮があるため羊の毛を身に着けようなどと考えたことはなかった。だが、人間のマオに暖かいものなしに冬を越せとは言えないから、高いのを承知で購入する決意をした。

 羊の毛をよって糸にすることだけでも手間なのに、おまけに染めてまであるのだ。当然安くはないが、貨幣の入った袋を握りしめてぷるぷる震えるリンクスを見かねたのか、店の人が少しまけてくれた。

 店の人の優しさのおかげで、懐が寒くならずに済んだ。その優しさついでに、リンクスは尋ねる。


「あの、この“乾いた草”って何だと思いますか?」


 困り果てたリンクスがメモを見せると、店の人はじっと見つめて考え込んだ。

 

「小さい子が書いたのかな……たぶん、麦藁とかのことじゃないですかね? カゴを編んだりする人がいますから、たぶんそれじゃないかと。でも、売り物としては扱ってないので、この時期なら畑に行けばもらえるかも」

「麦藁! なるほど。ありがとうございました!」


 メモの正体がわかってほっとしたリンクスは、お礼を言って店を出た。広場まで走っていくと、買い物を終えたらしいレブラとウルサもそこにいた。二人とも、もりもりと荷物を抱えている。


「買えたか?」

「ばっちりだ!」

「ぬかりない」


 ウルサもレブラも、誇らしげに荷物を掲げた。あとは道すがら麦藁を手に入れれば、マオからの頼まれ事は完了だ。

 三人は当初の目的を思い出して、帰り道を急いだ。

 間男だ。浮気の気配だ。

 なぜマオがリンクスを家から追い出したのかわかるまでは、このそわそわとした気持ちは拭えない。だから畑に寄り道して麦藁をもらう間も、森の道を小屋まで戻りながらも、ずっと落ち着かないままだった。

 小屋が見えてきたときは気が急いで、つい走り出していた。同じ気持ちだったかどうかはわからないが、レブラとウルサも同じように走ってついてきた。

 大の男三人が、結構な荷物を抱えて走っているのだ。もし森の中で活動している者がいたとしたら、きっと恐ろしい光景だっただろう。


「ただいまマオ!」

「わぁ! はやっ……え? なんでみんないる?」


 小屋のドアを開けると、マオが慌てた様子で後ろ手にものを隠した。三人がそろっているのを見て、驚いている。だが、それだけだ。

 何者かがいる様子も、間男がいる気配も、何もない。

 驚いて落としたとみえる毛糸玉にじゃれる、ポルとカルの姿があるだけだ。


「あ! ポル、カル! だめ言ったでしょ! もー、せっかく編んだのほどけちゃう!」


 マオは少し語気を荒らげて、子猫たちから毛糸玉を奪い返した。そのとき、何か長い帯状になった毛糸が見えた。


「……リンクスがいないうちに、仕上げよう思ってたのに」

「マオ、それなんだ?」

「前に猟師さんにセーターもらった。でも大きいからほどいて、リンクスのマフラー編んでた。ウルサにもポルとカルにもあげたくて、それで羊の糸を頼んだ」

「こっそり編み物したくて、俺を追い出したのか……?」


 今さら隠しても遅いマフラーを後ろ手にもじもじと言うマオを見て、リンクスはじわじわと嬉しさがこみ上げてきた。心配していたぶん、真実がわかった今の嬉しさは倍増する。


「俺にもくれるのかー? やったー」

「え……私にはないのか? 私は栗を拾いに行かされただけ……?」


 喜ぶウルサと落胆するレブラ。それを見て、マオはまずいという顔をした。どうやら、レブラのことは素で忘れていたらしい。


「エルフ、羊の毛を身に着けない思った」

「いえ、そんなことはない。もしそんな掟があったとしても、私はこの場でエルフを辞めるだけだがっ!」

「……わかった。作る。耳カバーとか」

「聞いたか? お前たちはマフラーで、私は耳カバーだ! 特別なものを作ってもらえるんだぞ!」


 おそらくマオは苦し紛れで言ったのに、レブラは嬉しくてたまらないと言うように高笑いしていた。もし掟ゆえに羊毛を身につけられないとしたらエルフを辞めるとまで言ったくせに、そのエルフ特有の尖った耳を誇らしげにぴくぴくさせている。困ったやつだ。


「頼まれたもん、ちゃんと買ってきたからな」

「ありがと。冬支度、頑張る」


 リンクスが毛糸や干し肉や蜂蜜を見せると、マオは気合いの入った顔をした。

 その場しのぎで買い物を頼んだわけではなく、いろいろ考えてくれていたのだとわかって、リンクスは嬉しくなった。


「そうだな。楽しい冬にしような」


 リンクスはそう言って、マオの小さくて形のいい頭を撫でた。

 

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