ヤマネコさん、追い出される1
すっかり空気が秋めいて、冬の訪れが間近に迫っていることを感じさせるある日のこと。
リンクスはひとり、村への道をとぼとぼと歩いていた。
その顔は面白くなさそうで、あきらかに不貞腐れている。
それもそのはずだ。
今日、リンクスはマオに家を追い出されて、こうして村へと向かっているのである。
「マオったら、ひどいよなー。『リンクス、買いもの行って! ゆっくり! すぐ帰る、ダメ!』ってさ……。なんだよなんだよ。何で俺が追い出されなきゃいけないんだよ」
ブツブツ文句を言いながらも渡された買いものメモを手に歩くのをやめないあたり、マオの尻に敷かれている。
というよりも、リンクスは別に腹を立てているわけではないのだ。むしろマオに邪険に扱われ、相手にしてもらえなかったことに傷ついている。
ここ数日、マオは寝室にこもってコソコソしていることが多い。ポルとカルすら締め出して、何やら一生懸命やっているようで忙しそうだ。何か手伝えることがあればと思って仕込みの合間に覗こうとすると、「あっち行ってて! 忙しい!」と怒られてしまった。
リンクスが忙しいときでもマオは構ってほしければチョロチョロとするくせに、自分が忙しいときはそんなふうに強く言うなんてひどいと一瞬憤ったものの、今胸の内にあるのは面白くないという気持ちと寂しさだ。
リンクスはレブラのように、マオに強く拒まれるのを喜びに変えることはできない。あの男はリスやウサギなどの小動物に苛烈さを向けられると喜ぶのと同じように、マオに雑に扱われたり邪険にされたりすると、たまらないという顔をする。リンクスはその境地には達していないし、達したいとも思わない。
だから、マオに追い出されたことにただ傷ついている。
「よお、リンクス。お前も村まで買いものか? ……って、めっちゃ元気ないじゃねえか」
「おお、ウルサか」
とぼとぼと村への道を歩いていると、脇道から合流するようにしてウルサが現れた。厚着をして、いつもよりシルエットに丸みが増している。それを見て、マオが見たら喜びそうだと考えて、また気分がしゅんとした。
「ひとりで買い物なんて珍しいな。だからしょげてんのか?」
「いや……まあ、そうだな。てか、マオに買い物行ってこいっつって追い出されたんだよ」
「はー。そりゃショック受けるわな。喧嘩したのか?」
「全然、そんなことはない。なんか数日前から忙しくしてるとは思ったんだが、突然追い出されちまって……訳わかんねえよ」
「おお……気の毒に」
日頃のマオを知っているウルサが相手だから、話は早かった。
ウルサはリンクスをなだめつつも、マオが本当はリンクスの気がつかないところで腹を立てている可能性や、実は体調が悪くてそれを隠している可能性、本当にただ買いものに行ってほしかった可能性などを提示してくれた。
けれどそのどれもしっくりくるものではなく、リンクスの気持ちは浮上しない。
ひとりで歩いているより気は紛れたが、人に話すと納得いかなさが際立ってきてしまった。
「話は聞かせてもらった!」
「は? ……って、今度はレブラかよ」
話しながら歩いていると、今度は茂みの向こうから金髪エルフが現れた。レブラのその時と場所を選ばないキラキラ感が、今日のリンクスは鼻についた。何となく、むしゃくしゃしてしまう。
「『話は聞かせてもらった』って、お前はこんなところで何してんだよ」
「栗拾いだ。先ほどリンクスが出かけたのを見計らってマオさんを訪ねていったら、『栗拾い行って。リスのため』と言われたんだ。だから、マオさんとリスに好かれるために、こうしてカゴを背負って歩いている」
「栗拾いね……って、俺が留守にしたのを見計らうな! 何してんだよ」
「だって、マオさんが心配だからな。お前がいない間、変なやつが訪ねてきたらどうする!?」
「いや、変質者代表のお前が言うな! てか……レブラも追い出されてんだよな」
レブラの登場によって一瞬問題を忘れかけていたが、彼の話を聞いてやはりマオの様子が変だということに思い至った。
何となく、頑なに家から人を追い出そうとしているような気がしてきた。加えて、数日前から何やらコソコソ忙しそうにしているというのも気になる。
「……これは、間男の気配」
リンクスが考え込んでいると、ポツリとレブラが言った。その不穏な言葉の響きに、リンクスは頭に一気に血が上る。
「は? 間男ってなんだよ?」
「間男とは、夫のいないときに既婚女性のもとへ通ってくる男! つまり浮気相手!」
「いや、言葉の意味は知ってるわ! じゃなくて、マオは誰とも結婚してねぇし、だからたとえ恋人がいたとしても浮気にはならないし……マオに恋人……?」
レブラの言葉に、今まで考えもしなかったことが頭をよぎって、リンクスは震えた。そんなまさかと思うけれど、リンクスの知らないところで人と交流していたり知り合いを増やしたりしていることを考えると、ないとは言いきれない。
狩人のおじさんたちには人気だし、村にひとりで買いものに行かせたときも馴れ馴れしく話しかける店員なんてものがいたのだから、どこかで誰かがマオを見初めていてもおかしくない。
「マオちゃんの彼氏かー。マオの男でマ男ってか?」
場を和ませるためにだろうか、ウルサがそんなことを言った。
そのあまりに馬鹿げた発言に一瞬場は凍りついたけれど、その直後、三人は顔を見合わせて絶句した。何も言葉を吐き出すことはできず、代わりに息を多めに吸い込んだ。
そして、全員がそれを同時に大きく吐き出す。
「「「どこの馬の骨だー!!⁉」」」
そう言って、三人は駆け出す。村へ向かって。
こんなときでも、頼まれた買い物を済ませないとマオに嫌われてしまうと、そんなことがまず最初に頭をよぎるリンクスだった。




