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25話 罰ゲーム、シーラ・アサギリの場合

命からがら(?)ユバシリさんの部屋から逃げ出してきた俺は、身体の火照りを冷ますため、甲板で夜風を浴びることにした。

 今宵の出来事は、彼女に対するイメージが180°変わった、特別な夜になりそうだ。

 だからといって友達をやめたりするわけではない。誰だって歪んだ性癖ぐらい持ち合わせているものだ。多分。

 俺がこんなにも寛容になれるのは、自分自身も歪んでいるからである。


 甲板から夜の海を眺めていると、月明かりに照らされてキラキラと光る魚のような生物が、群れを成して飛び跳ねている。魚と断定しないのは、前世では見たこともない形状をしているからだ。あれも魔物の一種なんだろうか。

 熱くなった身体に対し、潮風が心地よい。大海原のど真ん中で、一人きりになったような、センチメンタルな気分に浸る。


「あ!レイくんも外、見に来たんだね」


 甲板に寝転んでいると、姉さんがやってきた。風呂上りのようで、ほんのり桜色の頬に、普段はハーフアップにしている長い髪も、夜風に晒されサラサラとたなびいて、大人の色気を感じる。


「ねぇレイくん、なんで女の子の服着てるの?」


 しまった、服を着替えてくるのを忘れていた。あの空間から逃げ出すことを第一にしていたためについついそのままの状態で、かっこつけたことを考えていた。


「あ、いや、これにはこの大海原よりも深い事情があってですね……」


「レイくん、けっこう似合ってるよ。かわいいかわいい」


 トラウマと姉萌えの心を同時にくすぐられて、わけのわからない感情が押し寄せてくる。が、やはり頭を撫でられるのはいいものだ。


「そうだ、今日はごめんね、レイくんは本気じゃなかったのかもしれないけどつい、ね」


「あぁ、その事なら俺も全力で勝ちにいってたからいいんだよ姉さん」


「え、じゃあ本当は女の子たちを脱がせたかったの?」


「いや、そこは冗談、です」


「本当かなー?レイくんも男の子だもんね」


 そう、俺は男だ。姉さんに頭を撫でられれば嬉しいし、からかわれるとニヤケ面を我慢するのが大変だ。大丈夫だ、俺は女になったわけじゃない。ただの姉が大好きな変態の弟だ。

 夜風に乗った海の飛沫が、顔にかかってひんやりとした。宙を見上げていると、街では見られない、無数の星たちが輝いている。


「姉さんは……この宇宙のどこかで女神をやってたのかな」


「なに急に、昔話したくなったの?」


「女神の姉さんがいるってことは他にも神がいて、この世界も見てるのかなって」


「どうだろうね……、もし、見ていたとしたらいつか……、連れ帰されちゃうのかも」


 そういうこともあるかもしれない、ということだろうか。確かに、あの天界という枠で、姉さんがどれほどの位置づけだったのかはわからないが、急に連れ出してそのままお咎めなし、ということもあるまい。

 もしかしたら今でも探しているとか……。それとも、未だに見つからないということは探されてないかもしれない。どっちとも考えられるし、キリがないな。


「例え神様が姉さんのことを連れ帰ろうとしても、俺が絶対に許さないから」


「ふふ、知ってる」


 寝転ぶ俺の隣に、姉さんが座る。俺たち二人はいつまでもこうやって星を眺めることができるのだろうか。そしていざというときに、この俺に、神に通用する力があるのか。今から不安になってもしょうがないことなのだが。


「あ、寂しいときの顔してる。膝枕でもしてあげよっか」


「姉さんには敵わないな……」


 なんて、かっこつけた台詞を吐きながら、すでに頭を乗せていた。甘える速度、自己ベスト記録を更新。


「こんなことしてて、皆に見られちゃったら恥ずかしいんじゃない?やってあげようって言ってなんだけど」


「確かに……、でもそれを天秤にかけても俺は膝枕を優先するよ」


「えー、嬉しいけどいいのかなぁ」


 直後、甲板を歩く足音が聞こえたと思えば、すでに人影がこちらを見ていた。


「あ!お姉様!と……、アサギリくん……、女装してお姉さんに膝枕してもらってるって……どういう状況?」


 またしてもリリアさんだ。俺は後何回彼女の誤解を解くハメになるんだろうか。誤っているのは俺のほうだが。


「リリアちゃんも一緒に星眺める?綺麗だよー」


「え、でもなんかアサギリくん、幸せそうな顔してるし悪いな~……」


 本当にそう思っているのか?遠慮する姿勢を見せつつも、実はドン引きしているだろう?


「リリアさん、君とは一度よく話し合わねばならんかもしれない」


「え、いやぁ私はいいかな……」


 やっぱり引いてるじゃないか!君のことは信じていたのに……。と、説得力のない姿で言っても無駄か。この様子を見て引かないやつは、同じ趣向のやつだけだ。


「リリアちゃん、これは私が出した罰ゲームだから!『レイくんは夜の間、私に甘えること』って」


「へ?でもそれって罰ゲームになるんですか?」


「レイくん、家だとツンツンしてて全然態度違うのよ。お姉ちゃんいつも寂しくて寂しくて……。たった二人の家族なのにね。ウルちゃんが家にきてから気もまぎれるようになったけど」


 ゴッド女神、姉さんの女神掛かったフォローが入る。これなら俺が仕方なしに膝枕をしていると受け取れるだろう。そう、仕方ないのだ。こんな風に太ももに顔を埋めているのも仕方がない事なのだ。なんせ罰ゲームだからな。


「ちょ、ちょっとレイくん!くすぐったい!」


「あー……、これは確かに……、こんな痴態を晒すのは罰ゲームと言ってもいいかもしんない……。多分」


 いかん、やりすぎたか。ここぞとばかりに利用してやろうと思ったのが大間違いだった。


「けっ、罰ゲームでもなかったらこんな事しねぇよ!なぁ姉貴!」


「えっ、あ、うん。そうだよ!レイくんはもっとお姉ちゃんに甘えるべきです!」


「…………」


 我ながら完璧な演技で10点満点だったんだが、果たしてリリアさんを誤魔化せる質を出せただろうか?

 彼女の目はまだ疑い半分といったところか、無言の気まずい空気を感じる。


「へぇ~アサギリくんって家弁慶タイプ?そうそうお姉様、こんなアサギリくんは普段はクールぶってるんですよ!」


「そうなんだ~、あんまり学校の事話してくれないからね。この際色々聞いちゃおうかな」


 どうやら上手い事誤魔化せたようだが、相変わらず彼女の俺の評価は『クールぶってる』、となっているな。

 俺としてはぶってるつもりなどはない。ただし、かっこつけたりはする。たまにだけど。

 もしかしてそういうところがクールぶってる感じするのかな。だってかっこいいじゃんクール……。


「ふ~ん、レイくん、家では『あんな感じ』なのに学校じゃクールキャラなんだ~、ふぅ~ん」


 姉さんの笑顔に若干のいたずら心が見え隠れする。『あんな感じ』というのは、リリアさんからすれば家弁慶の俺を連想させるんだろうが、姉さんからすれば甘えん坊の俺だ。

 やだ、恥ずかしい……。黒歴史を目の前でほじくり返されている気分だ。最近羞恥プレイが多くないか。



「うぅっ、夜風でちょっと冷えてきたから私は部屋に帰ります!お姉様、アサギリくん、まったねー!」


 ぱたぱたと船内へ駆けていくリリアさんの後姿を見送る。ほんの少しの間だったが、やはり気まずい所を目撃されるのは精神的に疲れるな。外でやるなという話ではある。


「ふぅ、姉さんのフォローのおかげで助かったし、続きお願いしてもいいですか」


「あれ?罰ゲームでもなかったらこんなことしないんじゃなかったかな~?」


 くっ、その可愛らしくニヤニヤする笑顔は俺の変態性を冗長させるのでやめてください。このままだとクールキャラを保てなくなってしまう。

 ごめんリリアさん、クールぶってるわ俺は。


「姉さんもイカサマしたんだし罰ゲーム対象としよう。今夜は俺から離れることを禁止」


「あら、罰ゲームじゃなくても『離れない』って言ったでしょ?それだと罰ゲームにならないよ」


 確かにそれもそうだ。というより随分と前、転生前に言ったことをまだ覚えててくれるなんて冥利につきまする。


「じゃあもう一個お姉ちゃんから罰ゲーム与えちゃおっかな」


 もういくらでもきてほしいぐらいだ。どんとこい。俺のHPは無限にあるぞ。


「ちょっと目、瞑ってね」


 俺は言われるがまま目を閉じた。こうしていると五感が研ぎ澄まされ、潮の香り、肌触りのよい夜風、遠くからは鳥のような鳴き声も聞こえてくる。

 頭を抱えられ、姉さんの膝から下ろされる。残念ながら膝枕は終了のようだ。


 一瞬の間が開いた後、俺のおでこに、ちゅっと柔らかい感触が伝わってきた。


「ね、姉さん!?い、いいい今のは……」


「さぁなんでしょー。寝る前に悩む罰ゲームです!お姉ちゃんも冷えてきちゃったから帰るね!おやすみ、レイくん」



 俺はオーバーヒート寸前まで暖まったんですが……。

 涼しい風も、冷たい飛沫も、俺に触れる前に蒸発して消えているかのようで、こんな状態で部屋に戻っても寝付けるのかな、とか、今日の夕飯何食べたっけ、とか、別の事を考えようとしても、一向に治まる気配はなかった。


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