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20話 魔鬼羅神拳

「くっ⋯⋯!好きにしろ⋯⋯!」


 お尻を押さえながら、マキラさんはさながら、女騎士のような振る舞いをする。

 俺はそういう反応を見たかっただけであって、特に痛めつけたり、辱しめたりするつもりは全くない。当たり前だが。


「冗談ですよ。少しは反省してくださいね」


「⋯⋯!じゃあ入会してくれるのか!?」


 話を聞かないタイプだ。どこをどう繋げたらその問いかけができるのか。


「そもそもなんで一人でやってるんですか?親父さんが道場やってるのに」


「それは⋯⋯」


 彼女は言葉に詰まりながらも、経緯を話してくれた。


「率直に言うと、あたしが弱いからってことさ。女のお前ではこれから先、ついてこれん。だってよ」


「そんな、マキラさんは十分強いですよ」


「ど素人のお前に負けたんだぜ?同情はいいよ⋯⋯」


 俺はチートだから素人もクソもないんだが、ちょっと可哀想なことをしてしまったな。

 かといってわざと負けるのもそれはそれで彼女に申し訳ない。


「だからさ、女のあたしでも、ヒョロガリでも子供でもじーさんばーさんでも、大の男に勝てる拳術道場を作りたかったのさ。」


 ヒョロガリって俺か⋯⋯?聞き捨てならないが確証はないから黙らざるを得ない。


「さっきの奥義『騙し金的』も、急所を如何にして的確に狙い撃つか、を考えた結果誕生したんだ」


 それって拳術関係あるのか、という疑問は置いておき、彼女の理念においては同意できるところはあるな。

 なんせ俺もヒョロガリだからな。別に根に持っているわけではない。

 今でこそチートな能力で無敵とはいえ、弱者の気持ちは痛いほどわかる。


「気が変わりました。なんでも言うこと聞くんですよね」


「へっ!?⋯⋯そっか、お前も男だもんな」


 何を想像してるんだこの人は。


「俺を弟子にしてください」


「優しくして⋯⋯、って弟子!?」


 いや、あんたがそう言ったんじゃないか。

 とても姉さんと同じ年齢の女性とは思えん会話だ。


「俺も格闘技はやっておきたい理由があったし、汚い戦法はともかく、マキラさんの実力は確かなモノがあったと思うんで。あと入会料がなさそうなとこが魅力かなって」


「けっこう現実的な理由が混じってるな⋯⋯まぁいいだろう、よし!今からお前は弟子一号だ!あたしのことは師匠と呼べ」


 光もビックリの立ち直りの早さだ。これだけポジティブなら一人でも大丈夫だったんじゃないかと、少しだけ後悔した。






 さっきまで俺は街の中の道場にいたはずだ。それが何故か、深々とした木々、ほとばしる滝、マイナスイオンが出ていそうな冷たい空気、まるで環境の違う場所にきていた。

 師匠の言われるがまま着いてきたこの場所は、普段彼女が修行をしてる場、とのこと。


「師匠、いきなり修行は早くないですか?」


「善は急げ、思い立ったが吉日、早いことに越したことはない!まずは滝割りだ、お手本を見せるからやってみろ」


 話を聞かないうえに、一方的に進める、も追加で。

 と、言いつつもマキラさんお手製の道着に着替える俺も大概だ。

 そして、彼女の裁縫技術も、似合わなすぎてビックリである。


「滝の下に立ったら、流れ落ちてくる水に向かって思い切り蹴り上げるんだ。こういう風、にっ!」


 彼女は、先ほどの奥義の時のような振り上げを見せる。すると、滝は綺麗に真ん中で分かれ、モーゼが通ったかのように、二分してしまった。

 そんな威力で急所蹴ったら死ぬだろ⋯⋯。


「これを一日1000回やることで、脚力を向上し、奥義を決めれば格上の男相手でも引けを取らないだろう」


 マキラさんと戦うことになる男は大変だな⋯⋯。

 あ、滝相手なら俺も本気で蹴ってみていいんじゃないか?そういえばこの能力を得てから、本気で能力を使ったことがない。

 本気を出して自分の力を把握してから徐々に手加減を覚えていけばいいんだ。


 俺は滝の下へ立ち、渾身の力を込めて、空を蹴り上げた。



 結論から言おう。滝どころか、滝の流れていた山を消し飛ばしてしまった。

 山だった破片は、全て空へと飛んでいき、落ちてくることはなかった。


 実は無限の魔力より、こっちのほうがお手軽で危険な能力なんじゃないか?普段はほんの数パーセントしか発揮してないということがはっきりわかる。

 完全に、自分は人類を超越してしまったという実感がわいた。


「お、お前⋯⋯、そんな威力で蹴ったらタマが潰れるどころじゃ済まねぇぞ⋯⋯」


 マキラさんも人の事言える威力じゃないですが。あと反応するべきはそこではないと思います。


「あたしの修行場所なくしやがって⋯⋯、しかし!弟子の成長は師の喜びだ」


 今日会ったばかりなんですが、喜んでくれるのなら幸いだ。


「師匠、俺、こんなんだから手加減を知りたいんです。咄嗟の瞬間に人を傷つけずに済む、そんな技術を教えてもらいたいんです。なにかないですか?」


「なるほどな、強さゆえの苦悩、というわけか。よし、お前には魔鬼羅神拳まきらしんけんの奥義の一つを伝授してやる」


 金的は別に知りたくもないんだが。というか魔鬼羅神拳ってネーミング、如何にも彼女らしい。


「今から教えるのは『愛と平和拳』だ。この技は、相手を傷つけずにに確実に勝利できる技だが、当てるのが困難でな。相手をボコボコにしないとまず当たらない」


 前提条件がすでに本末転倒ではないだろうか。


「まずこれを見つめろ」


 そう言って彼女が取り出したのは、この世界の通貨、円形のそれに穴を開け、ヒモを通したものだった。


 それ拳術関係ないじゃねぇか、ただの催眠術じゃねぇか、貨幣損傷じゃねぇか、咄嗟にできねぇじゃねぇか、技名とのイメージが剥離してるじゃねぇか、などとツッコミ所のオンパレードで、もはや面倒臭い。

 なのでとりあえず「ゴクリ」と唾を飲む、ありきたりな反応でお茶を濁した。


「さぁお前の理想の世界が広がるぞ⋯⋯。大好きなモノ、人ばかりだ。ほーら見えてきただろ?ここは愛と平和しかない素敵な世界。戦いなど忘れなさい⋯⋯」


 アホらしい、こんな子供騙しな催眠術など、今時テレビでもやってない⋯⋯だ、ろ⋯⋯?

 おかしい、さっきまで俺はマキラさんと修行していたはずでは?なぜ、ここに?


「ね、姉さん!」


 目の前には振り子を持った姉さんがいる。なにをしているんだろう。


「あなたはもう戦わなくてもいいのよ。ゆっくりおやすみ⋯⋯」


 周囲を見渡すと、辺り一面姉さん姉さん姉さん。姉さんの集団だ。大きい姉さんに小さい姉さんもいる。ここは天国なのか⋯⋯?


「あ⋯⋯、あぁ⋯⋯、あ⋯⋯」


「さぁ、微睡まどろみの中で眠りましょう」


「姉さん!!」


 どうせ天国なら、欲望を解放してもいいだろう。俺は思い切り、姉さんの胸に飛び込んだ。

 初めて出逢った時の想いが蘇る。この温もりだ。


「うわ!やめろアサギリ!」


「姉さん好きだ好きだ好きだ!」


 これでもかというぐらいに感情をぶつける。もう俺を止めるものは何もない。なぜなら世界には姉さんしかいないからだ。


「姉さん!姉さん!」


「解!!」


 パァンという音と共に、姉さんたちは消え去った。景色は戻り、鳥や虫の鳴き声も帰ってきた。

はて、俺は何をしていたんだっけか。


「アサギリ⋯⋯、姉弟でそういうのは、やめたほうがいいんじゃないか⋯⋯?」


 心なしか、マキラさんとの距離が遠くなっている気がする。


「⋯⋯何を、見たんです?」


「顔が恐いぞ。しっかしお前、ちょっとやばいぞ。姉貴のこと好きすぎるだろ」


 バレた。バレてしまった。ついに他人にバレてしまった。どうすればいいんだ。しかも彼女は姉さんと同じクラスと言っていたな。口封じするしか。


「⋯⋯マキラさん、事と次第によっては」


「待て!落ち着け、他言する気はない。ただ、師匠としては弟子を正しい道を示さねばならんと思ってな」


 正しい道とは。俺は間違った道を歩んでいるとでも言いたいのだろうか。姉さんと俺は元を辿れば赤の他人だ。それは二人にしかわからないことだから、外部から見れば異常に見えてもおかしくはないか。

 しかし、この世界においての正常は、マキラさんのような意見なんだろう。


「そんなに姉のことが好きなら、あたしが姉の代わりになってやろう。実姉でなければ問題はない!さぁ思う存分甘えろ」


 マキラさんは腕を広げ、抱きつけと言わんばかりだ。

 うーん、やっぱこの人ちょっと⋯⋯。いや、逆にバレたのがこの人でよかったと考えるべきか。彼女も本気で俺のことを考えた結果がこれなのかもしれない。


「ありがとうございますマキラさん。遠慮しますけど」


「そうか、甘えたくなったらいつでもこいよ。魔鬼羅神拳道場は心のケアもやってるからな」


 ニカッと笑うマキラさんの笑顔に、どことなく姉さんと同じ気持ちを感じる。


 つくづく思うが拳術である必要性がないのでは。

 そして、ハイレベルな体捌きに催眠術、メンタルケアとこの人は何を目指しているんだろうか⋯⋯。

弱者の為になることを素直に全てやろうとしている、いい意味で本当のバカなのかな。


 あ、バカって言ってしまった。

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