19話 手加減有用
魔法を封印してから数日、俺は特に困ったこともなく、平和な日々を過ごしている。
魔法は使わなくとも身体能力は強化されたままなので、不便なわけがない。
いつだったか、手加減するのが難しいから格闘技でも習おうか、って思い立ったことがあった。
リゾート地への旅行もまだだし、この長期休暇中に、格闘技教室なんてものがあれば、チャレンジしてみるのもいいかもな。腕が細いからちょっとぐらい筋肉つけたいが、それはすでに手遅れか。
そんなわけでやってきたのがここ。
ホクシンの街にある「武神流魔紅拳術道場」である。
他にも探せば色々な格闘技があったのかもしれないが、モードプールにはあまり行きたくなかったために、近場のここで妥協した。いや、妥協という言い方は失礼か。
しかし、思いの外、凄い道場のようだ。
弟子の人数はなんと150人。こんな小さい街でこれだけの人数を集めるとは、よっぽどの実力者が教えているんだろう。
こういう場所は初めてで、入会するにはどうすればいいかわからない。受付があるわけでもなしに⋯⋯。
とりあえず覗くだけ覗いてみるか。引き戸を少しだけ開け、中の様子を伺う。
「入会希望者かー?それともただの覗き野郎か」
「うわぁ!」
いきなり肩を掴まれ、髪の毛が逆立つ。驚かされるのは苦手だ。俺の背後に気配なく立つとは⋯⋯何者だ!?普段から背後の気配なんてわからないけど。
肩を掴んでいたのは、俺より背の高い獣人族の女性だった。一応俺も170cmはあるんだけど⋯⋯。
ウルは狼のような耳と尻尾をしているが、この人は猫、かな。
「え、あ、入会希望者です⋯⋯」
「あれ?お前、アサギリの弟だろ?」
ん?俺のことを知っているのか。弟と言うってことは、姉さんの知り合いか?確かに歳は姉さんと同じぐらいに見える、ナイスお姉さまって感じだ。
「⋯⋯どちら様ですか」
「あぁすまんすまん、あたしはお前の姉と同じクラスなんだ。アサギリ弟って言えば有名だぜ?山を爆破して、センティネルと揉めた後、単身で駐屯所に殴り込みかけて行方不明だったって」
なんだその話は。噂が一人歩きしてかなり危険な域まで達してるようだな。
これだとまるで俺が極悪人のようじゃないか。むしろ被害者だというのに。
「人は見かけによらねぇんだな、こんなひょろっこいのにセンティネルから生きて帰ってきたってことだろ、ひょっとしてめちゃくちゃ強いとか?」
「斜め上にぶっ飛んでったその噂については後で詳しく説明します。えっとお名前は?」
「あたしは『マキラ・ファリア』。この道場はあたしの親父がやってんだよ」
なんと、それは好都合。この人に話をつけてもらえば、あるとしたらめんどくさそうな入会手続きもはぶけるんじゃないだろうか。
「俺、ここの道場に入会してみようかなって思うんですけど、どうすればいいです?」
「あー、入会希望なのか。⋯⋯やめといたほうがいいぜ。ここ最近、人気に火がつきすぎて、やたらごっついのばっかり集まってんだ。お前みたいなひょろひょろはついていけねーと思う。実際、運動がてらにきてた連中はみんなやめてったしな。親父も道場を強くしたくて周りが見えてねーんだよ」
ふーむ、なるほど。親父さんの強さに惚れたやつが集まってきて、そいつらに合わせた練習をしてたらライトな層はついていけなくなった、ってとこか。
親父さん自身も、強者をさらに育てあげることで満足感を得たいんだろう。同時に知名度もあがって入会者も増える。楽しめて稼げる、まさに一石二鳥だ。
「そこでだ。お前にオススメの拳術道場があるんだがどうだ、やってみないか?」
「ほほう、なんです?その拳術って」
「やってみるか?」
「いや、どういう「やってみない?」
⋯⋯中身を教える気がないということは、嫌な予感しかしない。この場合何が考えられるか。法外な金額の月謝があるとか、はたまた宗教じみているのか、なんにせよ聞いたら逃げること間違いないから隠しているんだろうな。
こんなことされたら選択肢は一つだろ。
「いえ、けっこう「待った!!」
こっちに発言を許さない気か⋯⋯。参ったな、やっかいな人に目をつけられてしまった。
しかも、姉さんと同じクラスだしあまりぞんざいに扱えないぞ。ハラスメント受けましたー、なんて姉さんに風潮されるのも困るし。
「じゃあ話だけでも聞いてくれ」
話だけで済むパターンってあんまりないだろう。完全に宗教勧誘とか保険の営業みたいじゃないか。
「実はな、その道場の師範は⋯⋯あたしなんだ」
この若さで師範ってことはこの人、かなりの実力者なのか。さては、親父さんに実力を認めてもらうために道場を作って、弟子を集めたら、「お前も強くなったな⋯⋯」っていう親子感動ドラマになるパターンか。入るだけ入って有耶無耶にするのもまぁいいけど⋯⋯。
「その道場、今何人の弟子がいるんですか?」
人数次第では協力してやらんこともない。
「お前が初弟子だ」
「帰ります」
冗談きついわ。しかも、俺がすでにカウントされているのもおかしい。道場とかいいつつ、この人が勝手に名乗ってるだけなんじゃないのか?
宗教勧誘や保険の勧誘よりひどいものだと思わなかった。よもや存在しないものに付き合ってる暇などない。いや、暇ではあるが。
「じゃああたしと勝負して、あたしが勝ったら弟子になれ。もし、お前が勝ったらなんでも言うこと聞いてやるよ」
いやいや、勝手に決めないでくれ。というかその勝負、普通の人なら負けるよね?幸い、俺には身体能力強化があるからいいけど、なんの心得もない一般人と戦えば格闘技経験のある人に勝てるわけないだろう。
軽くひねってやれば彼女も納得するだろうか。手加減する練習のために習いにきたのに、まさか練習する前に手加減をしなきゃいけないハメになろうとは。
「しょうがないからいいですよ、受けてたちますよ」
「よっしゃ言ったな!男に二言はねぇだろうな」
もちろん。能力使用は卑怯ではあるが、この人も、本来ならば勝ち確定の取引をもちかけてきてるんだ、卑怯だと言われる筋合いはない。これは正々堂々である。
と、自分に言い訳をしておく。
「ルールは、地面に膝をついたら負け、でどうだ?」
「いいですよ」
「始め!」
うわ、この人せこい!いきなり始めやがった。
さて、どうすれば怪我をさせずに膝をつかせることができるか。素早く後ろに回って膝かっくん、とかどうだろ。素早く回り込むまではともかく、静かに膝かっくんできる自信がないな。下手したら骨が折れてしまうかもしれん。
「ふっ!」
マキラさんの右手が、俺の顔のすぐ脇を通り抜ける。弾丸も見切れる目を持つ俺に、パンチなど当たるはずもない。ただ、この人のパンチ、けっこう早い気がする。
「当たらな、避けた!?⋯⋯お前、なにかやってたな?」
やってないんだよなぁ。
「じゃあこれならどうかな?」
物凄いスピードの拳が、マシンガンのように飛んでくる。手が分身しているかのような、超高速の連打。
これ、俺じゃなかったら即ダウンしてるじゃないか。一般人にこの速度のパンチを撃つのは格闘技を嗜む者として大丈夫なのだろうか。
顔の動きだけじゃ避け切れないため、手を解禁、全てはたき落としていく。
ふいに、襟を掴まれた。投げ技か、ちょっとふんばらないと、体重が軽いから投げられてしまう。彼女、ふざけた奴だなと思っていたが、実力は相当だ。
俺は足を軽く浮かせ、力を込めて地面をふみしめた。ふんばるだけのつもりが、地面に少しめり込んでしまった。この状態では投げる事はできないだろう、ひっぱられても力勝負でなら負けない。
マキラさんはグイグイと、あらゆる方向へ投げようとするが、びくともしない。
「お前、やるな⋯⋯」
やるな、で済むってこの人も脳筋だな。普通ありえないと思うぞ。
「これは使いたくなかったがしょうがねぇ、お前を強者と見込んで奥義を使わせてもらう」
「奥義⋯⋯?」
男心にきゅんとくるワードが出てきたぞ。やばい、ちょっと見てみたい自分がいる。
何が出る?気を使った衝撃波とか、拳が真っ赤に光って威力が倍増するとか?
「喰らえ、これがあたしの奥⋯⋯ん?あれお前の姉ちゃんじゃねぇか?」
「え、どこです?」
「姉」、は俺が一番シナプスを繋ぐ速度が速い単語である。
即座に指を指された方向に振り返って、辺りを見渡すも、姉さんの姿はない。
刹那、俺の股間にド級の衝撃が走った。巨大なハンマーで下からかち上げられたかのような、もしくは爆弾が炸裂したかのような。その反動で、地面に埋まっていた足がすっぽ抜け、5cmほど宙に浮いた。
マキラさんの脚は、空へ真っ直ぐと伸びている。振り上げすぎだろ殺す気か。
「悪ぃな、勝つにはこれしかないと思ってよ⋯⋯。使い物にならなくなったら、あたしが責任取って婿にもらってやるからよ⋯⋯、成仏しろよな」
成仏させるな。そもそも死んでいない。俺の身体で一番大事な部位なせいか、一瞬、ヒュンッと涼しい風が通り抜けたが、当たり前のようにダメージはなかった。ただ、顔面は白くなってると思う。
この人、本当に容赦がない。使い物になるならないではなく、下手したら死ぬレベルの蹴りだったぞ。
「マキラさん、最悪死んでますよそれ」
「なっ!?お前⋯⋯タマがねぇのか!?まさか女だとはな、中性的な顔してるとは思ったが⋯⋯」
女でも多分死んでると思う。
しかし、これはちょっとおいたが過ぎる。少しお仕置きするべきか。
「俺じゃなかったら死んでました。マキラさんには少々反省していただきます」
「なんだと⋯⋯?な、なにをするってんだ、やめろ⋯⋯」
俺の中の何かが目覚めそうな反応はやめましょう。
「? マキラさん、それもあなたの奥義に使うんですか?」
「⋯⋯ん?」
マキラさんが俺の指を指す方向を向く。地面を蹴り、すかさず背を取ると、彼女の安産型の尻めがけて平手打ちを放つ。
「んああっ⋯⋯!!」
パチンという軽快な音と、マキラさんの叫び声(喘ぎ声ではない決して)が、エコーのようにこだました。
崩れ落ち、膝に砂をつける彼女に背を向け、俺は去って行った⋯⋯フリをした。漫画のワンシーンのようなことをしたかったのだ。やったことは、ケツをひっぱたいただけなのが格好つかないが。
地べたに這い蹲り、臀部を押さえながら、荒い呼吸をする彼女の隣に立ち、試合終了の宣言をする。
「俺の勝ちですね。あれ?そういえば、なんでも言う事聞くって言ってましたよね」
こんな顔、姉さんには見せられないな。




