第五章第五節
……いや、ちょっと待って。
感動しそうになったけど、この流れはおかしい。
なんか普通に苑子とナオトが恋敵で、愛の強さでナオトが負けを認めたみたいになってるんだけど!
「君にだって仲間がいるだろう。君を裏切らない仲間を大切にしたまえ。それが、例え忍者でなくても、ね」
なんか、偉そうに言ってた割にいいところ全くなかった推古がここぞとばかりに格好つけて話に割り込んで来るし。
「……ああ」
ナオトは、すっきりした顔をしていた。
なんていうか、こう、根っこの部分から悪い奴じゃないかも知れない。
「……水晶なんて、ない方がいいんだ」
推古が悲しそうに水晶を見つめる。
「おやかたさま! 大丈夫ですか?」
苑子が俺に抱き付いてきた。
「ああ、俺は大丈夫だが、翔子が……」
俺はそう言おうとして、翔子がまだ蹲っているのに気付いた。
「翔子!」
俺は苑子を押しのけて、翔子のもとに走る。
「大丈夫か、翔子!?」
翔子を抱え上げながら聞くと、翔子の身体が小刻みに震えていた。
見ると目に涙を溜めている。
「……平気……です……」
それでも気丈に笑う翔子。
ああ、そっか、これは怪我じゃない、怖かったんだ。
ずっと、怖かったんだ。
忍者とはいえ、高一の女の子が、男に凌辱されかけたり、鳩尾を何度も殴る蹴るされたり、眼球を抉られかけたり。
それで怖くないってことがあるわけがない。
「……ごめんな、俺が捕まったせいで」
俺は翔子の頭を、苑子にやるように撫でてやった。
「こちらこそ、忍者の争いに、四谷さんを巻き込んでしまって……」
「翔子には、本当に感謝してる。俺が凌辱されるか、翔子が凌辱されるかって言われた時、俺が迷ってる間に、迷わず自分が凌辱されるって言ってくれた。年下の女の子にそんなこと言わせて、本当に申し訳なかったと思ってる」
「そんなこと……ないです……ちょっと、怖かったですけど」
翔子は俺に身体を預けて、少し力を抜いた。
「あの場の、他に選択肢がない中だけど、俺を初めてにして欲しいって言葉は嬉しかった」
俺がそう言った瞬間、周囲の空気が、変わった。
「……あー、ごめん。あの切迫した場だから俺って言ったんだよな?」
俺は慌てて言い繕った。
流石にあの状況で口走ったことを、この場で言うのはルール違反だったか。
その証拠に、翔子の顔が一瞬で赤くなった。
「あ、いえ、それは、あの場とかそういう──」
「ちょっと待って? 今聞き捨てならない話があったね?」
「言いましたね、翔子?」
俺が翔子を慰めていると、そこに推古と苑子が割り込んできた。
「望月君、君はどさくさに紛れて『既成事実』を作ろうとしたね?」
「ち、ちがっ! その……あの場の選択肢として、一番仲がいい四谷さんを──」
「本当はどうなんですか!」
「……ちょっとだけ」
「思ったんだ」
「思ったんですね」
「これはちょっと会議を開いて今後を決めないとね」
「はい、軍法会議ですね」
「ちょ、ちょっと?」
「立ちなさい!」
翔子はまだ立てるか立てないかの状況なのに、そう水晶で命じられてふらふらと立ち上がる。
って、推古お前、その水晶使わないんじゃなかったのかよ!
「ついて来て。あ、景冶、ちょっと忍者同士の話し合いをしてくるから待っててくれないか」
推古はそう言うと、俺の答えを待たず、奥の部屋に消えて行った。
俺は何も言えないまま、一人になってしまった。
しん、となる空間。
えっと、ここ、どこ?
見知らぬ場所の、薄暗い部屋に置き去りにされた俺は、不安げに周囲を見回した。
「よお」
「ぎゃぁぁぁぁっ!」
誰もいないと思っていた空間から呼びかけられる。
そこには、帰ったと思っていたナオトがまだ座っていた。
ちょっと待て! 味方が全員会議中!
お前ら甘すぎ! なんでこいつほっといてんだよ!
こいつに敵意がなくても、別の意味で危険なんだよ!
「悪かったな、色々」
「あ、いえ、別に俺は……」
「俺は、ブラウニングクルーってラッパーグループのリーダーやっててよ、地下だが、そっちの世界じゃ有名でよ、ついでにここらを統括してんだ」
なんか、敗れた敵にありがちな、自分の背景を語り出したぞ?
まあ。そうしてくれる分にはいいのか、何か色々が延びて時間稼ぎになるし。
「だったら、忍者も統括して日本を統括してやろうと思ってたんだがな。ま、分を弁えねえでこのザマよ。もしあいつらが服部じゃなくても、俺は勝てなかった。ここで潰せても、絶対あいつらは俺の野望を打ち砕いた。それは俺が権力で相手を統括しているが、あいつらは仲間とか友情で団結してやがるんだ。それには敵わねえ」
その団結が、今別室で崩れつつあるんだけどな。
「俺も権力じゃねえ、実力だけでのし上がって勝負してやろうと思った。忍者の世界じゃねえ、ラップの世界でな」
ナオトの顔は、さっきまでの、どこか邪悪だった表情じゃなく、すっきりとした青年の顔だ。
「俺は正々堂々、ラップの世界でのし上がってやる。その時、もう一度、お前に正々堂々と告白するぜ?」
「……え?」
爽やかな青年の表情が、どこか照れ気味に笑う。
やだ、格好いい。
じゃなくて!
「いや、無理っす! そっちは本気じゃなくていいっす!」
ほんま、勘弁してください!
「待ってろよ、絶対本気にさせてやるからな」
そう清々しく笑うと、ナオトは去って行った。
いや……え? なんで? なんで俺、惚れられてんの?
どうしよう、いや、紳士的だけど、怖いよ! 逆に怖いよ!
なんかこう、いい人っぽくて、まかり間違えばそっちに傾きそうで怖いよ!
だってあいつ、かっこいいじゃん!
清々しいし、テクニックも……。
思い出したぁぁぁぁぁっ!
女ぁぁぁぁぁっ!
俺に女分を供給してくれぇぇぇぇぇっ!
「待たせたね、話はついた。じゃ、帰ろ──きゃぁぁぁぁっ!」
俺は、最初に出てきた推古に、抱き付いた。
今度は推古と分かってて抱き付いた。
触ったり、匂いを嗅いだりした。
女分は十分補給されたが、大事な物を失った気がした。




