第五章第六節
「それでは第二回、服部家軍法会議を始めます」
その直後、俺は後ろ手に縛られ、会議室に正座させられた。
おそらくこの倉庫の事務所だったと思われるこの部屋には白板がそのまま残っており、そこに苑子の可愛い字で「第二回、服部家軍法会議」と書かれていた。
ちなみに「一」を消して「二」に変えただけで、第一回の様子も消し切れていなかった。
「BAA」とアルファベットが並んでいて、それぞれ下に小さく「翔子」「私」「姉上」と書かれていて、一番右のAにはさりげなく別の字で小さ目に「+」が付いていた。
で、「B」にだけ○が付いていて「許せない」とコメントされていた。
うん、まあ、翔子と苑子と推古の何かを表現しているんだろうけど、深く考えるのはよそう。
忍者はみんな小振りなんだなあ、なんて言おうものなら殺されかねない。
「某の姉上であり、服部家嫡子である服部推古殿を凌辱しようとした罪は相当に重いです! 某の想いを知りながら!」
ばんばんと苑子が机を叩く。
俺も悪かったと思ってるさ。
何しろ親友の身体を触りまくったんだからな。
男女の隔たりのない親友同士が、男女を意識したらもう終わりだ。
絶交されても仕方がない。
「ぼ、僕個人としては赦してもいいと思うけど……その、三人いたのに、どうして僕だったんだい?」
推古が頬を染めて聞く。
これは、最後の弁明のチャンスだろう。
推古はギリギリの線で、なかったことにしようとしてくれようとしている。
俺が、『推古』という『女の子』に欲情したのではない事を弁明すれば、赦してくれるかもしれない。
「そ、それは、推古が最初に出て来たからだ。女なら誰でもよかったけど、それがたまたま推古だったから……!」
俺がそう言った瞬間、場の空気が変わった。
推古は一瞬ものすごく怖い顔をしたが、すぐににっこりと笑った。
目は、笑ってないが。
あれ? どうして?
「処分決定。望月君と同じでいいだろう」
「分かりました。それではおやかたさまの処分は、一か月ふんどしの刑です!」
「ええ? ちょっと待て、何だよそれは!」
「名前の通りです。一か月間ふんどし以外の下着を着けることを禁止します」
「何でだよ!」
「……なんで? 分からないのかい? この変態男」
物凄く、冷たい声で、推古が言う。
なんで? 何で怒ってんの?
「君は望月君と違い、水晶は利かない。だけど守ってくれると思っている。だって、守らなければどうなるか分かっているだろうからね」
怒ったままの表情でそう言って脅す推古。
いや、まあ、このまま推古に絶交されたり苑子に愛想付かされたりするよりはマシか……。
いや、ちょっと待て、聞き流しかけたけど、今「翔子と同じ」って言ったよな?
まさか翔子も?
俺は部屋の片隅で涙目になってうつむいている翔子を見た。
この子がふんどし?
忍者だけど、セントエメル女学院在学のお嬢様だぞこの子?
さすがに俺をかばってこの刑は女の子には可哀想だ。
ふんどしってだけで可哀想なのに、一か月あれば女の子は、まあ、苑子にはないアレの日が来るだろうし。
「なあ、俺がその刑を受けるのは仕方がないけどさ、翔子は勘弁してやってくれないかな? あれは本当自己犠牲の精神だったと思ってるし、俺のミスが原因だからさ」
「……おやかたさま?」
「四谷さん……」
翔子が俺のために自分を犠牲にしようとして、今こんな目に遭ってるんだ。
ここは俺が自分を自己犠牲にしてでも助るのが人の道ってものだ
「女の子にふんどしってひどいだろ。もっとましな刑も沢山あるはずだ。そもそも、なんで翔子が刑に処されるのかが全く分からない。もし、翔子に罪があるなら俺のせいだ。だから翔子の分も俺が背負う。頼むから、翔子にふんどしなんて酷い刑はなくしてやってくれ」
俺は誠心誠意頭を下げて頼んだ。
「四谷さん、これは忍者の問題ですから……いえ、それだけではないですが……その、四谷さんが気を病む話では──」
「おやかたさまは、正面から某を否定しましたね?」
翔子の言葉を遮って、ふんどし女子の苑子がぷんぷん怒っていた。
「いや、お前は趣味でやってるだけだろ。忍者だからやる必要なんてないだろうし。それとこれとは──」
「景冶、君は三つの罪を犯した」
そこに更に推古が割り込む。
なんか、さっきより怖い顔をしてるけど、今の俺の言葉に、苑子はともかく、推古を怒らせることはなかった気がするが。
「一つ目は、僕と苑子く……妹の苑子がここに来た時、僕と妹を間違えた。二つ目はさっき、僕に抱きついて来て身体を触りまくったこと、そして、ふんどしに対する造詣が呆れるくらい浅いこと!」
俺に突き付けられた、三つの罪のうち、まあ、二つは仕方がないが、三つ目はなんだこれ?
「あのさ……ふんどしに対する造詣って……何?」
「君はふんどしは男性のみの下着だと思い込んでいる。だけど、そうじゃない。歴史上女性もふんどしを着用していたんだ。女性の下着と言うと腰巻が有名だが、生理の時はふんどしを着用していたんだ。つまり、君のいう『女の子なのにふんどし』という考え方は間違っている」
「いや、ていうか歴史上そういう認識が──」
「当時は生理を穢れたものとして扱っていたから、生理用具に関する記述はほとんど残っていないんだ」
「……はあ」
すんません、生理については歴史の授業でもしないですよね。
そもそも、ふんどしも習わないしな。
「更に言えば、パンドルショーツと言うものを知らないのかい?」
「パンドル……ショーツ? 女物の下着の一種か?」
初めて聞く名だが、ショーツと言うくらいだから、女物の下着なんだろうと思う。
「そうだね、女性用下着だ。見た目も着用の仕方も、全てふんどしと同じだけどね。通販でも購入できるよ」
「そんなのがあるんですか!?」
俺も驚きだが、俺より驚いたのは苑子だった。
知らなかったのかよ、毎日ふんどしを穿く女の子の癖に。
「つまり、誰に強制されなくてもふんどしを穿いている女の子がいるんだ。しかも健康にいいとか美容にいいとか、いろいろ利点もある。僕はこのふんどしを望月君にも勧めたいだけだよ」
「あの、姉上、パンパースショーツについてもう少し詳しく!」
「パンドルショーツだよ。ま、後で詳しく話してあげるよ」
まあ、さ、別に女の子がふんどし穿こうがいいんだけどさ、男の夢は崩れるけどさ。
一つだけ、妙に気になることがある。
それは、おそらく地雷だが、このまま聞かないという選択肢は俺にはなかった。
「なあ、そんなにふんどしに詳しいって事はさ、推古はやっぱり苑子みたいに、毎日ふん──」
「ち、違うにきまってるじゃないかっ!」
推古が怒鳴る。
やっぱり地雷だったか!
畜生、想像が止まらない!
「ぼ、僕は、別にふんどしだけでなく、ショーツ全般に詳しいんだ。だからふんどしにも詳しいってだけだ。さすがに体育のある日は──あ」
しまった、という表情の推古。
今のはふんどしを穿いていると認めたようなものだ。
そうか、推古もふんどし愛用者だったのか。
今日は体育もなかった。
ということは、今も、ふんどしを──。
「景冶は二か月に増刑!」
「なんで!?」
「何でだろうね?」
そう言った推古の目は、笑っていなかったので、俺はそれ以上何も言えなかった。
「嫌ならノーパンの刑にしようか?」
俺の、ほんの少し、ああ、ほんの少しだけのいやらしい視線に気づいた推古が、死ぬほど冷たい声で言う。
「いえ! ふんどしで頑張ります!」
俺は背筋を伸ばして、そう返事した。
そう返事するしか、なかった。
ちなみにその日から、ナオトからも夕食写メが送られて来るようになった。
マジ勘弁してくださいっす。




