第五章第四節
俺が、状況と全く関係なく落ち込んでいると、目の前では緊迫した状況になりつつあった。
ナオトの周りを囲む忍者たち。
その数は十人ちょっと。
翔子は助けられそうだが、それでも三人だ。
更に、ナオトには例の水晶がある。
「へっ、のこのこと出てきやがって。とりあえずてめえらにもどうせそのうち通用しなくなるんだろうが、最初一回くれえは行けんだろ。百地の者、藤林の者、服部家の頭領である俺にひれ伏せ!」
ナオトが怒鳴る。
だが、苑子や推古がひれ伏すことはなかった。
「? なんだあ、てめえら?」
少し慌てるナオトだが、それでもナオトの優勢は変わらない。
「姉上、あれが例の水晶のようですね」
「そうだね、じゃ、返してもらおうか」
大の男たちの忍びに囲まれて、呑気に会話する二人。
「ああん? こりゃ、服部家の血を引くもんしか使えねえんだ。てめえら臣下の奴らに──」
「下がりなさい、無礼者ども!」
推古は、普段使ったことのないような澄んだ声を上げる。
「無礼者はてめえだろ! 俺の名前知ってんのか? 俺は──」
ナオトが反論しかけた時、周りにいる忍者が、翔子を含めてひれ伏した。
さっきの水晶は、未だにナオトの胸にある。
だが、それでもみんながひれ伏した。
「高坂家くらい知っている。我が配下を侵し、謀反を企んでいるようだな」
凛、とした推古の声。
普段の声も、女の子にしては凛としているのだが、今は俺も背筋を伸ばしてしまいそうなくらい、すっきりと爽やかに響き渡る声だった。
「おい、てめえ、百地! てめえ、上忍家系だと思っていい気になってんじゃねえ! 格なら高坂の方が上だろ!」
「百地推古とは仮の姿。僕……私の真の名は服部推古。先代服部翔の娘であり、正当な服部家の嫡子だ! これだけ離れていても効き目がある水晶がその証拠だ」
「某が妹のふじばっとり苑子!」
大事なところで間違えた!
何だよ、ふじばっとりって!
藤林って言いかけて、あ、服部だったと思って誤魔化したな。
まあ、苑子らしいが。
「な……ん、だって?」
呆然とするナオト。
「おっと、これは返してもらうよ」
その隙を突いて、水晶を奪う推古。
「よし、みんな解散っ!」
推古がそう叫ぶと、忍たちは何も言わず散り散りに消えて行った。
一旦出て行った翔子が、恥ずかしそうに戻って来てそそくさと、ナオトの後ろに立つ。
「くそっ! あいつら!」
残ったのは、ナオトだけだった。
多分、服部家の血を引く人間にはあの水晶は効かないんだろう。
「観念するがいい高坂の者よ。道具で集めた忠誠など、所詮そんなものだ」
推古が、ナオトに言う。
なんかその隣で、苑子がびし、と同じ格好をしている。
「ああん? てめえらみたいなまだガキの女どもに俺が敵わねえと思ってんのか?」
ナオトは一気に劣勢になったが、まだ諦めてはいなかった。
「ここでてめえら倒しときゃ、やっぱり服部家はいなくなるんだよ。そうしたら今度こそ高坂家が忍者統括出来んだ!」
ナオトが、構える。
圧倒的な力を持っていることを、俺は知っている。
おそらく、その構えから、推古や苑子も分かったんだと思う。
「ふむ、確かに僕一人では君にかなわないな。もっと修行をしなければならないね」
ナオトしかいないからなのか、推古は元の口調に戻り、威厳はないが、親しみやすい調子になっていた。
やっぱりそれがに合っていいると、俺はこんな時にそんなことを思っていた。
「だけど、僕には妹がいる。あと、何だかよく分からないけど仲間がいる」
「ええっ!? 私ってそんな認識なんですか?」
「ああ、ごめん、何で一緒に戦ってくれるのか理由も聞いてないけど、それでも戦ってくれるって言いたかったのさ」
推古は、にっこりと笑う。
余裕のある笑顔だ。
対して、余裕のない、追い詰められた表情のナオト。
「僕らはみんなか弱い高校生の女の子さ。でも、三人がかりなら、絶対君には負けない」
「……服部家だからって、偉そうにしてんじゃねえぞ! 弱え癖に服部家の名前で強いつもりになるんじゃねえ!」
ナオトの声は、遠吠えに聞こえる。
服部家の威光を借りていたのはまさにナオトだったからだ。
「これは僕が服部の嫡子だからってわけじゃないんだ。たとえ僕が服部家でなくても、僕たちは、決してお互いを裏切らない。そして、裏切られないって自信がある。強いっていうのは、そういう事だよ」
言い切る推古の顔は、妙に清々しかった。
「……気に入らねえなぁぁぁぁっ!」
ナオトが走る。
一番近くて、一番油断している翔子だ。
翔子はさっき二発やられて本調子じゃない。
それに、おそらく、味方が増え、敵が減ったという安心感から油断をしていた。
「ぐっ……ぐぅぅぅっっ!」
鳩尾に、三発目を食らう。
しかも、壁を背にしているから、衝撃は緩衝しない。
「翔子!」
翔子は、そのまま崩れ落ちた。
「まずは一匹。へっ、ここで弱い奴がつるんだって一匹ずつ倒しゃあ一緒だろ」
この状況に至っても、ナオトは全く諦めていない。
だが、その声に反論する者はいない。
「……どこに行きやがった?」
ナオトが辺りを見回すが、既に推古と苑子はいない。
この薄暗い中、気配を消して隠れているんだろう。
苑子たちの装束は、真っ黒で、この場では闇に紛れられる。
一方ナオトは、その派手な衣装で、どこにいてもすぐに分かる。
ここの場所を選んだナオトは、この場所の利を利用出来ていなかった。
「出てこいや! 出てこねえと、この女の目を抉んぞ!」
ナオトが翔子のツインテールの片方を掴み持ち上げる。
翔子に、抵抗できるだけの力はもうない。
ナイフを振り上げるナオト。
「やめろぉぉぉぉっ!」
叫ぶより早く、身体が動いていた。
俺はナオトに飛びかかる。
ナオトはそれに気づき、俺に回し蹴りを食らわせる。
「ぐぁっ!」
重い蹴りに、俺は吹き飛ぶ。
俺が壁に激突するより早く、誰かがナオトにハイキックを食らわせようと飛ぶ。
「分かってんだよ、来るくれえよ!」
ナオトは前に出て体当たりする。
キックの衝撃点を変えられた方は、有効打を与えられず、ただバランスを崩して後退する。
「そこまでです!」
もう一人がナオトの背後から抱き付き、その首に苦無を突き立てる。
「動くと頸動脈を切ります」
この声は、苑子の声だ。
突き立てられたナオトは、動きを止める。
「へっ、出来んのか? てめえらみてえなガキに人殺しなんてよ」
苑子に、出来るわけがない。
出来て欲しくない。
あの苑子に、人殺しなんて、して欲しくはない。
「出来ます。本当ならこんな脅しではなく、今すぐにでも切り殺したいです」
だが、苑子は俺の願いとは正反対の事を口にした。
その声には、いつになく強い意志が込められていた。
「……なんでそこまで出来んだよ。ガキの癖に」
苑子の本気に、ナオトが怯む。
「あなたが許せないからです。あなたは某の友達を傷つけた。某の親友を、痛めつけた!」
怒り、そう、隠せない怒りが、その声には滲み出ている。
普段は敵だとか言いながら、翔子の事を親友と認めている苑子。
「そして、何より、某のおやかたさまを凌辱しようとした! 某はあなたを殺して刑務所に入っても、死刑になっても構いません! あなたを殺したい! それを必死に我慢しているのです」
苑子は怒りで少し興奮していた。
今なら本気で殺しかねない。
「お館様ってあいつか? 何言ってんだよ、この時代に主人への忠義とか、そんな掟にもねえこと、どうでもいいだろ」
「そうです。そんなことは、どうでもいいのです」
「だったら──」
「ですが! おやかたさまは、某を助けてくれた! ……いえ、そんなことはもう、どうでもいいのかもしれません。おやかたさまは、某の見栄や強がりをみんな受け止めてくれて、支えてくれています。某は見栄っ張りで、だから友達を作るのも苦手です。この、強がりを、認めてくれるかどうか分かりません、だからどうしても人前を避けてひっそり生きてきました。それをおやかたさまは優しく見守って、助けてくれます。ですから、某は某として、前よりも素直にのびのびと、感情を出すことが出来ます。おやかたさまがいなかったら、某は気の弱い、人見知りのままの人間だったのです」
「…………」
苑子の言葉に、ナオトは何も答えなかった。
ナオトから見れば、苑子の言ったことなんて、本当にちっぽけな事だ。
一笑に付す程度の話だ。
だが、それでもナオトは、その言葉に、少なからず衝撃を受けていた。
「……俺は、外見でしかあいつを判断してなかったな」
あいつって、俺か?
「そうか、そりゃあ、てめえらには敵わねえな……」
笑いとともに、力を抜くのが分かる。
「俺の……負けだ……」
がっくりと、膝を落とす。
ナオトが負けを認め、全てが終わる。
苑子や推古からも、闘志は消えていく。
観念したのが分かったから、ナオトをもう捕えたりもしない。
まるでスポーツの死闘をを終えた後のような爽やかな、お互いを称える空気が流れる。




