第三章第二節
足で電柱をしっかり挟んだ後、望月さんの足首を掴み、その体重を持ち上げる。
望月さんの足首は思ったより細く、体重は軽かった。
「ふぇ? ふぇぇぇぇぇっ!」
見知らぬ男に足首を掴まれた緊張からか、パンツを見られているという羞恥からか、望月さんは起き上がろうともがく。
「こら、暴れるな。今縄を解くから、落ちる用意だけしておけ。なるべく見ないようにするから。忍者だから大丈夫だよな?」
「は、はい……」
やっとおとなしくなった望月さんの足首から、縄を解いてやる。
「むおっ、わっ!」
そっと下ろして、声をかけてから離そうと思ったが、下を向いた瞬間、ちょうど望月さんのパンツの股間の部分が目に入り、慌てた俺は手を放してしまった。
いや、だって、女の子の股間がそこにあったんだぞ?
しかもちょうど気を抜いてて、もう一方の足をだらーんと下ろしてたんだよ!
つまり、股をおっ広げてるのと同じなんだよ。
そりゃ慌てるだろ!
見ないって言ったけど女の子としてそこはもう少し警戒しろよ!
「とっ!」
だが、望月さんは慌てることもなく地面に両手を着いてから、半回転して起き上がる。
顔が真っ赤なのは頭に血が上ったからじゃあるまい。
そりゃ、見ず知らずの男に、ライバルに負けて宙吊りの無様な姿を晒した挙句、パンツまで見られたら真っ赤になるのも当然だ。
「…………」
だが、その真っ赤な顔とへの字に曲がった口が俺をじっと見る。
「……助けていただき、ありがとうございました」
そして、深々と礼をした。
そんなに素直に謝られるとは思っていなかった俺は、逆に慌てた。
「いや、まあ、俺の知り合いがやった事だからな。こっちこそ悪かったな。おい、苑子、来い」
「何ですか。その前にどうして助けたのですか、彼女は某の敵ぶぐっ」
抗議する苑子の頭を拳骨で殴ってやった。
力は入れなかったが、小柄な苑子には強烈な一撃のはずだ。
可愛がっている後輩の女の子、しかも俺の御庭番をしている子に暴力をふるうなんて非道な事は分かっている。
だがここは拳骨で叱らなければならないと思った。
「何をするのです、おやかたさま」
「謝れ」
「はい?」
「この子──望月さんに謝れ」
「どうしてですか。謝りませんよ!」
苑子にしては珍しく反抗する。
余程ライバルに強いところを見せたいと見える。
「お前さあ、同じことやられたら嫌だろ? っていうか、嫌だっただろ?」
「あれは翔子対策の練習の失敗で……はい、嫌でした」
反論しようとする苑子を睨むと、さすがにおとなしくなった。
とりあえず、さっきの技をどう失敗すればああなるのか疑問だったが、そこは重要でもないだろう。
「翔子、ごめんなさい」
しぶしぶではあるが、苑子が望月さんに頭を下げる。
「あ、べ、別に謝ってもらうほどじゃ……わ、私の方も変に絡んでごめんなさい……」
望月さんも慌ててそう言う。
「よし、よく言ったな」
俺は苑子を頭を撫でて褒めてやる。
「あ、あのっ!」
俺が苑子にコブが出来てないか確認しつつ頭を撫でていると、望月さんが俺に声をかける。
「どうした、望月さん。本当に悪かったな」
「あ、いいんです。あと、翔子でいいです……」
「そうか、じゃあ翔子、どうしたんだ?」
俺が聞くと、望月さん、いや翔子は真っ赤になってうつむいたままもじもじとし始めた。
「その……お名前を……教えてもらえると……」
途切れ途切れ、そんなことをいう翔子。
またこの、清潔感あふれるお嬢様風の女の子がもじもじしている姿はとても可愛い。
「俺か。俺は陵山高校二年の四谷景冶だ。よろしくな」
「はい……よろしく、お願いします」
翔子が上目づかいで俺を見つめる。
「む、これは恋する目。早めに摘んでおかなければ!」
何だか隣で苑子がまたわけの分からないことを言い出した。
「なっ! ち、違うわよ! そんなんじゃ……」
「おやかたさま、ここは某達の中を見せつけてやりましょう。とりあえず軽く『ふぇらちお』というものをやりましょう!」
「するか! お前意味分かってるのか?」
「分かりませんが、父上の蔵書によれば、それは仲のいい恋人同士でしかしないようです」
親父さぁぁん! あんたのエロ本、娘に見られてますよ!
しかし、女の子って高一になってもそんな事も知らないもんなんだな。
男は中学生なら誰でも知ってるんだが。
いや、苑子が特殊なのか?
翔子の方を見ると、頬を染めて、しかも俺の股間をちらちら見てるので知ってるんだろう。
うん、見ちゃうよな。
「とりあえず、デートに戻りましょう!」
苑子がぐいぐい引っ張って俺と翔子を離そうとする。
まあ、苑子が全体重かけても、俺は立ち止まっていられるんだが、引っ張られていくことにした。
「じゃあ、またな、翔子」
俺は翔子を振り返って言う。
「は、はい! またお会いしましょう」
翔子が嬉しそうに頭を下げる。
頭のツインテールが勢いよく飛び跳ねる。
可愛い子だったなあ。
そんなことを考えていると、苑子がぎゅっと腕にしがみついてきた。




