第三章第一節
さて、それから休日まですぐだったのだが。
あの日に明確にしておくのを忘れたことがあった。
一つは、苑子がいじめに遭っているという件。
これはまあ、次の日に解決した。
もう一つは、弁当の作り手の件だ。
「今日は某監修の下、丹精込めて父上が作りました」
苑子はむふん、と誇らしげに弁当を広げる。
いつものポニーテールに、いつもとは印象も異なるグレーのアンダーと白のワンピースミニの苑子は可愛いが、目の前にはおそらく可愛くないおっさんが作った、可愛くない重箱が並んでいる。
「だからさ、何で監修するならお前が作らない?」
俺は無駄ではあるがとりあえず突っ込んでみた。
映画を観終わった後、飯にしようとしたとき、苑子が弁当があると言ったので、この公園を訪れた時、そう言えば、親父弁当を明確に拒否してなかったことを思い出したのだが、怖くて聞けず、今に至った。
悪い意味で予感が的中した。
いやさ、親父さんがどこかのシェフとか、そうでなくても料理が趣味で腕に自信があるとかならまだいいよ。
でも、話を聞く限り、どう考えても苑子自身が作った方がうまいんなら、何で素人の親父が作ってんの?
て言うか、下手でもいいから苑子の手料理が食べたいよ、どうせなら。
「父上が張り切っていたからです」
「そもそもさ、俺ってなんでそんなに親父さんに張り切られてるの? 普通、娘と仲いい男なんて気に入らないもんだろ?」
通常、どこの家庭でもそうだろうが、親父という存在は息子には女作れとか言うくせに、娘に男が出来るのは絶対に許さないもんだ。
苑子くらい可愛いと、その可愛さも尋常じゃないだろう。
俺がこいつの親父なら、門限は夕方の四時だ。
そんな親父さんがどうして俺を……いや……。
もしかしてこれが嫌がらせのつもりか?
張り切ってるって言ってたし、娘の手料理なんて食わせるか、なんて思ってて妨害してるのかもしれない。
「それが、『苑子と付き合う殿方と言えば本家再興の手助けとなる者。拙者が礼の限りを尽くさねばなるまい』と言っておりました」
が、真実はその上を行く恐ろしさだった。
「重い上になんだこの無礼! え? そもそも俺ってお前と付き合ってたっけ?」
俺が言うと苑子は照れ臭そうに頬を染める。
「某だって、親の前で見栄を張りたい時があります」
「見栄の張りどころを考えろ! 付き合うとかすっ飛ばして、もう結婚間際って感じじゃないか! 本家再興って何だよ!」
「さあ?」
「さあって! おまえんちの事情だろ!」
「某にだって知らない事はあります」
ぷい、と拗ねたようにそっぽを向く苑子。
いや、可愛いけど! 事態はそれどころじゃないだろ!
まあ、後で何とかするとして、とりあえず飯を食おう。
弁当は相変わらず味が濃かった。
親父さんが本家再興する前に動脈硬化にならないか心配だった。
「む!」
弁当を食い終わり、ちょっとカフェに行って食後の口直し、いや、休憩にコーヒーでも口にしようと向かっている時、苑子が急に立ち止まった。
「どうした?」
「……厄介なのが来ました」
何だか戦闘態勢の構えをして、緊張している。
厄介? 何のことだ?
俺は苑子の睨む先を見る。
そこには苑子と同じように構えている奴がいた。
奴っていうか、女の子だ。
この女の子は休日であるのに学校の制服を着ている。
しかもここら辺では有名はお嬢様学校、セントエメル女学院だ。
長い、さらさらと丁寧に手入れされた髪をロングツインテールにまとめていて、すらりと伸びた姿態は、ほんの少し幼さが混じる。
とはいえ、高校一年生で幼児体型の苑子を考えると、もし同じ歳なら標準的な体型と言っていいだろう。
苑子を睨んでいるこの子の顔も、まだ幼さを残すが、とても可愛く、睨んでる表情も緊迫感というよりも微笑ましさがあった。
顔のせいか制服のせいか、それとも品格を感じるからか、どことなくお嬢様の匂いがする子だ。
「ふん、相変わらずおチビね、苑子は」
女の子がいつでも攻撃態勢に入れる構えのまま、あからさまな嫌味口調で嫌味を言う。
「女の子はこれくらいがいいんです、翔子が成長し過ぎなのです」
いや、どう見ても翔子って女の子が普通の背格好だろ。
「どうして休みに制服を着ているのですか。潜入任務ですか」
「潜入も何も、私はセントエメルの生徒よ。今日は部活の吹奏楽部の練習があったのよ」
お嬢様学校で優雅な部活に入ってる、この子がなんで苑子と敵対してるんだ?
「なあ、ちょっといいか?」
「! この殿方は、もしかして苑子の知り合いなの?」
俺が声をかけると、びくん、と驚いて、話しかけてる俺をスルーして苑子に話しかける。
まあ、若干かちんと来たが、女子高だし男に慣れてないのかもな、と思って許すことにした。
「彼は某のカレシーです」
「だから、見栄を張るな!」
俺は苑子の頭を軽く押した。
「ステディです」
「同じ意味だっ!」
「今はデート中です」
「ああ間違ってないなっ!」
間違ってないんだが、そう、えへん、と聞こえてきそうに胸を張って言われるとイラッと来る。
こいつは俺に慣れてるから許す謂れはないが、まあ今は面倒だし許してやる。
「まあいい、この子は誰だ?」
「望月翔子です。忍者の名門望月家の令嬢です。某の中学時代の同級生です」
「へえ」
忍者の末裔ってそんなに沢山いるのか。
「何故だか去年くらいから突然某に喧嘩を売って来ます。本当は藤林家の方が名家なのに分を弁えず」
いや、高校生同士で名家とか名門とかないだろ。
「ちょっと苑子! いつの間に彼氏なんて出来たのよ! 私に内緒で!」
ちょっとほっといたら望月さんが勘違いしたままで怒ってた。
苑子の言う事を真に受けて、ツインテールを振り乱してまで怒るあたり素直だし、敵ってよりもよく喧嘩する友達にしか思えないな。
「翔子が女子高になんて行くのが悪いのです。某は共学高校でだんしをとっかえひっかえです」
「おい、お前が告白してきたときの状況を全てあの子に伝えるぞ」
「おやかたさま! 某にも見栄があるのです!」
身体を張って止める、というか抱き付いてくる苑子。
「……御館様?」
望月さんがその言葉に反応して苑子を見る。
いや、そこは俺を見ろよ。
「ばれた! そう、この方は某のおやかたさまなのです! 友達以上、恋人超えなのです!」
「そんな主従関係どうだろうな」
「そして将来は某と一緒に藤林家の再興を──」
「しないけどな」
俺はとりあえず否定しておく。
「くうぅぅっ!」
何故だかやたらと悔しがっている望月さん。
この子は怒るとツインテールが逆立つのか。
「苑子! 勝負!」
「望むところです。翔子用に開発した技を見るといいです!」
二人が動く。
その動きは俺が思っていたよりも早い。
二人とも忍者だ、動きが速いのは当然だが、苑子はミニのワンピースだし望月さんは制服だ。
正直、腰を落とした構えだけでパンツが見えそうになる。
いや、苑子はふんどしか。
……もしかして望月さんも?
このいかにもなお嬢様もスカートの下は……。
いやいや! 考えるな!
それは見ていいもんじゃないし、いや見てはいけないものだ。
そう思っていたが、案外それは簡単に見る事になった。
苑子と望月さんはナイフ、いや、苦無でお互いに攻撃をし、また相手の攻撃を苦無で受けていた。
まあ、真剣っぽいし、集中切れさせたら後に残る傷を負いそうなので、黙っていた。
が、次の瞬間、苑子の小さな身体が沈んだ。
不意を突かれた望月さんは、背面に苑子が来ると判断して振り返る。
だが、望月さんが見たのは、苑子の後ろ姿。
苑子はそのまま近くの電柱に走り、そして器用によじ登っていく。
「え? きゃぁぁぁぁっ!」
それに引きずられるように望月さんも電柱に登っていく、逆さ吊りで。
そうか、苑子が望月さんの前をすり抜けた時、足首に縄をひっかけたんだな。
苑子は縄を電柱から出ている鉄の取っ手にひっかけて降りてくる。
「うわーん!」
望月さんの泣き声。
俺が初めて苑子と会った時のように、望月さんは逆さ吊り状態で電柱からぶら下がっていた。
もちろん、スカートは重力に従って垂れ下がり、必死にそれを持ち上げる望月さんの努力もむなしく、彼女の下着が露わになっていた。
それは、どこかのちみっ子と違い、ふんどしではなかった。
上品なシルクっぽい光沢のある、境目にレースを施して下着の線を隠すような、お嬢様っぽい高級感のあるパンツだった。
パステルピンクのそれは、一歩間違えばおばさん臭くなる絶妙なバランス色でかつ、少し大きめのリボンが若い子の下着であることを主張していた。
その上に穿いている薄いベージュのパンストが、お嬢様っぽさを更に強調している。
ああ、別にふんどしでなくてもいいんだ。
「さあ、行きましょう」
苑子は何事もなかったかのように俺に言い、その場を離れようとした。
「待って! ちょっと待ってよ!」
後ろでは望月さんが必死に叫んでいる。
まあ、女の子がこの状態で一人取り残されたら、さすがに可哀想だろう。
「おい、あのままほっといちゃまずいだろ」
「いいえ、あのくらいしないと翔子は懲りないのです」
苑子が言う。
こいつは本気でこのままほっとく気だな?
「しょうがないなあ」
苑子は後で懲らしめるとして、俺は望月さんの方に戻り、なるべくパンツを見ないように電柱を登った。




