第三章第三節
「おやかたさまは節操がないのですっ! よりにもよって翔子ですか!」
「いや、節操とかそういうんじゃなくてな。そもそもなんで俺はお前にそんなことを言われなきゃならないんだ?」
翔子と別れてすぐそばにあったカフェというか喫茶店に入ると、何故だか苑子がぷりぷり怒っていた。
ちなみに、苑子はイチゴパフェを注文して、口一杯に頬張っていた。
頼んだ覚えのない米粉パンケーキも来たが、どうも今日はレディースデーで、それがサービスで付くようだ。
さっきの弁当代かわりにここは俺が奢ると言ったんだが、それでパフェを頼むとかどうだろう。
まあ、図々しいくらいがいいとは言ったが、変わり過ぎだこいつ。
でも悔しいが俺の好感度は上がってるんだけどな、ちくしょう。
「デート中なのです。デート中に他の女の事を考えるのは失礼なのです」
「まあ、そうだけどさ。口にクリームがついてるぞ?」
「ついているのではなくつけているのです。ファッションアイテムです」
苑子が誤魔化しにもならないいいわけをする。
「ファッションアイテムってお前なあ……お前って忍者の癖に横文字使いまくるよな」
俺は紙ナプキンでクリームを拭いてやりながら言う。
ファッションアイテムとか言ってたくせに、俺の方を向いて素直に拭かれてる苑子。
「忍者は時代と共にあるのです。その時代に溶け込んでこそ忍者なのです」
そんな奴はふんどしなんて穿かないだろ。
「でも、横文字なしに喋れないのもなんか忍者っぽくないな」
「む、それは侮辱です。某は横文字なくても喋れます」
「じゃ、喋ってみろよ。罰ゲームはなしにしてやるからさ、これはお前の矜持の問題だから」
「オッケーです。チャレンジするのです」
「……お前、わざとやってないか?」
「今のは誘導尋問です! もう引っかかりません!」
「ま、いいけどな。それじゃ、スタート!」
俺が言うと、苑子は緊張したように俺をじっと見る。
「……おやかたさま、お元気ですか?」
「元気だよ」
こいつアドリブ力ゼロだな。
しょうがない、こっちから話題を振ってやるか。
「そう言えば、さっきの翔子みたいな忍者の末裔って、他にもいるのか?」
「この周辺にも数家残っています。我々の本家だった服部家はなくなったと聞きますが、それ以外にも我が藤林家や望月家の他にもいくつかあります。この辺りは特に名門が多いです。ですが、知らない人に教えるのは掟によって禁じられています。その人がその家の存在を知っていればいい、という緩い掟ですが」
旧家だから誰も知らないって事はないだろうが、一応元隠密屋だから、公表して回るのはやめよう、って感じか。
さっき普通に翔子の事を教えられた気がしたが、まあ、苑子だしな。
「そういった連中は、何して生計立ててるんだ? 忍者って今でも仕事あるのか?」
「色々です。古来より、忍者は主に使えるだけでなく、独自に生計を立てていましたから」
「お前の親父さんは何してるんだ?」
「アプリ開発者です」
「最先端だな、忍者!」
「携帯ゲームの開発をしています」
「マジか! 凄いなお前の親父」
「ですが、カードに実在の忍者家系出して仲間から怒られました」
「掟くらい守れよ!」
「それが望月家なのです」
「そりゃあの子が怒るのは当然だろ!」
翔子が去年からいきなりケンカ売って来たって、そりゃそうだ、悪いのは苑子の親父さんだ。
「そこに『望月笑子』というくのいちカードがあって、それがツインテール忍者なのです。しかもハズレカードです」
「お前の親父さんはあの子とお前を喧嘩させたいのか!?」
俺は色々と突っ込むのに疲れてきた。
なんていうか、こいつの話を聞く限り、親父さんはろくでもない人だ。
「まあいい、ところでお前、さっきから普通にアプリだのカードだの使ってるよな」
「む! 諮られた! おやかたさまめ!」
「いや、お前が嬉々として喋ってたんじゃないか」
少なくとも俺が誘導した覚えはない。
「某の父は……電子計算機用の実体のない何かを開発しています」
「怖いよ! なんかあるだろ、アプリの適当な言い方!」
「そして、電子上の紙切れにみんなが面白いように課金してくれるので生計が成り立っています」
「悪徳に感じるな! 世の携帯ゲーム開発者に謝れ!」
まあ、今はゲーム開発者だと分かったから理解出来るものの、ゼロから説明されてたら理解できる自信がない。
「む! 今日は女の子の日ですよ?」
「いや、そんな報告されても……」
苑子がいきなり自分の身体について言うので、俺は少しだけ顔を染める。
こんな小さな女の子でも一応あるんだな、当たり前だけど。
「女の子はパンケーキがもらえるようです」
「ああ、レディースデーね……ていうか、さっきのパフェに付いてきたあれだろ?」
ていうか、もう普通にパンケーキとか言ってるけどいいや。
「確かに付いてきました! 間違いだと思って速攻で食べたので味を覚えてません!」
いや、間違いだと思うなら食うなよ。
「味わいたいです! おやかたさま、とりあえず女になってください」
「ならん! そう簡単になれるか!」
「くう……もはやここまで……」
苑子ががくり、と肩を落とす。
「いや、パンケーキくらいなら払ってやるから注文すればいいだろ?」
「む! 本当ですか? すみません、この特大ホットケーキを一つ! トッピングはホイップクリームでお願いします!」
「パンケーキ! 何違う物注文してんだよ!」
「パンケーキとホットケーキは大体同じものです」
「俺がおごるって言ったのはパンケーキだ!」
三百八十円のパンケーキと八百三十円の特大ホットケーキはそもそも違うだろ。
しかもトッピング百円だと?
「おなかに入ればだいたい同じです」
「だーかーらー!」
「駄目ですか?」
「いや、いいけど! 一言俺に確認取れって事だよ」
値段は痛いが、苑子の弁当代はもっとかかってそうだからいいんだけど、なんていうか、図々しさにイラッと来るんだよな、こいつの場合。
「ぎょいです。ところで相談なのですが」
「何だ?」
「某はこう見えて小食なので、お昼の後にこんなに食べられません。どうしましょう?」
「すみませーん! さっきの特大ホットケーキキャンセルで!」
俺は苑子のこめかみに拳をぐりぐり入れながら、注文をキャンセルした。
「まったく、お前は何考えてるのかさっぱり分からないな」
「すみません、おやかたさまとのデートに緊張しているのです」
「お前は緊張すると食べられもしないホットケーキを注文するのか?」
「いつおやかたさまが狙られるかと緊張して」
「そっち!? いや、俺、狙われる事なんてないから」
「ですが、先ほどからおやかたさまを見ている影があります。しかも二つ」
苑子が周囲を鋭く睨みながら言う。
「え? 俺、狙われてるのか?」
「む、近づいてきます!」
苑子が緊張で姿勢を低くする。
な、何だ?
俺もなんとなしに緊張する。
俺が狙われるなんてことはないが、苑子自身にはあるかもしれない。
この前のBボーイの件も恨まれててもおかしくないし、ああいうことを他でやっててもおかしくないし、だとしたらそいつらが来ることもある。
そして、確かにこちらに向かって歩いてくる影がいた。
もちろんウエイトレスじゃない。
すらりと長身スレンダーな体型、ショートボブの髪。
「おや、偶然だね」
現れたのは俺の親友である推古だった。
服装は彼女のスレンダーな体型と性格に合うような、白と黒を基調としたブラウスとパンツ。
ボーイッシュというよりも男装に近いいでたちだった。
「偶然ではないです。公園からずっとつけてむぐう」
何かを言おうとした苑子の口を塞ぐ推古。
「ま、そんなことはいいとして、君たちもここでランチかい? 僕もご一緒させてもらってもいいかな?」
「デート中なので駄目です」
「別にいいけどさ、俺ら飯じゃないんだよな。食うなら食ってて構わないが、それでいいか?」
「おやかたさま!」
苑子が俺をぽかぽかと叩く。
まあ、気持ちは分からなくもないが、俺も親友を邪険にはしたくない。
デート中って言ったんだしこの後もついて来ることはないだろうから、ここくらいいいだろ?
それを苑子に説明しようとしていた時。
「あ、あら偶然ね?」
死ぬほどぎこちなく挨拶する声が聞こえた。
見上げると、さっき別れた翔子がそこに立っていた。
あれ? なんでこいつここにいるんだ?
いや、こいつの言う通り偶然ならそういう事もあると思うが、同じ喫茶店にたまたま入るなんてありえにくいし、苑子はあからさまに疑っていた。
「尾行しておいて偶然も何もむぐう」
今度は翔子が苑子の口を塞いだ。
いや、ちょっと口を塞ぐの遅かったから尾行したのばれてるけどな。
大方尾行してきてて、ずっと近くにいたけど、推古が俺たちに混じったから自分も混ざっていいのかとでも考えたんだろう。
なんで尾行してきたのかは知らないけどな。
元から知ってる苑子はともかく、パンツ見られた、しかも男の俺になんか会いたくもないだろうから、なんでわざわざ現れたのかもよく分からない。
俺だってまだまだ、この子の顔を見るだけであのパンツを思い出してしまうくらい、まだ熱が冷めてもいない状態だ。
「とにかく、ここで偶然出会ったんだから、一緒にご飯食べていいわよね?」
この子は推古より混ざり方が下手だ。
「駄目です、あっちで一人ランチを満喫するといいです」
苑子があっさりと拒否する。
まあ、俺はいいんだけど、推古みたいな俺の親友じゃなく、苑子の友達だからな、俺が誘うのも変だろう。
「いいの! 私はここ!」
翔子は苑子の許可なく苑子の隣、推古の向かいに座ろうとする。
「あ……」
座ろうとして、そこに苑子の重箱など荷物が置いてあり、座れなかった。
「どけなさいよ! 椅子に荷物乗せるなんてマナー違反よ!」
「それは電車のマナーです」
「いいからどけなさいよ! ほら!」
翔子は荷物を持って、どん、と苑子の胸に押し付ける。
「分かりました。そこまで言うのなら、隣に座ることを万が一にも許可しないでもないかもしれませんと思います」
「どれだけ嫌なのよ!」
「条件があります。過酷な条件ですがいいですか?」
なんで同席するくらいで過酷な条件突き付けてんだよ。
「……分かったわ。何よ?」
受けるのかよ。
「パンケーキを、某にくれるのです」
そんなにパンケーキ欲しいのかよ!
「分かったわ。おごればいいのね?」
「はい」
「はいじゃないだろ!」
俺は苑子の頭を上から強めに押した。
苑子は首が少し胴に沈む。
しょうがないので俺がレディースデーの事を教える。
最初苑子につられて女の子の日と言ってしまい変な目で見られたが、気にしないことにした。
「さて、食事が来るまでしばし待つことになるが。まず一つお願いしてもいいかい?」
「俺に? ああ、いいけどさ」
「僕は彼女と初めて会うと思うんだけど、紹介してもらってもいいかな」
推古はちらりと翔子を見て言う。
「ああ、この子は、えーっと、望月翔子だったかな。セントエメルの一年生で苑子の友達だ」
「友達じゃありません」
「友達じゃないです」
苑子と翔子はほぼ揃って答える。




