その人生―3
自分自身を知るって難しい
《―――…『返せ』ってのは少し違うなァ。奪ったわけじゃねえんだから》
瞬間、加速を続けていた電車はいつの間にか消え失せ、暗闇だけがそこに残っていた。
風はない、でも髪は靡く。地面はない、でも歩ける。
その声の持ち主、アリカワミナトの元へ俺は歩く。
奴の姿は見えない。どこにいるか視認はできない。
だが、不思議と進む先に迷いなどはなかった
―――ここはあの時、湊の意志を継いだあの心理とは違う。
アリカワミナトに連れてこられた心理とも違う。
…不思議な感覚だ。自分の中にある心理なのに、自分じゃないみたいだ
《その感想は正しい、そして全ての答えでもある》
答え。それこそが全ての解答だと告げたその声の真意に
―――俺は、分かってしまった
「…普通に生きてきた、なんて言うつもりはねぇよ。湊が最後に臨んだ通り、強くあるために生きてきた。…その結果がこれだ。俺は何も強くない。アイツが臨んだ通りにはなっちゃいない。肉体的な強さは中途半端で、精神的な強さは最弱だ。」
自覚はある。いや、自覚出来たというほうが正しい
肉体的な強さ。その中途半端な意味とは
肉体のリミッターを強制的に外して一時的に強いと自己暗示していたに過ぎない。
それなりの訓練はしてきたし鍛えてきたつもりだ。
しかし、だ。たかが子供が限界まで鍛えたところで、実践と経験が充実した大人に適うはずがない。
故に、勝つことに拘るのであれば、脳が制御するリミッターを外し、技量や能力を飛躍的に向上させるしかない。
所謂ドーピングに近いものだ。卑怯な手段だ。
強さを求めるあまり、強さの意味を履き違えた最低最悪で低能なクズだ。
なら精神面は?…なんて疑問も生じない
自分を自分で抑え込むことが出来ない
自分が自分のことを解らない
……ああ、これじゃあ人間じゃあない。生物でもない。何者でもない。
「弱さを知ったな」
「ああ、こりゃ不完全だ。」
「完全な人間はいねぇだろ」
「だけど不完全な人間もいない」
「矛盾だらけだなぁ」
「ああ、矛盾だ。しかも嘘の情報だけで満足した、事実を掘り下げず逃げ出したクズでもある」
「…だけど、お前はこうして俺のところまで辿り着いた」
話しているのは一人だ。ただ、一人で一人芝居だ。
自分自身に語りかけ、自分自身の問いかける。
有川湊の心理を覆っていた
「ならその褒美に教えてくれよ、湊。いや、答え合わせをさせてほしい」
これを俺の口にすれば、きっともう後戻りは出来ない。
けれど…ああ――――
―――…一人は、さびしいよ?
――――でも、一人のほうが気軽だ
――――…それじゃあ、何も進まないよ?
――――ああ、そうだな。それは間違いだよな
俺は――――――
――――お前が、家族に思っていることって?
――――何考えてんのかわからなくて、それでも血は繋がっている気味の悪い動物。そんな印象だよ
もう、沢山なんだよ…
イライラすんだよ…
俺が自分のことを知らない?
俺が自分じゃないところで動いている?
俺が自分の記憶がない?
いい加減にしろよ畜生がッ
知らない記憶を押し付けられて、知っている記憶を失って
自分が自分じゃない。それが自然であり原因が不明瞭であるなら諦めが付くだろう
だが、もう違う。俺は知っている。俺は"憶えている"
―――答え合わせだ。もうこんな茶番は終わっちまえばいい
俺が、湊として生きていくために…
全て余さず知り尽くしてやる…ッ!
「お前が―――本当の、本物の有川湊だな」
「――――…お見事。これで晴れてお前が正真正銘の湊だ」
ようやく、その声の持ち主は眼前に姿を現す
身なりは小さな、とても小さなガキ。
小学生に満たない、小さなガキ。見おぼえのない、ガキ。
それこそが、有川湊の正体だ。
「例え肉体は中途半端な強さでも、精神が最弱の豆腐メンタルでも、お前の意志の強さだけは本物だ。それこそ、湊にあるべき姿なんだ。僕が手に入れることが出来なかった、有川湊がお前に臨んだ本当の姿だ。」
「お前は、それで満足か?」
「満足?いいや、僕はただ事実を述べてるだけだよ。僕自身そんなことはどうだっていい。些細なことだ。ずっと、十数年も傍観を続けてきた僕にとっては」
…まさに死んだ眼をしている。
妥協に諦め、無関心に思考停止。
なるほど、これこそが有川湊だ。
「んじゃあ、真実を知った褒美に僕の見てきたもの全部くれてやるから、後は頑張って死ぬまで生きろよ。僕を含めてクズ共が集まるくそったれな現実でよ」
後2話主人公の人生編が続きます。




