第三話 初めての街の味
街に降りてきたリリアが、初めて街の人たちと食事をするお話です。
山で暮らしていたリリアにとって、街の料理はどれも新鮮なものばかり。
そして、いよいよ冒険者ギルドへ向かいます。
「それで、本当にあの山から来たのかい?」
「はい。師匠と一緒に、ずっとあそこで暮らしていました」
街の人たちに囲まれながら、私は何度目かの質問に答えていた。
山から降りてきた私を見て、みんな驚いていた。
それもそうだと思う。
あの山は、入ったら帰ってこられないと言われている場所らしい。
でも、私はそこで師匠と暮らしていた。
「いやあ、あの山で暮らしていたなんて信じられないな……」
「しかも、そんな大きな剣を持っているなんて」
「お嬢ちゃん、怪我はないかい?」
「はい。大丈夫です」
私は背負った剣をちらりと見た。
師匠からもらった、大切な剣。
街の人たちはそれを見て、ますます不思議そうな顔をしていた。
「とにかく、まずはご飯を食べよう!」
「そうだな。お腹も空いているだろう」
「えっ……?」
そう言われた瞬間、私のお腹が小さく鳴った。
……そういえば。
朝から何も食べていなかった。
「……はい」
思わず頷くと、街の人たちは笑顔になった。
「よし、こっちだ!」
「うちの店で食べていきな!」
そうして私は、街の人たちに連れられて食堂へ向かった。
***
「いらっしゃい!」
店に入ると、香ばしい匂いが鼻をくすぐった。
焼いたお肉の匂い。
パンの匂い。
それに、何か甘くて美味しそうな匂いもする。
……お腹が空いた。
「お嬢ちゃん、何が食べたい?」
「えっと……」
メニューを見せてもらったけれど、知らない料理ばかりだった。
どうしよう。
「じゃあ、うちのおすすめを出してやろう!」
「ありがとうございます!」
そうして運ばれてきたのは、大きなお皿に盛られた石窯焼きの獣肉だった。
お肉の表面には、こんがりと焼き色がついている。
その上には、とろりと溶けた山羊チーズ。
チーズはお肉の表面を覆うように広がっていて、ところどころ焼き目がついていた。
お皿の端には、焼いた野菜も添えられている。
「わあ……!」
思わず声が出た。
石窯で焼かれたお肉は、表面が香ばしく、中には肉汁がたっぷりと閉じ込められているらしい。
チーズの甘い香りが、お肉の匂いと混ざっている。
早く食べたい。
「いただきます!」
私はフォークを手に取った。
……けれど。
お肉が、思ったよりも硬い。
フォークで押さえて、引っ張ってみる。
むむむ……。
なかなか切れない。
「……んんっ」
もう一度、力を込める。
それでも、お肉は切れなかった。
私が力に任せて千切ろうとすると、
「お嬢ちゃん?」
「……切れません」
私が困っていると、向かいに座っていた人が食卓のナイフを差し出してくれた。
「ほら、これを使うんだよ」
「……?」
私はナイフを受け取った。
包丁なら使ったことがある。
山で師匠と暮らしていたとき、料理をするために使っていたから。
でも、これは包丁とは違う。
「……どうやって使うんですか?」
「えっ?」
「これで、お肉を切るんですよね?」
「そうそう。こうやってフォークで押さえて……」
教えてもらいながら、私はナイフを動かした。
すっ。
お肉が切れた。
「……!」
切れた!
フォークだけではなかなか切れなかったお肉が、簡単に切れた。
「すごい……!」
私は思わず目を輝かせた。
「そんなに驚くことかい?」
「はい! とっても便利です!」
街の人たちは顔を見合わせて笑った。
私は切り分けたお肉をフォークで刺し、口へ運ぶ。
「……!」
美味しい。
まず、焼きたてのお肉の香ばしさが口いっぱいに広がる。
噛むと、じゅわっと肉汁が溢れた。
お肉そのものの味が濃くて、塩がそれを引き立てている。
そこに、とろけた山羊チーズのまろやかな風味が加わる。
お肉の力強い味と、チーズの優しい味。
その二つが合わさって、とっても美味しい。
「……美味しいです!」
「だろう?」
私は夢中になって食べた。
お肉を一口。
チーズを一口。
焼き野菜も食べてみる。
野菜は石窯で焼かれているからか、甘みがぎゅっと詰まっていた。
特に根菜は、噛むたびにほくほくとしている。
……美味しい。
こんな料理を食べたのは初めてだった。
「お嬢ちゃん、胡椒も使ってみるかい?」
「胡椒?」
「少し辛くなるけど、味が変わってまた美味しいぞ」
私は興味を持って、胡椒を少しだけお肉にかけてみた。
そして、口に入れる。
「……!」
「うぎゃー!」
口の中が、ぴりぴりする。
「辛いです!」
「ははは! 胡椒は少し辛いからな!」
「……お水ください!」
慌てて水を飲む。
師匠は辛いものを食べても平気だったけれど、私は苦手だった。
もう胡椒はかけない。
でも、胡椒をかけていないお肉は、とても美味しかった。
私はその後も、夢中になって食べ続けた。
***
食事を終える頃には、お腹がいっぱいになっていた。
「ごちそうさまでした!」
「いやいや、たくさん食べてくれてよかったよ」
私はお腹をさすった。
美味しかった。
本当に美味しかった。
師匠と暮らしていた山では、自分たちで狩ったお肉や採った野菜を食べていた。
それも美味しかったけれど、街にはこんな料理があるんだ。
知らない食べ物が、まだまだたくさんある。
そう思うと、これからの旅が楽しみになった。
「ところで、お嬢ちゃんはこれからどうするんだい?」
「えっと……」
私は少し考えた。
師匠は、世界を見てこいと言っていた。
いろんな場所に行って、いろんなものを見て、いろんな人と出会って。
それが師匠の願いだった。
「……冒険者になろうと思っています」
「冒険者?」
「はい。世界を旅したいんです」
街の人たちは少し驚いた顔をした。
「でも、お嬢ちゃんはまだ小さいだろう?」
「冒険者は危険だぞ」
「そうですね……」
私は頷いた。
危険なのは、分かっている。
でも、師匠と一緒に山で暮らしていたときから、私はずっと外の世界に憧れていた。
そして今、師匠はいない。
だからこそ。
師匠が見てほしいと言っていた世界を、私自身の目で見てみたい。
「……それでも、行きたいです」
私はそう答えた。
街の人たちは顔を見合わせた。
そして、少し困ったように笑った。
「……分かった。まずは冒険者ギルドに行ってみるか」
「ありがとうございます!」
私は嬉しくなって、椅子から立ち上がった。
そのとき。
「……あれ?」
店の外に、荷物を積んだ大きな荷車が見えた。
荷物はかなり重そうだった。
「お嬢ちゃん、あれを押すのは大変なんだぞ」
「そうなんですか?」
私は荷車に近づいた。
そして、後ろから手を添える。
「……よいしょ」
ぐっ。
荷車が動いた。
「……?」
もう一度、押してみる。
荷車は、ゆっくりと前に進んだ。
「……あれ?」
街の人たちは、ぽかんと口を開けていた。
「えええええ!?」
「ちょ、ちょっと待て!」
「お嬢ちゃん、そんなに力があるのか!?」
私は首を傾げた。
「……普通じゃないんですか?」
「普通じゃないよ!」
そうなの?
師匠は、これくらいできて当然だと言っていたけれど。
……もしかして。
師匠は、私に厳しすぎたのかもしれない。
私はそんなことを考えながら、冒険者ギルドへ向かうことになった。
初めての街。
初めての料理。
そして、初めての冒険者ギルド。
これから、どんなことが待っているんだろう。
私は少しだけ、胸を弾ませていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
次回は冒険者ギルドへ向かうリリアのお話です。
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