第二十九話 小さな水の精霊
滝で出会った、小さな水の精霊。
なぜかリリアに懐いてしまったその精霊は、街へ戻っても彼女のそばを離れようとしません。
そんな精霊に、リリアはある名前を贈ることにしました。
「……ついてきてるね」
山を下りながら、私は隣を漂う小さな水の塊を見つめていた。
透明な雫のような身体を持つ、小さな存在。
水の精霊だ。
滝の下で修行をしていたときに突然現れ、それからというもの、なぜか私のそばを離れようとしない。
ふわふわと浮かびながら、私の周りを楽しそうに飛び回っている。
「気に入られてしまったようですね」
「そうなのかな?」
「ええ。精霊が自分から人間に近づくことは珍しいですから」
アリシアは微笑みながらそう答えた。
精霊は私の肩のあたりまで近づくと、ぽよんと身体を弾ませた。
「ふふっ」
なんだか可愛い。
思わず指を伸ばすと、精霊は私の指先にくっついてきた。
ひんやりとした感触が心地いい。
「仲良くなれるといいですね」
「うん!」
そんな会話をしながら、私たちは街へと戻っていった。
◆
街に近づくにつれて、人通りが多くなってきた。
すると、それまで自由に漂っていた精霊が、急に私の方へと近づいてくる。
「あれ?」
精霊は私の服の隙間へと入り込み、首元から少しだけ顔を覗かせた。
「隠れちゃった」
「人目が気になるのでしょうか?」
「恥ずかしがり屋さんなのかな?」
私がそう尋ねると、精霊は首元で小さく跳ねた。
どうやら嫌がっているわけではなさそうだ。
「まあ、本人がそこを気に入っているのであれば、いいのではないでしょうか」
「うん!」
私は精霊が落ちないように、服の襟元を少し整えた。
そのまま冒険者ギルドへと向かう。
◆
「おかえりなさいませ、リリアさん、アリシアさん」
「ただいま!」
受付のお姉さんに挨拶を返し、ギルドの中へ入る。
すると、何人かの冒険者たちがこちらを見ていた。
正確には、私の首元を。
「……おい、あれ」
「水の精霊じゃないか?」
「しかも、あんなに懐いてるのか……」
冒険者たちは小声で何かを話している。
首元にいる精霊が気になるのだろうか?
「どうかしましたか?」
私が首を傾げていると、近くの男性冒険者が口を開いた。
「いやぁ、精霊ってのはいいもんだな。あんなに近くにいてくれるなんて、羨ましい限りだ」
「そうですね……あの場所は随分と居心地がよさそうですし」
「お前、そこを羨ましがってるのか?」
「な、何でもない!」
何やら慌てている。
私にはよく分からなかった。
「リリア様」
隣から、アリシアの声が聞こえた。
「はい?」
「少しこちらへ」
アリシアは私の肩に手を添え、冒険者たちから少し離れた場所へと誘導する。
その直前、冒険者たちに向けられたアリシアの視線は、いつもよりずっと冷たかった。
「…………」
「…………」
冒険者たちは一斉に口を閉じた。
何か悪いことでもしたのだろうか?
不思議に思いながらも、私は首元を覗き込んだ。
「ねえ、あなた」
声をかけると、服の中から小さな水の塊が顔を出した。
「あなたには名前がないの?」
精霊は身体を傾けるように揺れた。
「そっか。じゃあ、私が名前をつけてもいい?」
精霊は小さく跳ねる。
どうやら嫌ではないらしい。
私は少し考えた。
せっかくなら、可愛らしくて、この子に似合う名前がいい。
「……フィーネ」
思いついた名前を口にする。
「フィーネっていうのはどうかな?」
すると、精霊は私の目の前まで飛び出してきた。
くるくると回り、嬉しそうに身体を弾ませている。
「ふふっ。気に入ってくれたんだね」
私はそっと指先を差し出した。
「よろしくね、フィーネ!」
フィーネは私の指にぴとっとくっついた。
まるで返事をしてくれているみたいだった。
「素敵な名前ですね」
アリシアも優しく微笑んでいる。
「えへへ。ありがとう!」
フィーネは満足したのか、再び私の首元へと戻っていった。
◆
「そういえば、リリア様」
「なあに?」
「精霊について、もう少し説明しておきましょうか」
アリシアはそう言って、近くの椅子に腰掛けた。
「精霊は人間と契約することで、契約者から魔力を分けてもらうことができます」
「魔力を?」
「はい。精霊にとって魔力は食事のようなものです。魔力を受け取ることで力を蓄え、成長していくんですよ」
なるほど。
魔力がご飯みたいなものなんだ。
「それじゃあ、たくさん魔力をもらったら強くなるの?」
「ええ。十分に成長すれば、下位精霊から中位精霊へ、さらに上位精霊へと進化することもあります」
「進化……!」
なんだかすごい。
「もちろん、精霊によって成長の速度は異なります。契約したからといって、すぐに進化するわけではありません」
「そっかぁ」
フィーネを見る。
今はまだ小さな水の精霊だけれど、いつか大きくなるのだろうか。
「ちなみに、精霊は魔力以外の食べ物も口にできますよ」
「えっ! 普通のご飯も食べられるの?」
「はい。魔力が主な糧ではありますが、人間と同じ食事を楽しむ精霊もいます」
「それは面白そう!」
フィーネにもご飯を食べさせてあげられるのかな。
そう考えていると、首元からフィーネがひょこっと顔を出した。
「ふふっ。フィーネも食べたいの?」
フィーネは小さく跳ねた。
肯定しているようにも見える。
「ただし、契約については慎重に考えてくださいね」
アリシアの声が少し真剣になる。
「精霊にとって魔力は大切なものです。それを人間に分けてもらうということは、精霊自身の力を預けることにも繋がります。契約は、互いの信頼があってこそ成立するものです」
「うん」
「精霊の意思を無視して結ぶものではありません。フィーネが望んでくれるまでは、焦らなくていいと思います」
私はフィーネを見つめた。
フィーネは私の首元で、ゆらゆらと身体を揺らしている。
「分かった。ゆっくり仲良くなっていくね」
「それがいいと思います」
アリシアは安心したように微笑んだ。
◆
その後、私たちは宿に戻った。
フィーネは相変わらず私の服の中に隠れている。
時折、首元から顔を出しては、周囲をきょろきょろと見回していた。
「フィーネ」
小さく名前を呼んでみる。
すると、すぐに首元から姿を現した。
「えへへ。呼んだら出てきてくれるんだね」
フィーネは私の頬にぴとっとくっつく。
ひんやりとしていて、気持ちいい。
「これからよろしくね、フィーネ」
私は笑顔でそう告げた。
まだ出会ったばかり。
お互いのことだって、ほとんど知らない。
それでも、これから一緒に過ごしていけば、きっと少しずつ分かっていくはずだ。
そんなことを考えながら、私はフィーネを優しく撫でた。
小さな水の精霊との、新しい日々が始まろうとしていた。
今回は水の精霊との交流回でした!
リリアが名付けた水の精霊、フィーネ。これからどんな関係になっていくのか、楽しみにしていただけたら嬉しいです。
精霊には進化する仕組みもあるので、今後の成長にも注目ですね。
次回も引き続き、リリアたちの旅を描いていきます!
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