第二十八話 水の精霊との出会い
決闘を経て、自分の力を見つめ直すことにしたリリア。
今回は経験豊富な冒険者から助言をもらい、魔力制御の訓練に挑戦します。
そして、森の奥で待っていたのは、思いがけない出会いでした。
冒険者ギルドの扉を開けると、いつも通りの賑やかな声が聞こえてきた。
依頼を受ける冒険者、仲間と談笑する冒険者、そして酒場で朝から飲んでいる者までいる。
そんな中、リリアとアリシアは受付へ向かっていた。
「こんにちは!」
「こんにちは、リリアさん。アリシアさん。今日はどうされましたか?」
受付嬢が笑顔で出迎える。
「実は、魔法の訓練について相談したくて」
「訓練、ですか?」
「うん。もっと魔力を上手に扱えるようになりたいんだ」
前の決闘で、自分の力を制御しきれなかったことを思い出す。
強い魔法を使えるだけでは駄目だ。
必要なときに、必要なだけの力を使えるようにならなければならない。
「そうですね……。魔法の制御についてでしたら、経験豊富な冒険者の方に聞いてみるのもいいかもしれません」
「経験豊富な冒険者?」
「おう。だったら俺に聞けばいい」
突然、横から声がした。
振り向くと、そこにはグレイヴが立っていた。
「グレイヴさん!」
「……なんだ、お前らか」
相変わらずの仏頂面。
しかし、今日はいつもより少しだけ雰囲気が柔らかい気がした。
「魔法の制御について相談してたんです」
「制御ねぇ……」
グレイヴはリリアを見下ろし、少し考えるように腕を組んだ。
「お前の場合、力を増やすことよりも、まずは自分の力を理解することだな」
「自分の力を?」
「ああ。どれだけ魔力があろうが、制御できなきゃ意味がねぇ。必要以上の力を使えば、味方を巻き込むことだってある」
その言葉に、リリアは真剣な表情で頷いた。
「確かに……。この前も、ちょっと力を入れすぎちゃったし」
「ちょっと、で済ませていい話じゃねぇけどな」
グレイヴは呆れたように息を吐く。
「魔法は頭で考えて使うもんだ。焦ったり、怒ったりしてるときほど、自分が何をしてるのか意識しろ。普段から落ち着いて力を扱えるようにしておくんだな」
「うん! ありがとう、グレイヴさん!」
リリアが満面の笑みで礼を言う。
「……おう」
グレイヴは一瞬だけ目を細めた。
「まあ、焦る必要はねぇよ。少しずつ身につけていけばいい」
その言葉に、リリアはきょとんとした。
「……?」
いつもならもっと厳しい言葉が返ってくると思っていたのだ。
「どうかしたか?」
「ううん。グレイヴさん、今日は優しいなって」
「――っ!」
グレイヴの表情が一瞬固まった。
「……勘違いするなよ。お前らが余計な怪我をしねぇように言ってるだけだ」
「そっか!」
リリアは特に気にした様子もなく、笑顔で頷いた。
(……こいつ、何も疑ってねぇな)
グレイヴは内心で頭を抱えた。
「それで、訓練場所は決めているのか?」
アリシアが尋ねる。
「うん。滝に行こうと思ってるの!」
「滝?」
「滝に打たれながら集中すれば、精神力も鍛えられるかなって!」
「……なるほどな。悪くはねぇんじゃねぇか」
グレイヴは少し考えてから答えた。
「ただし、無理はするなよ。山の中は魔物も出る。周囲への警戒は怠るんじゃねぇぞ」
「分かった!」
「では、そろそろ行きましょうか、リリア」
「うん!」
二人がギルドを出ていく。
その背中を見送ったグレイヴは、小さく息を吐いた。
「……やべぇな」
「グレイヴさん?」
受付嬢が声をかける。
「なんでもねぇよ」
そう言いながら、彼はいつもの険しい顔に戻った。
◇
街を出てしばらく歩き、二人は山の中へと入っていった。
木々の間を抜け、緩やかな坂道を登っていく。
やがて、水の流れる音が聞こえてきた。
「この先かな?」
「ええ。水音が大きくなっています」
さらに進むと、目の前に大きな滝が現れた。
高い岩壁から大量の水が流れ落ち、滝壺には白い水しぶきが立ち上っている。
「わぁ……!」
リリアは目を輝かせた。
「ここなら集中できそう!」
「そうですね。ただ、水の勢いもかなりあります。無理はしないでくださいね」
「うん!」
リリアは滝壺の近くまで歩いていくと、滝の下に立った。
そして、ゆっくりと目を閉じる。
頭上から大量の水が降り注ぎ、全身に強い衝撃が伝わる。
(落ち着いて……)
師匠に教わった呼吸を思い出す。
息を整え、意識を集中させる。
自分の中にある魔力を感じ取り、それを乱さないようにする。
しかし、滝の勢いは想像以上だった。
少し気を抜けば、身体が流されそうになる。
それでもリリアは、何度も姿勢を立て直した。
しばらくして、リリアは滝から離れた。
「ふぅ……。思ったより大変だったね」
「お疲れ様です。少し休憩しましょう」
アリシアは近くの岩に腰を下ろし、リリアの様子を見守る。
「うん!」
リリアも滝壺から少し離れた岩場に座った。
身体を魔法で乾かしながら、どこかすっきりした表情をしていた。
(まだまだだなぁ……)
自分の魔力を意識することはできても、周囲の環境に意識を乱されないようにするのは難しい。
もう少し練習しよう。
そう考えていた、そのときだった。
ぽちゃん。
小さな水音が聞こえた。
「……ん?」
リリアが顔を上げる。
水面の上に、小さな何かが浮かんでいた。
水滴が集まったような、透き通った姿。
それはふわふわと宙を漂いながら、リリアの方へ近づいてくる。
(なんだろう?)
リリアが不思議そうに眺めていると、その小さな存在は突然、ぷるんと身体を震わせた。
次の瞬間。
ぱしゃっ!
小さな水の塊がリリアに向かって飛んできた。
しかし、水が身体に触れる直前、薄い光の膜が現れて弾き返す。
「……?」
水の塊は、目の前でぽよんと跳ね返った。
それを見た小さな存在は、驚いたように動きを止める。
そして、もう一度。
ぱしゃっ!
またしても防がれた。
さらにもう一度。
ぱしゃっ!
やはり防がれる。
「ふふっ」
リリアは思わず笑った。
「もしかして、遊んでるの?」
小さな存在は、くるりと宙を回った。
どうやら、その通りらしい。
リリアが手を伸ばすと、それは少し警戒するように後ずさる。
けれど、すぐに興味を取り戻したのか、今度はリリアの周囲をくるくると飛び回り始めた。
「わぁ……不思議な子!」
リリアは楽しそうに目で追いかける。
すると、その存在は突然、リリアの頭上へ移動した。
そして――。
ばしゃあっ!
今度は先ほどよりも大きな水が降り注いだ。
「きゃっ!」
さすがに防ぎきれず、リリアの頭から水が降りかかる。
もっとも、ダメージはないのだが、
それでも、突然の水攻撃にリリアは目を丸くした。
「もう! びっくりしたよ!」
その存在は、楽しそうにくるくると回っている。
リリアは笑いながら、もう一度手を伸ばした。
今度は逃げず、指先のすぐ近くまで寄ってくる。
「ねえ、あなたは誰なの?」
言葉が通じているのかは分からない。
けれど、小さな存在はリリアの周りを一周すると、目の前でぴたりと止まった。
その姿を見つめ、リリアは首を傾げる。
(この子……もしかして)
以前、師匠から聞いたことがある。
この世界には、自然の中に生きる精霊という存在がいるのだと。
そして、その姿を見ることができる人間は少ないのだとも。
「もしかして……精霊さん?」
その言葉に反応したのか、小さな存在が嬉しそうに跳ねた。
リリアは目を輝かせる。
「わぁ! 本当に精霊さんなんだ!」
それからしばらく、リリアはその精霊と一緒に過ごした。
水を飛ばしてくる精霊を避けたり、追いかけたり。
その様子を、少し離れた場所にいるアリシアはまだ知らない。
◇
「リリア、お待たせしました。そろそろ戻りましょうか」
アリシアが声をかけながら近づいてくる。
「うん!」
リリアが振り返る。
その頭上には、小さな水の塊のような存在がふわふわと浮かんでいた。
「……リリア。その子は?」
「あ、この子ね! なんか出てきたの!」
「なんか……?」
アリシアはリリアの隣に浮かぶ存在をじっと見つめた。
透き通った水のような身体。
小さなながらも、確かに感じられる魔力。
「まさか……精霊、ですか?」
「うん! 水の精霊さんみたい!」
「精霊が……?」
アリシアの表情が驚きに変わる。
精霊は自然の中に存在する、魔力を持った特別な存在だ。
その姿を見ること自体が珍しく、下位精霊であっても人前に姿を現すことは滅多にない。
それが、どうしてリリアの前に現れたのか。
アリシアには分からなかった。
「リリア、あなた、この子に何かしたのですか?」
「ううん? 水をかけられたりしただけだよ?」
「……水を?」
リリアが頷く。
精霊は、そんな二人の会話を気にする様子もなく、リリアの周囲をふわふわと漂っていた。
「そうですか……」
アリシアは少し考え込んだ。
精霊は意思を持つ存在だ。
人間に従う道具でも、簡単に使役できる魔物でもない。
そして、その魔力は心や命と同じくらい大切なもの。
他者と魔力を通じ合わせるという行為は、精霊にとっても非常に大きな意味を持つ。
今のリリアと精霊は、まだ出会ったばかりだ。
無理に関係を深めようとするべきではないだろう。
「リリア。その子とは、ゆっくり接してあげてくださいね」
「うん! 分かった!」
リリアは笑顔で頷いた。
精霊はその返事に合わせるように、ぴょこんと跳ねた。
こうして、リリアは初めて精霊と出会った。
それがこれからの旅にどんな変化をもたらすのか。
まだ、誰も知らない。
今回はグレイヴからの助言と、リリアにとって初めてとなる精霊との出会いを書きました!
グレイヴも普段とは少し違う一面が出てしまいましたね。本人としては、あまり見せたくなかったようですが……。
水の精霊とはまだ出会ったばかり。これからどんな関係になっていくのでしょうか。
次回も楽しみにしていただけると嬉しいです!
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